DATE:2009/03/16 Bolivia - Uyuni -
地平線でも水平線でもない真っ白な白い線が世界を分けていた。
足元には真っ白な塩が大地を染めつくし、唯一の色は空の青だった。
目の前に広がる白と青のシンプルな世界がこの場所の全てであり、
そこに立つ僕たちは塩の一粒のようにちっぽけな存在でしかなかった。
世界は凄い。そんな当たり前のことを思った。
世界は本当に凄かった。
町を出たのは11時過ぎだった。
なぜか出国手続きを先に行い、2日後の出国スタンプを押された後、
僕は旅行代理店の待合室でひたすらに待った。
ちなみに申し込んだときのおばちゃんのセールストークは
「他のツアーは遅れて十分な観光ができない」で、今日のおばちゃんの台詞は
「大丈夫、遅れても夕日は見られるしツアーも満喫できるわ」だった。
ついでに言うと「人数が足りないと他のツアーと混ぜられることもあるけど、うちは大丈夫」も
これまたどこか見知らぬツアーへと合流させられて反故になった。
まったく約束を守らない代理店の態度に頭に来て今日は参加しないとゴネるも、
結局はおばちゃんの泣き落としに負けてしまい、午後近くなってからの出発となった。
遅れた理由は月曜日はガソリンスタンドが混むという理由で、
じゃぁなぜ早朝もしくは前日にガソリンを入れておかないのかと思うのは日本の常識らしい。
結局、遅れたにも関わらずガソリンスタンドにもう一度行くという意味のわからない手順でスタートを切ったのであった。
(ちなみにガソリンスタンドでガソリンを車に撒き散らし、
あわや大惨事になろうとしていたことは笑っていいのかよくわからない)
ま、それはさておき一緒になったツアーのメンバーは中々いい奴らで、
フランス人1人、スコットランド人1人、フィンランド人2人、スイス人1人と僕の計6人。
なんだか陽気なメンバーでツアーは始まった。
一目散にウユニ塩湖と行きたい所だが、
ツアーの始まりはなぜかウユニの町の近くの捨て置かれた列車置き場。
観光名所らしいのだが特に見る意味はない。ただウユニへの思いだけがはやった。
次いで塩作りの小さな工場を見てからやっとウユニ塩湖へとジープは走り出した。
初めに見えてきたのは真っ白な世界というよりも、
水溜りの中にぽつぽつと見える三角の盛り塩とその近くで作業するトラックと作業員達だった。
ジープはその水溜りの中を水しぶきを上げて疾走する。
水しぶきがあがるたびに歓声が上がる。
僕らは異世界の入り口に立っているのがわかった。
スゲェ。という言葉を上げる間もなくジープは水溜りを置き去りにして、
後はただ真っ白な世界だけが目の前に広がっていた。
いくつもの絶景を見てきたはずだった。
それでも今この足元に広がる真っ白な大地は特別としか言いようのないもので、
ただ走り続けるジープの中で口を開けたまま眺めるだけしかできなくなった。
目印のない白い台地の上を走っていると、今自分がどこにいるのかさえもわからなくなる。
そもそもこのジープが動いていることすらも疑わしい。
現実感のない旅は真っ白な地平線へと向けて続いている。
ただ空を流れる雲だけがここが現実であることを思い出させ、時の流れを教えてくれた。
1時間も走った頃、ようやく何か人工物らしいものが見え始め、
近づいてみるとそれが塩でできた塩のホテルであることがわかった。
ただ高いだけでサービスも何もない殿様商売と有名なそのホテルの周りには、
いくつものジープが止まっていて白い大地の上の始めての人工物に安心したように、
きゃあきゃあとはしゃいでは皆、写真を撮っている。
僕も同じように写真を撮ったがなぜか現実感が沸いてこない。
真っ白すぎる大地は写真に収めようとすると機械がその白さを認識できず、黒々とした大地に変わる。
どんなに調節をしてみても見たままのその白さは写真に写ることはなく、
やはりここが現実世界ではないのではないかと思うほどだった。
ホテルの周りを歩いていると不自然にぽつりと置かれた黒いタイヤがあり、覗いてみるとそこから水が見えた。
そうか、この白い大地の下には濃い塩水の世界が広がっているのか。
単純に塩で埋め尽くされた湖を想像していた僕は、そのタイヤの中にゆれる水に驚いた。
見ただけで深さはわからないがかなり深いところまで塩は結晶化しているのだろう。
だから僕らはジープで走ることができるのだが、そのさらに下の深い水の世界には何があるのだろう。
生物など棲みようのない世界な気もするが、もしかしたらという気もある。
この目の前に広がる神秘の白の下、さらなる神秘が泳いでいるのかもしれない。
そう思うと未知の世界の上を歩いている気がしてなんだかわくわくした。
しばらくして塩のホテルを出た後はフィッシュアイランドという名の島へと向かう。
出発してからはまた最初と同じように白い大地を浮いたように走るだけだ。
同じように走っていっただろうジープの轍が大地に落ちていてそれだけが、現実へと戻るための道しるべに思えた。
時折ジープ同士のレースが始まり、それが終わるとまた静かな白い世界を孤独に走った。
島らしいものが見え、白い大地に盛り上がったものを見て、
久しぶりに見た白以外の色彩に少しほっとした気持ちになる。
先行した何台かのジープがそこに止まり遅い昼食をとっていて、
いくつかのグループからはじゅうじゅうと美味しそうな肉が焼ける匂いがしている。
僕らはというと単に野菜を切って既に焼いてある冷めた肉を黙々と食べるだけだった。
完全にツアー会社選びを間違ったことにみながここで気づき苦笑いを浮かべるのであった。
食事を終えた後は1時間ほどの自由時間になり、
サボテンだらけのその島を散策してみたり、各自面白写真を撮ったりと、
始終リラックスしたムードが漂っている。
やはり土がある場所というのは落ち着くのであろう。
雲の上のような白い大地に浮かぶその島のまわりを皆が楽しそうに歩き回った。
僕もまたツアーの仲間と一緒に面白写真を撮ることになる。
普段は自分の写真など撮らないのでめずらしいことだが、
他人の写真や景色ばかりを取る僕が不思議らしくツアーのみんなが手招きしたからだ。
恥ずかしながらもジャンプをしてみたり、人を手に乗せてみたりと楽しんだ。
どうでも良いが欧米人の写真の下手さは折り紙つきらしく、
皆が四苦八苦して取っている写真を簡単に取ってあげると何故か驚かれた。
日本人ならば誰もができるだろう写真撮影の技術は欧米人にとっては驚きの技術のようだった。
彼らには「写真をお願いするときは日本人を探せば良いよ」と教えておいた。
もしかしたら近い未来、日本人が旅行すると写真を撮ってくれとせがまれる時代が来るかもしれない。
日が傾き始め真っ白だった塩の世界も少しずつ影が落ち始めている。
白い大地には蜂の巣のようなハニカム型のひび割れが影を作り大地に塩の結晶の絵を描き始めていた。
その姿が巨大な塩の塊の上にいることを思い出せた。
思いついて少し塩を掘ってみるとじわりと水がにじんでくる。
この下には先のほど見たような濃い塩水の世界が広がっているのだろう。
冬にできた湖の氷の上に僕らは立っているようなものだった。
それでも崩れるような危うさは感じることはなく、ただ自然の神秘の上に安心して身を委ねている。
この大地に水があればどんな景色になっていたのだろう。
見ることができなかったその神秘の姿を思い浮かべようとしたが、どうしても想像することができなかった。
今ここにある世界でさえ想像力の範囲を超えているのだ、さらに上の神秘を想像できるわけがない。
ただ不思議なことに昨日までの残念な気持ちは消えていた。この白い世界。それで十分だと思った。
日も沈み始めた頃、島を出たジープは向こう側に見える黒い山へと向けて走り出した。
すでに白い世界も黒い山に同化するように少しずつ色を交えている。
雪景色を歩いた時のように黒い土が徐々に白の中に混じり始めやがて白は姿を消した。
山の中に立てられた塩でできたホテルへたどり着きそこで一泊することになった。
夕日は山の方へと消えていった。
その夕日をあの白い世界の上から眺めることができなかったのが少し残念だった。
目の前に広がる白い世界はゆっくりと夜の中へ身を沈めていった。
不思議なことに白い世界は夕日の光と混じると緑色のラインを大地に作った。
その不思議な景色を眺めているとあっという間に夜が世界を包んだ。
どんな世界でも夜は夜だった。白も青も緑も全て。夜は黒へと変えていく。
じゃりじゃりとした岩塩を敷き詰めた塩の床を踏み鳴らし、
僕らはホテルの中で鶏肉のスープとピザの夕食を食べた。
気持ちよい仲間と食べる食事は今日の景色と共に心を満たした。
その仲間と共に夜空を眺めた。
凍えながら見たその星空は掴めそうなほど近く、落ちてきそうな黒い世界を銀色のピンで繋ぎとめていた。
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