2009年4月17日金曜日

世界一周(40)チリ/氷河を手に入れろ



















DATE:2009/04/17 Chile - Puerto Natales -


この旅一番と言ってもいいほどの、真っ赤な朝焼けが出発したバスの中から見えた。
立ち上る虹のような朝焼けなんて二度と見ることはないだろう。

天気予報は雨。
山の天気は変わりやすい。いま見た朝焼けだけでも幸運と言えるかも知れない。
それでも今見た朝の炎は今日一日の僕の旅を祝福しているようにも思えた。


パタゴニアの朝日はゆっくりと昇る。

何時間も地表近く低いところを浮かんでいる太陽は、
辺りの雲を手当たり次第に染め上げて見たことがない異次元のような空を作り出していた。
何層にも重なる雲はそれぞれに色を込め空の中を漂っていた。


しばらくすると空もやがて青空へと変わり、
今度は白い雪山が聳え立つ世界へとたどり着いた。

この先にパイネの山々がある。
そう思うとまだイントロダクションにも関わらず胸が高鳴った。
まだほんの小手先でしかないそれらの山々は本当に美しかった。


バスは公園の管理事務所へと入りそこで入園チケットを購入すると、
そのまま山々を走りぬけボートが浮かぶ湖へとたどり着いた。

晴れていた景色がゆっくりと曇り空を濃くしている。
山の天気は変わりやすい、つまりはそういう事らしく曇り空はやがて雨となった。


ボートに乗り込むといっそう雨は激しさを増し美しいはずの湖畔の景色はまったく見ることが出来なくなった。
船に乗り込んだ20名弱の登山者達は一様に大きなリュックを背負い、
テントやらシートやら食料やらをめいいっぱい詰め込んでいる。
見た目だけで見ると10キロ以上もありそうな荷物を持ってどうやってトレッキングをするのか不思議だが、
そんな何十キロの荷物を持って町中を観光する白人バックパッカーを何度も見た今ではそんなに違和感は感じない。

そんな中、僕はというと小さなショルダーバックに寝袋と食料が入ったスーパーのビニール袋。
ウィスキーは重いのでペットボトルに少量入れて持ってきた。
これが一泊二日の必要最低限の装備である。軟弱モノ万歳だ。

ボートの中はほぼ白人だらけで彼らはやはりこういう事が大好きなのだなぁ、と思う。
特にフランス人やスイス人に登山愛好家は多く町中でもそれらしい姿をしている人が多い。
1ヶ月ほどの休みを毎年取れる彼らはその休みを使って世界を旅する。
そんなライフスタイルが少し羨ましくもあるが、みんながみんな同じ感じなので、
意外と彼らも型にはまった生き方をしているのかもな、と思ったりもする。


ボートから降りても雨は小ぶりのまま降り続けている。天気予報はこういう時にだけ良く当たる。
仕方なく近くのロッジに駆け込み雨の準備をする。
とは言っても単に合羽を着込みバッグを濡れないようにするだけだ。

雨というのも久しぶりだなと思った。
思えば1年以上も旅をしてきているが雨に降られたことなどほとんどない。おそらく10日もないだろう。
その幸運に驚きやっぱし晴れ男だしねと外に出ると、
雨は既に上がっていて、ぽつりぽつりと落ちてくるのは残り香のような雫だけになっていた。
やっぱり晴れ男だしね。そうつぶやいて目的地に向けてトレッキングを開始した。


雨の多いと言われるこの時期だが個人的にはこの公園のベストシーズンなのではないかと思う
赤や黄色に染まる紅葉は公園全体に溢れる木々を染め上げ、ただただ美しい。
常葉樹もまた雨に濡れ、その下に多い茂る茂みや苔などと共にキラキラと美しい緑を発している。
これで青空も見えれば完璧だろう。
赤、黄、緑、青。全ての色が揃うのがこの季節の良いところだ。




目標の氷河、そして宿泊先のレフリオは出発地点から約4時間の距離にある。
僕ののんびりな歩行スピードから考えると5時間というところが妥当なところだろう。
それにここに来たのは氷河でウィスキーを飲むためなのだ。その時間も忘れてはならない。
現在の時刻は12時。夕暮れの6時には十分間に合うだろう。

歩き出した道は雨に濡れて少しぬかるんではいたが、
軟弱なスニーカーでも歩けるぐらいで、たまにある水溜りを避けながら進んだ。
とはいえやはりスピードが遅いのは明らかで、
同じ時刻にスタートしたはずの欧米人たちはその長い足であっという間に見えなくなっている。
あの重そうなリュックをもってこれだけのスピードがでるのだから、
体格の差というのは大きいのだなぁ、と他人事のように思った。

それにしても美しい。
自然の美しさという言葉がぴたりと当てはまるこの場所は、
どこを見ても美しさであふれている。

黄色く色付いた葉はまだ紅葉も始まったばかりのようで、
まだ濃い緑を残した葉と交じり合っている。
そんな季節の始まりの色もまた美しくあった。


原っぱのようだった場所を越え、紅葉の美しい木々が両側に並ぶ森を越えると、
小さな水溜りのような湖が見えた。

山の水を湛えた湖は濁り無く澄んでいる。
その透明な水の上を黄色や赤にそまった落ち葉がゆらゆらと揺れている。
時たま風が吹くと湖に風紋が広がり、そしてまた静かな湖へと戻った。


しばらく歩くと先行していた登山者が一休みをしているところに出会う。
「オラ!」と声をかけ、僕はそのまま彼らを追い越して先をめざす。
そのうち休憩を終えた彼らがまた僕を追い抜かしていくのだろう。
手ぶらのような格好の僕と、重装備の彼らのスピードはトータルでどっこいどっこいのようだ。

時たま景色の良い所で休む彼らに会うと僕も同じく一休みし、
持ってきたお菓子やナッツなどを分け合いながらなんとも無い話しをした。
しばらくすると「またね」と言ってどちらかが去っていく。
そんな心地よいゆったりとした関係が終点の山小屋に着くまで続いた。



景色は本当に美しかった。

見えてきた氷河を視認すると自然と心が沸き立った。
ついに目的を捕らえたのだ。

氷河の下には大きな河が流れていて、
エメラルドの色をした河の中を崩れ落ちた氷河の氷塊が泳いでいる。
ペリト・モレノ氷河で見た姿と同じようにまだ青い炎を抱いた氷塊は神秘的な姿だ。

あの氷河の一部を手に入れなくては。

そう思い河へと下る道を探すがいっこうに見つかる気配は無い。
少し道をずれてみたらと人が入った形跡がある細い道をくまなくチェックするが、
崖の下にある氷河へと続くような道はどこにも無かった。


まさかここまで来て氷河を手に入れないなんてことは・・・。

夕暮れの時間もある。気持ちばかりが焦りだす。
美しい山の景色が方々でその焦りを散らせてくれるが、
それでも未だに見つからない道に少しずつその焦りが蓄積されていった。


もしや。
そう思ったのは午後の4時を回りその焦りがピークに達した頃だ。

ここから宿泊先のキャンプサイトまでは少なく見積もっても1時間はかかる。
それに追加して氷河でのウィスキーなど楽しんでいれば到着は6時近く。
日も暮れるかどうか微妙なラインだった。

目の前には恐らくは崖の下へと向かう道が続いている。

少し歩き出し険しい岩の道を下っていく道を見つけた時には、
これが氷河が流れる河へと続く道だと確信した。


が、しかし。

間に合うか?そんな疑問が胸をかすめる。
すでにタイムリミットまで1時間を切っている。
ここで道に迷ったり、結局河までたどり着けなかったとしたら、
夕暮れ前に山小屋に着くのは難しくなる。
このままこの道を進むべきかどうか。これは賭けだった。


でも行くしかないか。

そもそもここへ来たのも氷河を手に入れる為だったのだ。
ここで諦めたら来た意味がなくなるというものだ。
そうと決めたら急がねば。意を決して険しい坂道を下ることにした。


階段状になった岩を下り、沢のようになった小さな水の流れの中を下りていくと、
ついに平地へとたどり着き草むらのような場所に出た。
もう氷塊が流れる河は目の前だ。見えてはいないが、河の流れる音でそれがわかる。

音の方へ向かい草むらの中の獣道を抜けると、ついに河へとたどり着いたのだった。


河には氷河が流れていた。
目の前をゆっくりと流れていく氷河の欠片にしばし目を奪われた。
流れるといっても本当にそれはゆっくりとしたもので、
どちらかと言うとぷかぷかと浮いていると言ったほうが正しいのかもしれない。
しかしそれでも河の流れに押されてゆっくりと動く氷塊は、
目を離すといつの間にか別の場所に動いていて少し驚く。

しかし、だ。

肝心な氷河を手に入れるという目的なのだが、
せっかく河まで出てみたものの意外にもというか、やはり氷塊は河の中を流れていて、
おいそれと手が届くようなものではなかったのだ。
ほんの数メートルの位置にあるものもあるが、それすらも手に入れるためには
氷が漂う冷たい河の水の中を歩いていかなくてはならず、
どう考えてもそれは命がけの所業としか思えなかった。


さぁてどうしたものか。目標を目の前にしてかなりの難関が立ちはだかってしまった。
が、それもまた意外な事実によってクリアされる。

・・・落ちてるじゃん、氷河。

そう河ばかり眺めていたので気づかなかったが、
なんと氷河の欠片は小さくなってはいるが河辺に打ち上げられてきらきらと輝いているのだ。

まるで宝石の様な。と言ってしまうと陳腐に聞こえるが、
手のひらサイズから顔ほどの大きさまで大小さまざまな氷河の欠片は、
河に溶けたのか穴の開いたごつごつとした姿をしており、
その向こうまで透けて見える完璧な透明色は、
いびつな形が作り上げる不思議なレンズの力で景色を写しこみ、
それはただ美しいとしか言えない輝きを放っている。

あの青い色は既に消えてしまっている。
河を流れる間に流れ落ちたように氷の色は白でも青でもなくひたすらに透明だ。

科学的に言えば可視光線が氷の中を通るときに、
最も遠くまで届く長波長の青色だけが青空と同じように氷の中を越えて見えるのだが、
その青い炎が消えてしまった氷の塊を見ると頭では理解しているが魔法が解けてしまったようにも見えた。



河原を歩き回りいくつかの氷を手に入れると、
ついにこの瞬間、「氷河 オン・ザ・ロック」の時間だ。

持ってきたブリキのコップに小さく砕いた氷河を入れる。
そして透き通った氷の中にゆっくりと琥珀色の液体を注ぐ。
透明な氷の下の琥珀色が氷の中を乱反射して氷が炎のように黄色く染まった。

ついにこの時間。

溶けた氷がウィスキーの香りをふわりと立たせる。
少し大き過ぎた氷を手で押さえウィスキーをごくりと喉に流し込む。
冷たい感覚が下を通り過ぎ、ついで喉を熱く燃やす。

・・・生きててよかった。

素直にそう思った。

完璧に自己満足の企画なのだが、この達成感は何だろう。
氷河でウィスキー。いいじゃないか、いいじゃないか。

ここまで歩いてきた疲れもあったのか、
手ごろな石の上に座り込むとトレッキング中だということも忘れてしまい、
しばし河を眺めながらウィスキーの味を楽しんだ。

ついに南米の端まで来てしまった。
まだまだ最南端までの道は長いが、氷河を実際に手に取ると妙な現実感が沸いてくる。
氷というのが南極を思い起こさせるからなのだろうか。
シーズンが少し過ぎてしまい残念ながら行けなくなった南極の事を考えて少し悔しくなった。


旅をして、今日ここにたどり着いた。

別に今までもそしてこれからもそれは毎日続くのだけれども、
どうしてだろう。「たどり着いた」という感覚が今日はとても深い。

旅の終わりが近くなったからだろうか。
残り4ヶ月とちょっと。9月になれば僕は日本に帰っている。
そんな現実が今日の気分をそうさせているのかもしれない。


僕は今、旅をしている。

今さらながらにそんな事を思った。



さて、道を急ぐか。
そう思い立ちあがったのはもう5時を回ってからである。
恐らく日が暮れるまでにはあと1時間ばかり。
正確な距離はわからないが恐らくそれぐらいで調度山小屋にも着くだろう。

そう思い、山小屋でもう一度ウィスキーを飲もうといくつかの氷をお土産に元来た道を折り返した。



「あれ?これさっき通った道じゃん」

そう気づいたのは30分以上も歩いてからだった。

・・・道間違った。

やばい。どうやら少し戻って別の道に出るというのは僕の勘違いで、
戻る必要はなくそのまま進んでいけばよかったのだ。
既に辺りは暗くなり始めまだ懐中電灯は要らないまでも足元はもう目を凝らさなくてはならないほどだ。

やばいぞ。こりゃ、本格的にやばい。

もともとの計算では1時間で着くはずだった道。
それを既に30分も逆戻りしてしまっている。
つまりは単純に1時間のタイムロス。元の場所に戻った時点でタイムオーバーだ。

しかしそんな泣き言を言っている場合ではない。
焦る気持ちはあるが最も危険なのは焦って道を踏み外したり、水に落ちたりすることだ。
ともかくゆっくり慎重にと言い聞かせながら今来た道を戻る。

ようやくさっきの場所まで戻った頃には既に日は落ちていて、
辺りはゆっくりとその暗さを増していくところだった。

当然ながら街灯などあるわけもない。
懐中電灯さえも持ってきていないので夜になれば、
真っ暗な道を目だけを頼りに歩く事になる。
月が出ていれば助かるが運悪く空は曇り空で月の明かりが届く事はない。


やべーぞこれ。

あと1時間。確実に真っ暗闇が待っていることを悟る。

このままここで野宿をしてしまうという手もあった。
が、もしもここで雨でも降り出そうものなら最悪の事態になる。
山の天気は変わりやすい。それを思うとそれがあり得ることだと思い、
この暗闇の中を進む以外の選択肢はないことに気づいた。


真っ暗闇の森の中。

辛うじて道がわかる程度の視野のまま急ぎ足で進む。
ある日、森の中、熊さんに出会った。。。冗談に聞こえない。
南米の森の中だ。何が棲んでいても不思議ではない。

もう氷なんて持っている場合じゃない。
が、ここまで持ってきてしまったからには後には引けなくなっている。
途中でビニール袋が破けるが、そんな事ではくじけない。意地で運ぶ。



1時間後。暗闇の中の緊張でへとへとになりながら真っ暗闇の中、山小屋へ着いた。

こんな時間に?と山小屋のスタッフが驚いたのは無理もない。

ついに最後まで持ってきた氷を入れてもう一度、氷河 オン・ザ・ロックを楽しむ。


夢とはまこと険しき道なり。
ともかく今日一日に乾杯!!!


ぁー、ヅカレタ。。。

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