2009年6月3日水曜日

世界一周(43)ペルー/さて世界を愛しましょうか





<NO PHOTOGRAPHY>



DATE:2009/06/03 Peru - San Francisco -


光の道。だろうか。

掴むことのできない道が目の前を駈けていた。

それが何なのかはわからない。しかしこの事だけはわかる。

これは始まりだ、と。そして始まりに過ぎないということも。



幾つもの光が通り過ぎていった。
目を閉じても消えぬその光は、いつしか形を成していた。

その顔は酷く醜いように思えた。
実際に醜いかはよくわからなかった。ただ醜いだろうと思った。

七色に輝くそれは幾度も長い姿態をくねらせて撫でるように目前を通り過ぎる。
長い尾のそれは龍だった。
顔の醜い長い尾を持つ七色の龍が世界を包むように何度も通り過ぎていく。



目を開ければシャーマンの姿があり、外の景色が良く見える。
紛れもなくここは現実だった。
現実だ、それを認識していながらも、目の前のそれは非現実のものだとは思えなかった。
これもまた現実なのだ、ただそう思った。

それは不思議な感覚だった。
僕がいま目を見開いてみている七色の光はきっと他の誰にも見えるものではない。
そう理解していながらも、それ自体は幻覚ではなく現実の一部なのだ。

正常過ぎるほどの頭脳が正確に機能し、今目の前に起きている出来事を処理している。
それもまた不思議なことだった。
いつもと同じ世界の中で、ただ龍だけが踊っていた。

そんなことどうでもいいか。そう思い、今起きている出来事にただ身をゆだねる事にし、
ヴィジョンと呼ばれるナニモノかを捕まえようとただ手を伸ばした。



あぁ、これは僕の守り神なのだな。

何の前触れもなく、唐突に理解した。
この醜い龍は僕を守るものなのだ。そう理解した。
もしかしたらそれは解釈というものなのかもしれない。
僕の脳みそが作り出した都合の良い理解なのかもしれない。

まぁ、何でも良い。
僕はどこか安心しているのだ。この龍が守り神であることに。
この醜さは僕に合っている気がしたし、その力は限りないものに思えた。

どうりで運が良いはずだ。人生がこの龍に加護されている。
今までもこれから先も、何も恐れることはない。そう思った。



龍の姿をもっと良く見ようと目を閉じた。
闇に落ちるはずの瞼の中は輝きを失わず七色の光で満ちている。
目を開けているときよりも幾分はっきりと見えているように思えた。
五感ではない何かがこれを感じ取っているのだろう。

冷静に考えればそれはもちろん薬物の効果で脳が直接刺激されているのだろうけれど、
そんなことはどうでも良かった。僕のそばに龍がいる。それだけで良かった。


闇の中の舞台はくるくると舞台を変えた。

それは森の中の事もあったし海の中の事があった。
ただ全てに共通していることはそこが七色の虹で満ちていたということだ。
そして僕もまた七色の一部であった。蛍の光のようにぼんやりと瞬く七色。
龍はいつの間にか消えてしまった。ただ世界には七色が満ちていた。


そうか。世界はひとつだったか。

また理解した。
アヤワスカの教えてくれることはいつも唐突だ。
ただ解る。答えだけが残るわけではない。解るとはそういう物ではない。
そう僕は世界を理解したのだ。

いま僕の世界に映る七色はきっとあの龍だったものだろう。
その龍が世界に溶けている。いやきっとあれは世界そのものだったのだ。
森も海も、そして僕もまた世界の一部だったのだ。
ただ1つのものから生まれ出でた一部だったのだ。

それを「神」と呼ぶのだろうか。
いや、名前なんてのはどうでも良いだろう。
なにせ僕を含め全てのモノがそれなのだから。
愛しむ必要はあるが崇める必要はないのだ。

僕が僕を崇めて何になる。世界はそういうものだった。


七色が徐々に色を増し、いくつかの何かが通り過ぎていった。
形になることのなかったそれはなんだったのだろうか。
鳥のようにも見えた。あれもまた世界の始まりの1つなのだろうか。

そんな事を考えていると、ひとつの物語が始まった。



塔を建てていた。
そこでは塔を建てていた。

きっとバベルの塔と呼ばれるものと同じ類のものを、
地上から延々と空に向けて立て続けていた。

塔を建てているのはヒトではなかった。

ヒトが作った何体かのロボットが、塔を建て続ける物語だった。


疲れることのないロボットは延々と塔を建て続けた。
そこには伝説のような神の雷も怒りもなかった。
ただ淡々と天に向かってロボットは塔を伸ばしていった。

大気圏を越え地球から遠く離れても塔は作られ続けた。

材料は宇宙を流れる塵やゴミから作った。
ロボットにはそういう機能が備えられていた。

そしてロボット自らもまた自己を修理し進化させる機能を持っていた。
時たまロボットは事故にあい、いくつかのロボットは宇宙へと投げ出された。
ロボットはその補充の為、自らに似せた別のロボットを作った。

宇宙を漂う材料の性か、時たま少し変わったロボットも生まれた。
それは手をドリルにしたものもいたし、キャタピラを持ったものもいた。
ほとんどが失敗だったが幾つかの変わりものは塔の建設の生産性を高め、
それが解るとロボットはその変りものと同じ形に変化していった。

ロボットは確実に進化をしていた。
塔を作るということに最適な力をどんどんと蓄えていった。


そしていつしかロボットは脳を持った。
元々のプログラムを改変出来る機能といった方が正しいかもしれない。
脳を持ったロボットはさらに効率良く塔を建てるために試行錯誤をしたし、
それによってますます塔は高く伸びていった。
高く、高く。ただ地上からまっすぐに宇宙の中を塔は伸びていった。



そして。あるときロボットは考えた。


「なぜ、僕らはこの塔を作り続けているんだろう」



そこで始めて何千年、何万年と続いたかもわからない塔の建設は初めて止まった。


足元を見るとそこには自らが作り上げた塔が延々と宇宙を伸びていた。
とうに地球の姿など見えなくなっていた。
ここがどこであるかも解らない。太陽系などとっくに越えているだろうし、
もしかしたら銀河系も越えてしまっているのかもしれない。
ヒトが知らない未知の世界である可能性もあった。

そんなことはどうでもよい事かもしれない。
ともかく分かるのはこの先に何があるかも、この後ろに何があるかも解らないということだった。

この塔を引き返せば地球へと戻れるかもしれなかったが、
その確証があるわけでもなかった。
なにせ何年作ってきたのかもわからないのだ。
途中で塔が折れてしまっている可能性だってある。
もしかしたらこの塔は宇宙をただ彷徨っているだけなのかも知れなかった。


ロボットは考えた。
これから何をすれば良いのだろう。

脳を「持ってしまった」ロボットは考えた。


それから何年、いや何万年経ったのかはわからない。





ロボットはまた塔を作り始めた。宛て先のない塔をまた作り始めたのだった。

そして今日もまたロボットは塔を作り続けている。
またいつか理由を求めてしまうその日まで。そう、そんな物語だった。




別に何か感慨が浮かんだわけではなかった。
あぁ、そういう物語なのだ、と思っただけだ。

ただ妙にはっきりと頭の中に残った。
これは僕が考え出した物語なのだろうか。
確かに物語としては僕好みのものだったし、価値観に合うものだった。
それともアヤワスカが見せてくれた物語なのだろうか。
夢見るように作ったものだとしては余りにもはっきりしていた。

答えはわからないただ物語りだけが僕の中に注がれた。そんな感じだった。

何のための物語だったかはわからないが、
もし空を見上げたとき一本の線が見えたら面白いなと思った。
ロボット達が作った塔が見えたらいいなと思った。



そう考えている間も幾つものヴィジョンが入り込んでくる。

いつの間にか僕の体からはゆっくりと木が生えていたし、
それが木の実を生み、鳥が食べ、そしてまた別の誰かがそれを食べ子供を生んでいた。
食物連鎖の輪の中に僕がいた。これもまた世界だった、


ふと目を開けて外を見ると、儀式上の前の木がゆっくりと伸びていった。
世界樹とでも言うのだろうか。その木は世界を覆いつくし、
その根は同じように地中を覆いつくした。
木は空の青と混ざり、大地の根はマグマの赤と混ざるとそのまま世界はひとつになった。



なんだか愉快だ。

世界を見ていると心がとてもはしゃいでくる。

そんな心を映したのだろうか、
見えてくるビジョンが全ておかしく見えて、笑いが止まらなくなった。

他の誰かに見られないように寝袋をかぶりながら声を殺して笑った。
こんな変な出来事の中の、そんな常識的な行動がなんだかおかしくてまた笑う。

僕が笑えばまた世界も笑った。

つまりはそういうことらしい。笑いかければ全ては笑うのだ。




「てっちゃん、大丈夫?」と隣で寝ていたマサミが言った。

「うん。超たのしい」と僕が言う。


外には明るい月があった。
もうすぐ朝が来る。明日はもう今日になった。


ゆっくりと白ずんでいく世界と共に、ゆっくりと僕の魔法も解けていく。

それでも僕はもう知っている。世界がなんなのか、ということを。



僕は世界で、世界は僕だった。





さて世界を愛しましょうか。


登り始めた朝日にゆっくりと伸びをして、僕はそうつぶやいた。







すばらしきアヤワスカの日々、一日目の出来事。

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