DATE:2009/01/23 Turkey - Istanbul -
「てっぢゃん・・・行っちゃうの?」
まだ寝ぼけ眼でマサミが言った。
「うん、行くよ。旅だしね」
僕はそう答えた。
「本当にいっちゃうの?」
「うん」そう言いかけた僕は、思わずその場に凍りついた。
・・・こいつ鼻水だらだらじゃねーか。
思わずそうツッコむと、
「だってティッシュがなくなっちゃったんだもん。トイレに駆け込むのも雰囲気でないし」とマサミが答えた。
なんて奴だ。別れの朝だっていうのに。
悲しくて泣いてるんだか、
単に寝ぼけているのかはわからないが、
ともかく涙と鼻水は彼女からだらだらと流れ続けていて、
なんだかそれを見ていると旅の予定などどーでもよくなって、
「やーめた」とまずは彼女の鼻水を拭くことにした。
なんだかなー。と思うも、
それはやっぱり僕が彼女に恋をしてしまっているということだろう。
愛は偉大だ。そして鼻水も。
そんなわけで今日一日トルコにいることにした僕らは、
午前中はベッドでごろごろとして、
まーそれもなんなので目的もなしにボスポラス海峡を越えて、
対岸まで渡ってみることにした。
町をぷらぷらと二人で歩く。最後のデートって奴だ。
今まで3日もいたのに川の近くまでは一度も行かなかったので、
川沿いの景色もなんだか新鮮だ。
川沿いには魚バーガーなるへんてこなものも売っていて、
試しに食べてみると単にサバをパンにはさんだそれは、
どう考えても単体で食べたほうがうまい代物だ。
なにしろパンに魚臭さが移ってうまくもなんともない。
その他にもムール貝のドルマなんて奴も売っていて、
ドルマの名前に躊躇するも地元の人があまりにもうまそうに食べているので、
試しに1つ食べてみるとこれがなんとも絶品で、
ムール貝に味付がついたご飯を詰めたものに
レモンをジュッとかけて食べるそのドルマに嵌ってしまい、
結局はおかわりをすることになった。
憎きドルマにもいろいろあるものだ。
対岸までガラタ橋を渡って新市街へ。
ガラタ橋にはたくさんの釣り人がいて橋の両側を埋め尽くすように、
釣竿がボルポラス海峡へ向かって垂らされている。
釣り人の足元のバケツにはたくさんの魚が入っていて、
どうやらこの場所での釣りはけっこう獲物が多いらしい。
夕暮れ過ぎにも関わらず多くの釣り人が真剣に釣り糸を垂らしていた。
この魚たちは家族と共に食べるご馳走となるのだろうか。
そんなことを思うとなんだか楽しくなった。
ガラタ塔まで行って塔を眺めてから、
まちをぶらぶらしていると一軒のハマムを見つけた。
ハマム。
それは噂に名高いトルコ風呂のことだ。
トルコ風呂、と日本で言うといかがわしいお店を連想するが、
ここトルコの風呂はもちろんそんな場所ではなく、
ケセジと呼ばれるあかすりの専門化が活躍するスチーム風呂だ。
なかなか行く機会がなく延期になっていたが、
せっかくのトルコなのでぜひ行ってみたいとは思っていた。
が。
この街角のハマム。
なんだか様子がおかしい。
ハマムは通りから一本外れた細道にあるのだが、
ハマムの前の通りにはなぜか怪しい男たちが、
ポツリポツリと立っている。
その様子がなぜか単に待ち合わせやなにかではなく、
明らかに「ナニカ」をしているように見えるのだ。
そんなわけで僕らはびびった。
トルコ風呂には行きたい。
でもこんな怪しいところに行っても大丈夫なのだろうか。
なにもここにしなくても、
料金は高いが街中には観光客用のハマムもある。
荷物の心配もあるしそっちにしたほうが安全ではある。
敵情視察。と銘打ってハマムに料金を確かめにいく。
どうやら観光客用の3分の1。
中を見ても特に怪しい雰囲気はしなかった。
店員もなんだか感じのよい人だ。
しかしハマムの前からはなぜか怪しいおっさんが、
そろりそろりと付いてくる。
そんなわけでちょうど振り出した雨と怪しいおっさんを避けるために、
腹ごしらえとケバブを食べてマサミと二人で作戦会議を始めた。
怪しい男たちがたむろす町のハマムか、
それとも煌びやかな内装の観光地のハマムか。
それが問題だ。
ガラリ。とスライドするドアを開けた。
先ほどとは違う無愛想な男がカウンターに座っている。
「2人」と僕が言うと、
男はそこで待つようにと階下にある更衣室を指した。
少し待つと先ほど会ったやさしそうな男がやってきて、
つたない英語でやりかたを説明してくれる。
この時点でなんだか僕らはほっとした。
なんだ、けっこう普通のハマムじゃないか。
そう僕らが選んだのはもちろん怪しげな道に立つハマムだった。
理由は単に「結局そっちの方が面白そう」だからだ。
さすがはバックパッカー。ネタには弱い。
そんなわけで更衣室に通された僕らは、
電話ボックスのような個室でバスタオル一枚の姿に着替え、
しっかりと鍵ができる更衣室に荷物を残して風呂場へと向かった。
言うまでもないがさすが町のハマム男女混同だ。
そして日本人が思っている風呂とはまったく形が異なる。
男女混同と言っても基本的には他人と一緒に風呂に入ることはないようで、
僕らが入ったときは客がいなかったこともあるが、
貸しきり状態で大きな風呂場を二人で独占した。
風呂場は大理石でできた岩盤浴のような二人ほどが寝転がれる大きな台を中心に、
その周りにはいくつかのお湯が流れる洗い場のようなものが並んでいる。
いわゆる浴槽というものはなく、
体を洗うための洗い場も単にお湯が溜めてあるだけで、
そこでゴシゴシと体を洗うようなものではない。
そんなところで何をするのか。
それは単に大理石の台に寝転がるだけなのである。
大理石は下に暖炉でもあるのか暖められていて、
そこに寝転がるだけでも太陽を浴びているかのようにぽかぽかする。
寝転がっているとケセジさんがやってきて、
ついに彼らの本領発揮となる。
最初受付だと思っていた優しそうな男の人が実はケセジさんで、
白い衣服を脱ぐとびっくりゲイなら大喜びしそうなかなりのマッチョ。
そんなムキムキなケセジさんが、
台の上に魚のように乗っけられた僕たちをごしごしと洗ってくれるのだ。
最初は前面から。
と腰にバスタオルをかけられたあられもない姿の僕を、
ゴシゴシと洗っていく。
なにかミトンのようなものを手に装着し、
ゴシゴシとあかすりを始める。
そういえば人生初めてのあかすりだ。
特に痛くもなく優しいマッサージのように丹念に丹念に体を洗う。
次は背中だ。
ひっくり返り背中をゴシゴシされる。
気持ちよく洗われていた僕にマサミが声を上げる
「てっちゃん・・・すごいよ。」
なにが?と首をひねりふり返ると、
何やらすごい垢がでていることがわかる。
前面ではほとんど出なかった垢が見る見るうちに出てくる。
人に垢を見られるなんてなんだか辱めを受けているようだ。
それでもケセジさんは止まることなく、
ゴシゴシ。ゴシゴシ。と僕の体を洗いたてる。
そもそも男に体を洗われるなんて、なんてこったい。
これまでの数々のゲイトラブルを思い出す。
いまさらだがこのケセジさんがゲイではないことを祈る。
普通ならば女の子なのに普通に見知らぬ男に体を洗われるマサミの方を心配すべきだが、
ことこういう事に関しては僕の方が危険度は高いのだ。
そんなわけで一人じゃなくマサミがいることを心強く思った。
そうこうしているうちにあかすりタイムは終了し、
台の下にある洗い場へと呼ばれた。
そこで何が行われるのかと思っていたら、
体を熱いお湯で流される。
それだけか。と思っていたがケセジさんは何やら秘密兵器のようなものを持ち出し、
それと石鹸をこすり合わせはじめた。
秘密兵器と思われるのは例えるならばストッキングのようなものだろうか。
もしかしたらストッキングそのものかもしれないが、
それと石鹸が組み合わさるとものすごい事になる。
ストッキングに石鹸をつけてぐしゃぐしゃにすると
驚くほどの泡が、もわもわとたち始めるのだ。
そのシャボン玉製造機もびっくりな泡を持つと。。。
なんとケセジさんは僕の頭にその巨大な泡の塊をかぶせ、
頭をゴシゴシと洗い始めたではないか。
シャンプーなんて知りはしない。
巨大な泡の塊をかぶってサザエさんのようになった僕の頭を、
ケセジさんは一心不乱に洗う洗う洗う。
そしてその次はお決まりのように泡を体につけて、
プードルのようになった僕の体を洗う洗う洗う。
と、すっかりきれいになった体をお湯で洗い流して、
僕のトルコ風呂体験タイムは終了したのであった。
驚くべきはここまでがとてもスムーズで、
しかも痛かったり目に石鹸が入ったりなどのトラブルがまったくなかったことだ。
これぞプロの技と言うべきだろう。
僕の後はマサミがケセジタイムとなり、
女の子用に胸をバスタオルで隠すなどの細かい違いはあったけれど、
まったく表情を変えずプロに徹するケセジさんに感動し、
ぜひこの姿をセクハラ中東おやじ達に見せたいと思った。
すっかり満足した僕らはぽかぽかの体で風呂を後にして、
更衣室で着替えると仕事が終わったケセジさんを褒め称えた。
いやぁ、あんたプロだねぇ。と。
遠いトルコの国でこういう仕事のプロに会えた事はとてもうれしい。
日本人から見るとどこの国に行っても、
仕事のやり方は適当に見えるので、
正直感心できるほどのサービスを受けることはほとんどない。
アジアや中東はもちろんヨーロッパでさえもだ。
なので、こんな街中の普通のハマムで、
これだけの仕事できるトルコという国のポテンシャルは
なかなかのものじゃないかと思うのだ。
片言の会話だったが、
「そう言えば表になんか怪しい人たちがいるんだけど・・・」
と思い切って聞いてみると
「あぁ、ここは売春ロードだからね。お客さんもそういう人が多いよ」
とあっさりと言われた。
そうかあの男たちは客引きの男たちだったのか。
不倫がご法度のイスラム圏であってもそういった商売はやはりあるものだ。
ちなみに彼の言うことには、
「彼らはトルコ人としか商売しない。外国人はだめ」だそうだ。
興味本位でトルコではセックスの後にハマムに寄るのか、それとも前かと聞くと
「みんなセックスの後に入ってくよ」「男性一人でね」との事だった。
セックスの前に体をきれいにする日本とはえらい違いだ。
そんなこんなで怪しげな道に立つハマムでのトルコ風呂体験にすっかり満足し、
帰り道にまたもやムール貝のドルマを大量に買って帰り、
部屋で二人で最後の晩餐2を開催することにした。
ムール貝ドルマがあまりにも美味く二人で貪っていると、
宿のオーナーが電話をしてきて今からディスコに行かないか?と言う。
二人とも踊るのは大好きだが、
宿のオーナーがあんまりイケテル感じではなく、
ディスコといっても中東音楽ガンガンの奴かもよ、と断ろうとするが、
オーナーの強引さに負けて一緒に夜のディスコに繰り出した。
なんだか宿中ののりがいい奴を集めてきたらしく、
アメリカ人の兄弟2人と、別の宿に止まっているオランダ人の2人、
そしてオーナーの友達2人と計9人の大所帯でディスコへと歩き出す。
1件目のディスコが満員(どういうこと?)で、
2件目へとタクシーで向かったが、これが結構あたりで、
クールな音楽と共にイスタンブールの夜へと酔いしれた。
緑色の光線が舞うハコの中を、
重低音が腹に響く音楽がぎっしりと満たしている。
僕は両腕をぐるぐるとまわし、めちゃくちゃに足をばたつかせた。
いつしかそれがダンスになり音と混ざる。
「なんかいいね」とマサミが言った。
「なんかいいね」と僕が言った。
外の空気を吸おうと飛び出した路上で思わず二人は笑い、
そして何回目だかもわからないキスをした。
トルコ最後の夜。
イスタンブール最後の夜。
そして僕ら二人の最後の夜だった。
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