2009年2月6日金曜日

世界一周(34)イタリア/水の都。沈む都。










DATE:2009/02/06 Italy - Venezia -


まだ太陽さえも昇らぬ早朝のミラノ駅を出発し僕は一路ヴェネチアの町を目指した。

そこがイタリア最後の町。
そして最もあこがれた町でもある。
ほんの200年ほど前までは独立国家であったこの島がイタリアの旅の終着点だった。


外は相変わらずフィレンツェから続く曇り空で雨こそ降らないもののどんよりとしたまんまだ。
せっかくの水の都なのに。そう思うも残念ながら天気まではどうしようもない。
列車はいつの間にか細い橋のような道を通っている。
ここがヴェネチアか。曇り空の下、終着駅のサンタ・ルチア駅へと降り立った。


目の前を勢い良くスピードボートが過ぎ去っていった。
これが僕のヴェネチアに降り立った時の最初の出来事だ。これだけで僕はこの町が大好きになった。
この町はきっと美しい。そう予感させるには十分なイントロダクションだ。

ヴェネチアには車が走っていない。
そのために移動は歩くかバポレットと呼ばれる水上バスを利用することになる。
その他にもチャーターボートタクシーや、名物のゴンドラという手段もある。

さすがにタクシーをチャーターするわけにも行かず、
予定通り滞在時間きっちりの36時間有効のバポレット券を購入した。
それでも料金は21ユーロもする。ヴェネチアの観光が高くつく所以はここにある。


運河沿いにあるユースホステルにチェックインし、時間もないので早速観光に出かけた。
なにせ明日の夕方にはヴェネチアからバルセロナへのフライトが待っている。
正直この町を1日やそこらで周るのはもったいない気がしたがそれもまた仕方ない。

宿の前から出るバポレットに乗り込み対岸のサン・マルコ広場へと向かう。
水しぶきを上げて走るボートが心地よくボートの甲板に立ち町を眺める。
なんだか全てが映画の舞台装置のような町並みだ。
ボートに乗る、ただそれだけのことなのにものすごく絵になることをしている気分になる。

ボートは庶民の足といったところのようで、
観光客はもちろんのことこの辺りに住んでいると思われる人々も乗船している。
中には買い物帰りらしくたくさんの買い物袋を抱えた人もいて、いくつもの島で構成されたこの町らしい光景が見える。



ボートが対岸のサン・マルコ広場に着くと目の前にずらりと黒いゴンドラの姿が並んだ。
さすがに曇り空とあって客は少ないらしく青いシートが被せられたゴンドラがぷかぷかと岸に浮いている。

ボートを降り島に降り立つとゴシック様式の建物、そしてワイン色の街頭がずらりと並ぶ。
どんなに曇っていても美しいものは美しい。
そのまま歩いていくとサン・マルコの大きな広場へとたどり着き、
イタリア様式に派手に飾られたサンマルコ寺院が見えてきた。

辺りにはお土産屋も多くヴェネチアらしくさまざまな装飾が施された仮面が並んでいる。
そういえばあと数週間もすればヴェネチアの仮面カーニバルが開催される。
それに参加できないことは至極残念なことだったが、リオのカーニバルを思えばそれもまた仕方のないことだった。


サン・マルコ広場を抜けてレストランが立ち並ぶ一角を越えると急に人気が少なくなり、
ひっそりとした町並みが広がっている。

レンガ作りの赤い家、白い石造りの柱。
そんな町並みを歩いていくと運河にぶつかり、そこにかけられた橋を渡りさらに町は続いていく。

なんてきれいな町なんだろう。

最初の予感に外れることなくヴェネチアの町は恐ろしく美しく、
道を曲がるごとに1つ1つ新たな感動を生み出してくれる。
すべての角度から見て絵になるような町並み。
細く曲がりくねった道がいくつも続いていて、曲がり角一つ一つに驚きがあった。


橋の上を通り過ぎようとすると、すぅっと足元を何かが横切った。
そしてそのまま黒いゴンドラはゆっくりと運河を泳いでいき次の橋の向こうで姿を隠した。
僕はそれをただ黙って眺めていた。そのゆったりとした動きの分、そこだけ時の流れが止まって見えた。

運河の色はなぜか薄いブルーの色をしている。
単なる海水のはずなのにこの町に入ると色をまとってしまう。それがとても不思議な魔法に見えた。


ゆっくりとゴンドラのように町をめぐりながら歩いているとあっという間に時が過ぎる。

車がまったく走っていない町というのは初めてで、
実際に体験してみると車がないというだけでこれほど静かなものなのかということに驚いた。
ふと、中国の万里の長城に登った際に山に響いたクラクションの音を思い出した。
驚くほど遠くの車から発せられたその音は人間が暮らす音というのはこれほどに騒がしいものなのかと感じたのだった。
逆にその音がないこの町は静か過ぎるほど静かで、それが異常なことにも思えた。
たった100年前はそれがきっと普通のことだったはずなのだ。
僕らはいつの間にか騒音の中に暮らし、それに慣れきっていることを知った。


帰り際にふと思いつきバポレットに乗りぐるりとヴェネチアの運河を周ってみることにした。
いくつもの橋の下をくぐり、水の上に浮いた家々を通り過ぎて宿までの道をボートは走っていく。

ある家の下には樽のような浮き輪が見えた。
どうやらこの家は正真正銘の運河の上に建てられた家のようだった。
どういう仕組みでそれが水平を保っているのかは知らないが
ともかくこの町はそんな不安定な土壌の上に成り立っているらしかった。



宿に戻り少し休むとお腹も空いてきたのでもう一度サン・マルコ広場へとボートで出かけた。

暗い夜空の下、街頭には火が灯され町を照らし出している。
風景はいつの間にかがらりと変わっている。
それは水のせいだ。

満ち潮になった夜のヴェネチアは既に沈没直前のように町には水が溢れている。
昼間歩いているときに気になった遊歩道のような板はこのためにあったようだ。
町行く人たちは水浸しの町の上にかけられた板の上を歩いていく。

水浸しのヴェネチアの町はこれもまた美しい。
ずらりと並んだ街灯の灯りが水に映りこみ二重の光を町に灯している。
波も立てず静かにたゆたう水溜り。時たま誰かがその中に飛び込んで波紋が広がると町の明かりが揺らめいて見えた。


これはここ最近のことなのだろうか。それとも昔からのことなのだろうか。

温暖化の影響なのかは良くわからないが、よくもこんな町に暮らしていこうと思ったものである。
毎日床下浸水におびえる町。いくら美しい町だからといって、さすがにここに住むのは大変に思えた。


板で出来た渡り廊下を歩いてサン・マルコ広場を通り過ぎる。
いくつかの道は既に冠水しており、細い道は渡り廊下さえも用意されていないため通行不能になっている。

もともと迷路のような町並みに新しく出来た新ルール。
それがなんだか面白く行き止まりの道を行ったり来たりしながらレストランを探した。

そのうちの一軒に決めてイタリア、最後の晩餐を楽しむ。

トマトソースのスパゲッティに、魚のクリームソースがけ。

イタリアンの味としてはまぁまぁと言ったところ。相変わらずイタリアワインは美味い。
そう言えば美味しいと聞いていたイタリアンだがなかなか当たった事がない。
パスタでさえ勝率5割。ピザは期待していたほどでもない。
今回はそれが残念だったが、また次の機会としよう。
ローマにヴァチカンにここヴェネチア。きっと僕はこの場所にもう一度訪れる。


夕食を食べ終え8時を回った頃。
満腹のお腹を抱えて外に出るとすっかり町は水浸し。
店の戸の前には入水防止の板がずらりと並んでいる。

さて、どうしたものか。
今まで通ってきた道はすっかり水の中に埋もれてしまっているようだ。

ともかくどこか濡れない道はないかと右往左往するも、この町はほぼ沈んでしまっているようだった。

仕方なく覚悟を決めてバシャバシャと水の中を進むことにした。
覚悟を決めてしまえばそれはそれで面白い。
少しだけどぶ臭いがそれもまたヴェネチアの町だと思うと不思議と気にならない。
しばらくくるぶしまで漬かりながら水の中を歩いていくとようやく渡り廊下へとたどり着いた。

サン・マルコ広場には夜にも関わらず相変わらず人が溢れている。
広場はぐるりと光で囲まれていて水が増えたからか先ほどよりもいっそう光に溢れているように見えた。

水の中のその揺らめく光を見ていると、これもまたイタリア最後の夜らしいなと思えた。



駆け足で通り過ぎてしまったイタリアだったが、意外にも多くの思い出を残してくれた。


やはり一番はその歴史の深さからくる街の華やかさだろう。

ローマ、フィレンツェ、ミラノ、ヴェネチア。
これほどまでに街歩きが楽しい国はないかもしれない。

まさにTHE ヨーロッパといった感じの石造りの街並みは
歩いていると首が痛くなるほどに上を見上げてしまう

きっとこの街は何度来ても新しい発見があるだろう。そういう期待がある。
それほど驚きと美しさに満ちた街ばかりだった。

そしてまだ僕はイタリアの半分の街も巡ってはいないのだ。
南イタリアは今回旅した北イタリアとはまた違った美しさがあるという。

紅の豚マルコが愛したアドリア海の島々。
そこに行けないのは残念だがそれもまた次のお話ということだ。


そう言えばイタリア人ってやつにもなかなか面白いものがあった。

美人が通れば必ずや振り返るイタリア男。

旅であったイタリア人の印象からすれば意外にも意外だったのが、
仕事に関してはきっちりとルールどおり。というかマニュアル人間だということだ。

ルールブックに載っていないことは絶対にしないし、
どちらかというと偉いのは客ではなく店のほうだ。
この事についてはヨーロッパ全体についてそんな感じだし意外ではないのだが、
あのイタリア人が。ということで結構驚いた。

アジア人蔑視とかそういうこと以前にきっとサービス業というのに慣れていない感じだ。
収入の多くを観光に頼っているはずなのに変な国だ。
もしかしたら素晴らしすぎるコンテンツにうぬぼれているだけかもしれないけれど。


短い期間にも関わらずいろいろあったイタリア。
何はともあれきっとこの国にはもう一度来るだろう。

イタリア人がどうであれ、イタリアはイタリア。ここ以外にそれはないのだから。




サン・マルコ広場からのバポレットは対岸へとたどり着いた。

こちらから見ると対岸に並んだ電灯が浮いたように見える。
対岸のこちらにも潮は既に満ちていて、道の半分ほどは冠水してしまっている。

対岸の明かりを眺めながら道の端を歩いた。
イタリア最後の夜だった。

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