2009年6月2日火曜日

世界一周(43)ペルー/シャーマンとアヤワスカとスイピーノと







DATE:2009/06/02 Peru - San Francisco -


ガタゴトと音を立て、ただ草を切り払っただけの道をコレクティーボは進んでいく。

ここはアマゾンの入り口。
そんな事を言われなくてもわかるほど、辺りの景色はまさにジャングルらしいジャングルで、
見たことのない世界へ僕は進みだしてしまっていることが肌でわかった。

そんな未知の世界になぜか恐れを感じないのは、
この辺りの景色がのどかでほのぼのとしているのと共に、
通り過ぎたいくつかの小さな町の人々が素朴すぎるほど素朴な笑い声を上げていたからかもしれない。

あちこちに穴ぼこが空いたオンボロで
ただ揺られるがままにサンフランシスコ村のスイピーノを目指した。

それが僕の奇跡といっても良い体験の始まりだった。



町中を知り尽くしているはずの乗り合いタクシーも迷うほど、
スイピーノと呼ばれるシャーマンの儀式場は小さなサンフランシスコの村の、
さらに奥の奥に立てられていた。

「まさみー、来たよー!」

と僕の声に、板を張り合わせただけの家のドアが開き、
出てきたマサミはいつもどおり寝ぼけ眼のままだった。

へへへ。と笑い久しぶりの再会を喜ぶ。
なんだか知らないがここまで来てしまった。そんな実感がやっとわいてきた。




まだシャーマンのロヘルはいなかった為、
しばらく二人で離れていた間の物語を分かち合い、
ここスイピーノの、アヤワスカについての簡単なレクチャーを受けた。


ここに来てから知ったのだが、サンフランシスコ村はシピポ族という民族が暮らす村で、
シャーマンの暮らす村としてはけっこう有名らしく、
このスイピーノ以外にもいくつかの儀式場があるらしい。
つまりその数だけシャーマンもいることになり、
この村はシャーマンだらけの村だということだった(と言っても10人はいない)。

ここスイピーノには簡単な宿泊施設もあり、
僕もまた他の仲間と共にこの場所で共同生活をすることになる。

宿泊施設と言っても単に板を張り合わせただけの壁に、
上からやしの木の葉っぱを乾燥させて作った屋根をかぶせてあるだけの、
この辺り伝統の簡素な家で、なんと電気も来ていない。

幸いキッチンというか水場はあり薪を使ってそこで食事を作ることができる。
水は地下から汲み上げた地下水で1日に何回か発電機を使って水を汲み上げる。

しかし食事が作れると言っても、
その材料はと言うとサンフランシスコ村では満足にそろえることができないのが現実だ。
さすがにこの辺りで暮らす人々ともなるといくらかは自給自足でまかなえるが、
仮宿の身としては残念ながらそうはいかない。
なので、ここから乗り合いタクシーで1時間のヤリナコチャという町まで、
週に1度は買出しに行かなくてはならないのであった。



そしてその食事にもまたここならではのルールがある。

アヤワスカの為の食事制限。

そんなものが体験の前には必要とされる。
塩、油、砂糖、唐辛子。これらの調味料は使うことができないし、
にんにくやパパイヤなど幾つかの食材にも制限があるという。
もちろんビールなどは厳禁。てなわけで食べると言う事にはいろいろと大変な制約があるのだそうだ。

が、まぁさすがにその制限を全て厳密に守るのは難しいため、
そこは各自の判断に任せて、という事になっているらしい。
ストイックに塩などを抜いて食事を取り続ける人もいるし、
おいしい方がいいに決まっていると減塩程度に留める人もいる。

アヤワスカというものが飲んで摂取するものであるので、
そりゃ科学的に考えれば体の状態に効き目が左右されるのはわかるので、
幾つかは確かに何らかの効果があるのだと思う。

じゃぁ個人的にそれをどう思っているのかと言うと、
「きっと修行好きの日本人が考えた過剰反応」だと思っている。

幾つかは確かにシャーマンの体験を元に語られた正しい制限なのだとは思うが、
きっと殆どは外国人がいろいろと試してみるうちに考え出された方法なのだと思う。
もちろんそれで効き目が左右される可能性はあるが、
論理的に考えてサンプル数が少ない上に主観であるため、
そんなものが実際に有効であるという確証はゼロに等しい。

実のところ、そんな事をやっているのは日本人だけで、他の国の人は油を使って調理もしているし
個人的にもシャーマン自身にそうしろと言われた事はない。
なにせ食事付の体験コースでは塩入の料理が出るほどだ。
もちろんそれでメンタル面で安心できるなら、やる意味はある。
が、きっとそれだけのものであると思う。

きっとやるも良し、やらぬも良しなのだ。
おいしい食事で満足した生活を送るのが正しいとは思うが、
それを欲望だと思ってしまえば心は不安定になる。
どちらを「信じ込むか」がきっと大事なのだろう。

ちなみに食事だけではなくここではセックスも禁止。
ともかく「欲」が付くものは全部禁止されているのがこの場所だった。

欲望こそが生きる力。そんな自論を勝手に持っている僕としては宗旨が違うが、
まぁ、それも未知の体験への清めの儀式。久々の禁欲生活ってのも悪くない。



さて、食事の話の中でも出てきたのだがスイピーノにはもう一つ驚くべき事が。


なぜかここ、日本人だらけだ。

たぶん、この村に来て一番驚いたのがそのことじゃないだろうか。
それも1人や2人じゃない。なんと僕を入れて総勢10人近く。

こんな南米の辺鄙なところに日本人がこれだけいるのは異常といって良いだろう。
まるで日本人宿の様相を示しているのだ。

なぜ、と言うと答えは簡単で一人の男の子が、
一度ここでアヤワスカを体験して、その後、知り合いに声をかけて集合したそうなのだ。
そんなわけでここスイピーノは日本人だらけ。
メンバーはさすがこんな所に来るだけあって、ユニークな人達ばかり。
それはまた後で紹介することにする。

しかしまぁ、やっぱりこれが一番の驚きだった。
もちろん何人かの他の国の人もいるが、ともかくスイピーノは日本人であふれていた。



そして肝心のアヤワスカについてだ。


世界最強のドラッグ。

それが一つの呼び名であり、むしろその名で知られている方が多いという。

が、この場所で聞くその名前はもっと神聖なものだった。

アマゾンに生息する2つの植物を混ぜて作られるというこの薬。
もともとはシャーマンが治療の為に使うものであったという。

非科学的な話にもなるが、
シャーマンの仕事としては薬草などを通じて病を治すものから、
人からかけられた黒魔術を解くというものまで幅広い。
もちろん病気ではなくても、本人の才能を探す手伝いなどいろいろな役目を持っている。

シャーマンというと魔術的なものを感じるが、
どちらかというと医者に近いというのが現実の姿だろう。

現にスイピーノをはじめ幾つかのシャーマンの元には、
病気になった村人が尋ねてくることもあるそうだし、
誰かにかけられたという黒魔術を解くために治療を続けているという人もいるという。

個人的には非科学的なもの自体は信じないが(そもそも非科学的という定義はあいまいだけれども)、
それでも「呪い」という形の黒魔術は理解することができる。

ほぼ昔読んだ本の受け売りだが「呪い」とは人に何かを思い込ませることであるとも言える。

つまりある現象に対しての解釈は人それぞれだが、
それに悪意を混ぜ込むことで対象にする人に悪い方向に解釈をさせるというのが「呪い」と言える。

例えば「黒猫が横切る」なんて別になんともない出来事を、
「これから悪いことが起こる」と言われてから体験したらどうなるだろう。
ほんの少し不安になるかもしれない。他の全てのことが悪い予感に変わるかもしれない。
その後、足をくじいたとしたらきっとそれを呪いだと思うだろう。
しかし足は別に誰に何かを言われなくても挫いたかもしれないのだ。

だからそういう形での呪い、黒魔術というのはわかる。
ちなみにきっと「常識」というのも呪いの一つで、人はいろんな意味で暗示にかかっている。


そんなわけできっとその思い込みを無くすことがシャーマンの白魔術なのだろうが、
もしかしたらそれは違うかもしれない。信じてはいないがあるかもしれない。
ここに来ると「ありえないことはありえない」そんな言葉が素直に浮かんだ。


そんなシャーマンの秘薬だが、
飲むと何が起こるのかというと、強烈な幻覚作用がこの薬の特徴だ。

いくつものヴィジョンと呼ばれる幻覚というかイメージが直接脳に送られてくる。
それがこの薬の力であり、それを元に人は様々に世界を解釈する。

もちろんそれは美しい世界であることもあるし、醜い世界であることもある。

ただ共通して言えるのはそれは「世界」であり「自分」であることらしかった。

つまりはこの薬は世界と自分を理解するための薬なのだろう。

体験もしていないので何とも言えないが、
ともかく僕がマサミや周りの人々から聞きかじった知識ではそういう事らしかった。

そしてそれはとてもまずい。ということもまた事実のようだった。


・・・まずいんか。

とここまで来た努力を捨てたくなるほどのショック。
まずいものなどわざわざ何が楽しくて飲み食いしなくてはならないのだ。

食事とはこの世で最も楽しいものの一つのはず。

それを冒涜するなんてゆるせん。というよりは嫌だ!
と、ダダをこねても旨くなるわけではないので
たった50ccほどだという、うれしいのかうれしくないのかの情報を得て喜び、
「それでも毎回、飲む前に後悔するよね」という言葉にまた気分は急降下した。

そしてさらに、
「しかも儀式中にかなり吐くよね」との追い討ちに、少しばかりここに来た事を後悔したのは仕方ない。
しかしその「吐く」という行為でさえ、体の浄化という治療の一種であり、
それもまたアヤワスカの効果の一つのようで、ここまで来たらなるようになれ、としか思えなくなった。




そんな秘薬アヤワスカ。そしてその舞台、スイピーノ。

しかしそこで儀式を行うシャーマンはと言うと・・・普通のおじさん!?なのだ。

驚くべきことに普段のシャーマンはTシャツ&ジャージの普通の一般人と変わらず、
たぶんどこで会ってもその人がシャーマンだという事は気づく事は出来ないだろう。
僕の到着後、しばらくしてふらふらっと現れたシャーマンは、
そんな何処にでもいるような普通のおじさんだったのだ。

シャーマンというと何か神秘的なものを想像していたが、
どうやら現代に暮らすシャーマンは普段はただのおっさんらしい。

そりゃまぁ、博物館にあるような伝統的なシャーマンの衣装で暮らすのは、
さすがに辛いのだろうが、初めて見る者には結構な驚きだ。

その後、彼らの偉大な力を見せ付けられ「ただのおっさん」ではない事を思い知らされるのだが、
それはまた後の話。今はただの村人Aにしか見えない人に、
なんかこう世の中っていろいろあんな。としか思えなかったのであった。



以上。それがアヤワスカとスイピーノ、そしてシャーマンについての説明だ。

体験もしていないのでそれ以上の事はわからない。
それはきっと今日の夜にわかるだろう。


そう、今夜。初めてのアヤワスカ体験をすることに決まっていた。

何もすることがないこの村。
ここに居る時間は、ただそれを待つだけの時間だ。

久しぶりの再会、話は終わることがなく時間はどんどん過ぎていく。
アヤワスカに対するいくつもの素晴らしい体験。
それを主観に変えられる時は近かった。


午後4時以降は儀式の為に食事を控えた方が良いということで、
まだ日も沈まぬうちから夕食の準備を始めた。

薪を使った調理はかなり久々で、なんだかキャンプのようだった。

食事制限はと言うと、やはり旨い方が良いという結論に至り、
塩分控えめで油は使わない、という出来る限りに留めた。


食事も終わり、日も暮れると夜9時から始まるという儀式をただ待つ時間が来る。

不思議と不安はなかった。

この場所の雰囲気の為か、心は凪いでいた。

明かりもない部屋の中、蝋燭の明かりだけが風の中ゆっくりと火をくねらせた。
外からは虫と鳥の声だけが響いていた。意外にも大きなその音に逆に静けさを感じる。
空は晴れ、満月に近い楕円形の月が地上を照らし出していた。





儀式の時間になると、寝袋や水などの用意を持って儀式場へと向かった。
太陽のような月明かりにライトも持たず、ゆっくりと歩く。

既に何人かは儀式場でくつろいでいるらしく、
吹き抜けの小屋に蚊帳で覆われただけの簡単な儀式場にはもう明かりが灯されている。

外には月明かり、そこには蝋燭の明かりだけ。

暖簾をくぐる様にそろりと蚊帳を明け、僕はその和の中に入っていった。


ここで今夜、何かが始まるのだ。


シャーマンがパイプを吸い、フィッと音の煙をはいた。



そして。そして儀式は始まった。

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