DATE:2009/07/27 Mexico - Chetumal -
真っ青に晴れた朝。コバルトブルーの海岸。
エメラルドの波間。セロファンの煌き。
旅立つことに決めたキーカーカーの朝は3日間で最も美しく、
ここから去ることを躊躇わせる。
明日になればメキシコのカリブ海が待っている。
それはわかっていたが、青い空を溶かし込んだような海の色は、
旅人の足をゆるく繋ぎとめていた。
意を決してフェリーに乗り込み、キーカーカーの島を後にする。
遠くに去り行く島の姿。ボートの後ろに引かれた白い波の尾。
その全ての景色が脳みその宝箱に刻み込まれていった。
フェリーを降りてバスターミナルまで歩き、
メキシコの国境の町チェトマル行きのバスに乗り込んだ。
乗り込んだバスは旅人が通常使う直行バスではなく鈍行バス。
相変わらずのんびりなベリーズの景色を眺めながら一路北上を続ける。
そう言えばバスに乗る前にベリーズで働くという青年海外協力隊のメンバーに会った。
偶然僕の友達も今年からベリーズで同じように働くことになっていて、
なんだかそんな偶然に驚いたのであった。
チェトマル行きのバスの様子はなかなかに面白い。
大きな町ともなるとたくさんの売り子たちがどかどかと乗り込んできて、
威勢よく声を上げ商いを始める。
それはいつもの風景なのだが、彼らの使う言葉がある時からスペイン語に変わるのだ。
そう言えばバスに乗っている人たちの人種も
黒人ばかりだったのがいつの間にか中米らしい、いつもの人々の姿が増えている。
聞いてみるとベリーズも北や南の方に暮らす人々は、
スペイン語を日常的に利用しており文化も中米の典型的なものだそうだ。
もちろん英語もきちんと話せるがバスの中はやはりスペイン語が優勢のようだった。
今回はベリーズシティとキーカーカーしかいけなかったベリーズの意外な一面を見た気がした。
この国もどうやら様々な文化を包容しているようだ。
スペインではなくイギリスの文化と混ざった中米人。
いつかまたこの国を訪れたときにはそんな彼らの文化に触れてみたいと思った。
4時間ほどバスに揺られると国境までたどり着き、
バスはそのままベリーズ側のイミグレーションで停車した。
さて、さて。こっからが勝負の時。
すっかり忘れていたのだが実際のところ僕はいま不法滞在をしているのだ。
トランジットビザの有効期限はとうに切れてしまっている。
不法滞在の期間としてはたった2日だったが、それがどうなるのかはまったくわからない。
最悪罰金ぐらいで済むだろうなんて高をくくってイミグレーションを訪れる。
最初にまたもお高い出国税20ドル程度を払い、
何食わぬ顔で何も言わず管理官へパスポートを差し出す。
平常心。平常心。平常心。
その心の内では指摘された際の言い訳をぞんぶんに捻り出している。
結局のところは相手のせいにするしか逃げ場はない。
50ドルは払ったのだ。何かを言われればそれで突き通すのだ。
なんてことを考えながら数秒を過ごすと、
あっけなくパスポートには出国スタンプが押され何事もなくベリーズ出国となったのであった。
さすがベリーズ、入国も出国も適当だった。
何事もなかった事を喜ぶべきだったが、戦闘体制になっていた頭の中は、
ちょっぴり不満がのこった。
さぁ、後はメキシコのバスに乗りプラヤ・デル・カルメンという町を目指すだけ。
その町はカンクンの南に位置しダイビングやシュノーケリングスポットとして有名な場所だ。
ついにカリブ海に潜る。それを思うと笑みがにじむ。
メキシコ側のイミグレを抜け無事に入国。
後は乗ってきたバスにそのまま乗りバスターミナルに向かうだけだ。
メキシコの通貨がないのでいつものように国境のATMでお金を降ろす。
が、どうやらこのATMでは結構な手数料がかかる模様。
近々に必要なものではないので処理をキャンセルしてクレジットカードを取り出す。
・・・取りだ・・・せねぇ。カードが戻ってこない!!!
ついに。ついに来てしまった、ATMトラブル。
いや、可能性としてそういう事があることは知っていたのだ。
もちろんそれが自分の身に起きないとは思ってもいない。ありえる話だ。
が、、、なぜ国境で!
せめて町の中ならば宿泊先も決まっているだろうし、
オフィスもまた近くにあるだろうからどうにかなる。
ところが今は国境を越えたばかり。そこにあるのはATMのみだ。
しかも・・・現金ねーし今。
正確に言うと数ドル程度のお金はある。が、たった数ドルでどうにかなるわけではない。
ともかくどうにかしなくては。
近くに銀行のオフィスはやはり見つからずとりあえず近くの何かのオフィスに駆け込む。
スペイン語でなんて言っていいのかは見当も付かない。
ATM、NO SALIDA(ATM、ない、出発)と、
知っている単語を全て並べ、後は身振り手振りで状況を説明する。
たった一人で働いていた女性は最初は困惑していたが、
どうやら事情は飲み込めたらしく予想外にかなり親切にいろいろと対応してくれる。
ATMに書かれたコールセンターのナンバーに電話してくれ、
インターネットでオフィスの場所を探してくれたりもする。
やべぇ、メキシコ人最高じゃねーか。
なんてたった一人の親切にメキシコの旅への期待が高まる。
が、そんな事を考えてもクレジットカードが無ければ旅なんて始まりもしないのだ。
親切な彼女が説明してくれた内容では、
どうやら僕はチェトマル市内にあるHSBCのオフィスに行かなければならず、
ともかくそこで話を着けてからではないと、何事も始まらないようだった。
つーか銀行系のシステムにトラブルなんかありえねーだろ。
なんて考えるのは日本での常識なのだ。
仕事柄、その手のシステムについてはある程度知ってはいるが、
金融機関に関するシステムの稼働率はほぼ100%に近いのだ。
年に数秒停止する可能性があるか、無いかの確率。
それだけのコストをかけて作られるものでもある。
が、、、海外に出てみると至る所で「OUT OF SERVICE」の文字を浮かべた
ATMのディスプレイを見かけるし、使えると書いてあるサービスが使えないことなどしょっちゅう。
もちろんカードが出てこないなんて話もたまに聞く。
こんなところで海外の金融システムの常識にやられるとは思っていなかったが、
ともかく市内へと向かわなくてはならない。
しかーしだ。困ったことにお金がない。
バスターミナルに直行するはずだったバスはさすがにもう行ってしまっている。
こうなったらなけなしのお金を両替してこの場を凌ぐしかないようだ。
国境なのになぜか見つからない両替屋をようやく探し出し、
いくばくかの現金を持って町へと向かう。
タイムリミットは午後6時。時刻はすでに4時を回っている。
気持ちだけがはやる。
バスの運転手にHSBC銀行の場所を教えてもらい、
荷物を抱えたまま一目散にそこに向かう。
ドアを開け、久しぶりのエアコンの冷たい空気を味わい、
そんなこと考えてる場合じゃないと、客が席を空けた隙にするりとスタッフの前に立つ。
英語を話せるか?と聞いても、もちろん「少しだけ」との返答。
ともかく英語で状況を説明し、スペイン語で状況を話し、
最後に国境で親切にしてくれた女性が書いてくれたメモを渡す。
それでもよくわからないらしい彼女。
なんとそこに客としてきていた男性が助け舟を出してくれた。
どうやら彼は英語が話せるようで通訳をお願いする。
どうやら女性スタッフの彼女も状況は飲み込めたらしい。
詳しく状況を説明し、彼女の返事を待つ。
しばし考えた後、彼女は口を開きこう言った。
「状況はわかったわ。それはカードが壊れたのよ。新しいのを作りなさい」
違ーう!ATMにカードが吸い込まれてるのに、
なぜカードのせいにするのだ!?
それにカードはクレジットカード。HSBCで新しく発行などできるわけがない。
既にカードのせいにして納得している彼女をどうにか説得し、
ATMの修理会社に依頼してカードを取り出してもらうようにお願いする。
彼女いわく。
「うーん、でもあれは私たちの会社のものじゃないから無理よ。」
・・・いやHSBCって書いてあるんですが。
どうやら管轄が違うというか、管理会社は外部委託していることを言いたいらしい。
が、ATMの機械にでっかく自分の会社名が書かれているにも関わらず、
なぜにそんな事が言えるのだ?
ここで引き下がるわけにもいかず、じゃぁそこに連絡してくれと言うが、
近いから貴方が行って来てよ、なんて言葉が出てくる。
おぃおぃ、と思うがこのままじゃ埒が明かない。
ともかくそこの住所を教えてもらい行ってみる事にする。
重い荷物を抱えてのトラブル時恒例のたらいまわしが始まった。
何の会社かもわからず地名と名前だけを頼りにどうにかそこを探し、
硬く閉じられたドアを開けるべくブザーを鳴らす。
「なんですか?」
とマジックミラーの強化ガラス越しになにやら声が聞こえる。
・・・おい、出てもこないのかよ。
スペイン語も不得意なうえ、顔も見て離せないとなるとかなり難易度は高い。
ともかく銀行から言われて来たことと、カードが取り出せないことを説明し、
どうにか直ぐにATMを修理してもらいたいことを告げる。
ついでに緊急事態であることを伝えるため、「金がない」「おなかすいた」
と取り合えず知っているだけのスペイン語で涙ながらの訴え。
そんな必死さに鏡越しの声はこう答えた。
「それは銀行の仕事です。」
・・・。
あーそうだよ!知ってるよ、俺だって。
ともかく銀行から言われて来たんだって。そう告げて、どうにか相手を土壌に引きずり出す。
ようやく折れたのかドアから人が出てきて、交渉が始まる。
1人増え、2人増え、総勢4名になったときようやく英語が少し話せる人が出てきて事態が動き出す。
「ともかく今日、そのカードがなければどこにも行けないし、ご飯も食べられないんだって」
もうこうなったら泣き落とし作戦しかない。お金がない!を繰り返す。
「事情はわかったけど。。私たちじゃどうしようもないの。銀行のオーダーがあって始めて動けるのだし」
・・・そーですよねぇ。やっぱし。
当たり前としか言えない事を言われるとこちらとしてもこれ以上は突っ張れない。
しかも今日の営業時間はもう終わりらしく、
どちらにしても明日にならないとどうしようもないらしい。
・・・もはやここまでか。
午後6時を回った今、もう選択肢は残っていなかった。
となると明日を待つとして、これからどうするかを決めなくてはならない。
近くに安く止まれるところがないかを聞いてみるも、
50ドル程度が相場らしく、スタッフも他は知らないと言う。
そりゃそうだ、この町で暮らしていればそんなことを知る必要もない。
あ、そう言えばといってスタッフの一人が
「ここなら無料で泊まれるわよ」と1つの名前と住所を教えてくれる。
ここはどんなところ?と聞いてみても要領を得ない。
教会の施設かなにか?と聞いてもそれではないらしい。
さぁどうするか。この良くわからない怪しげな施設に行ってみるか。
それとも別の・・・。
考える。手持ちの現金は1箇所への往復分のタクシー代程度。
つまりは最初の行き先を失敗したら後がないのだ。
ここはやはり・・・。
と言うわけで今は涼しい芝生の上、街路灯の明かりの下、寝転がっている。
ここはバスターミナルの外、人もそこそこ賑わう場所。
やっぱり無料の宿泊所と言えばバスターミナルかエアポートなのだ。
ここなら人も多いし荷物さえ気をつけていれば安全に過ごせる。
しかしなんだ、ほんとホームレスみたいだこと。
少し気になる人の視線がなんだか少し面白い。
予想外のメキシコ第一日目だったが、まぁこれも悪くない。
たくさんの親切にも出会ったことだし。
トラブルなど慣れたものだ。どうにか出来る自信はある。
さていっちょ行きますか。
夜風に吹かれながらひとつ伸びをした。メキシコの風は心地良く体の熱を奪っていく。
中米最後の国、メキシコ編始まりです。