DATE:2008/12/26 Egypt - Sharm ash-Shaykh -
船の上で目を覚ました。
寝袋を敷いた船の甲板の上、
朝6時、朝日もまだ昇らない白ずんだ朝。
空が段々と色彩であふれ出す。
暗闇から白へ、そしてオレンジが混ざる。
そのオレンジは徐々に色を増しそして朝日となって弾けた。
いつの間にか動き出していた船は既に海の真ん中を静かに進んでいく。
そんな朝の世界。
まだ誰もが起きだす前。海の上の世界はこんな感じだ。
朝日も昇り少したつとダイバー達はひとり、また一人と起きだし、
朝食の準備が始まった。
船に乗り込んだのは約15人のダイバーで、
その誰もがあるひとつのものを目的にここにいた。
紅の海に沈む船。
THISTLEGORM。
その船はイギリスの軍用船で、
第二次世界大戦中、物資を運ぶ途中、
紅海にばら撒かれた機雷に沈められた。
それ以来、紅海に沈み続けるその船には、
備え付けられた大砲や機関銃が甲板に並び、
その船内には軍用のバイクや車が今もなお整然と並んでいる。
船の中にはバスルームやキッチンがあり寝室がある。
その船に潜る。
それが今ここにいるダイバーたちの全ての目的だ。
みな期待に目を輝かせている。
各スキルによってチーム分けをしたあとのブリーフィング。
誰もが目の前に置かれた沈潜の絵を前に興奮を露にした。
さて、ここに日本人だけに伝えられた一つの伝説がある。
昔、ある旅人がいた。
その旅人は世界を周っている。
旅人はあるひとつの事をしでかした。
なにをしたのか?
あるものを世界中に置いて周っているのだ。
何を?
・・・ドラゴンボール。
あのドラゴンボールをだ。
世界中に置いて周っているそうなのだ。
そのひとつがなんとここ紅海の沈潜の中にあるという噂なのだ。
こりゃ潜るっきゃないっしょ?
そんなわけでこれは憧れの沈潜ダイブ、
憧れの紅海ダイブの上に、
「ドラゴンボール探索ダイブ」でもあるのだ。
期待にテンションは最高潮だ。
ちなみに日本人が誰もいなかったので、
同じチームのフランス人やらイギリス人やらに話をしても、
「へーそうなの」ぐらいの反応だ。
やっぱりこのネタで熱くなれるのは日本人ぐらいなのだろう。
そんなわけで一人だけの探索ダイブが幕を開けたのだ。
今日のダイブは
一本目で沈潜の周りを回り、
二本目で沈潜の中を探索する。
三本目はポイントを移動して
紅海の中の海洋国立公園でのダイビングと計3ダイブの予定だ。
というわけで沈潜ダイブ一本目。
船のデッキからジャイアントスイングで海へ飛び込む。
船から離れマスクを装着し機材の最終チェックを行う。
波は少し強く体勢を維持するのに少し苦労をする。
マスクのチェックをしようと海に顔を突っ込むと、
そのいきなりの世界に仰天した。
足元には既に沈潜の姿が見えた。
思っていたものよりかなり大きい。
全長100メートルのその船は大きいと思っていたが、
それが足元にあることが異常なことに気づく。
地上で生きる限りこんな世界は見えるわけがないのだ。
20メートルも下の船の姿は、
暗く青くただハッキリと形を留めたまま海の底に横たわっていた。
それが見えるというのは紅海の透明度もまたすばらしいということだろう。
みながその足元に気づいたらしく、興奮で声を上げている。
ガイドの合図で一斉にみなが海へと沈降する。
船の姿がだんだんと近づいてきて、
あっという間にビルのようなその姿が目の前に横たわった。
ガイドの合図で船のまわりをゆっくりと泳いでいく。
目の前を大きな筒のようなものが通り過ぎていった。
灰色の泥のようなものをかぶったその筒は、
その足元に大きな台座を備えた巨大な大砲。
そんな映画のような光景が目の前を、
これもまた映画のようなカメラワークで目の前を通り過ぎた。
船に空いた幾つかの穴からは船の中の光景が見える。
まだ遠くからはわからないが部屋のようなものがいくつか。
そして大砲の弾だろうか、魚雷だろうか、そんなものがいくつも。
ダイバーが吐いた息だろうか空気の粒がいくつも昇っていく穴もある。
この中に入ればもっと多くの発見があるだろう。
次のダイブへの期待も膨らんだ。
ガイドがこれを見ろ、と合図をする。
何の変哲もない船の甲板。
ここに何があるのだというのだろうか?
じっくりと見てみると何か魚のようなものが横たわっているのが見え、
それがワニのような口をしたクロコダイルフィッシュだということがわかった。
沈潜には既に多くの生き物が住み着いていて、
サンゴや海草なども多く付着している。
その周りを多くの魚たちが泳ぎまわり、
ひとつの生活空間を形成している。
50年もの時が経てば、
どんな異物だろうが生活の一部となる。
そんな海の世界の出来事を垣間見ている気がした。
船の先端近くまでたどり着くと、
パックリと二つに分かれた機雷の直撃の後が見える。
機雷を食らったこの船は、
この場所からポキリと船体をへし折られ、
そのままこの場所へと沈んでいったのだろう。
折られた先端の部分は横たわり船底を横に向けていた。
その大きな穴からは戦車が見える。
置き去りにされた戦争の跡がなにか不自然で、
時を止めた世界のようにも見えた。
ぐるりと船の周りを一周し一本目のダイブは終了し、
海の上にあがった時にはみな興奮を抑えきれず、
口々にその美しさを称えあった。
メッカを目指す聖職者達のように、
この場所にたどり着いた僕たちは喜びに満ち溢れていた。
休憩時間の間、僕らはずっと太陽を浴び、
ただのんびりと今見た光景を思い出していた。
そしてそれがまだ僕らの足元に転がっていることを不思議に思った。
のんびりと日向ぼっこをしていた僕らを急かすように
ダイビング二本目は始まった。
船の中は意外にも暗く、しんとした止まった世界が
身動きもせずに時代に取り残されていた。
残念ながら懐中電灯を持ってくるのを忘れてしまったが、
それでも深い海の底に届くわずかな光で照らされた船内は美しい。
船内に入るとまずは小さな部屋を上に登り、
アスレチックのような動きをしながら徐々に奥へと進んでいく。
その部屋を抜けると一直線の倉庫が目の前にあり、
足元にはずらりと軍用バイクが整然と並んでいる。
その真上をすぅっとフィンをゆっくりと蹴って通り過ぎる。
灰色の海ほこりを被った機械達はただ沈んでいるだけだ。
ただ沈んでいるだけというのにこんなにも美しいなんて。
目の前の世界は現実なのに。
何か信じられないものを見ているような。
フィンをひと蹴りすれば世界は変わる。
その自分の動作さえも非現実的なものに思えた。
大切なことを思い出した。
ドラゴンボール!!!
そうだ、うっかり感動ばかりしてるわけにはいかないのだ。
バイクの上からその下まで、
目をしっかり見開いてオレンジの珠を捜索に入る。
次の部屋に入り軍用車が並ぶ倉庫にたどり着いた。
しかし最初の感動はどこへやら、
既に気分はドラゴンボール!
全身のドラゴンレーダーを全開にするのだ。
つかもうぜ!ドラゴンボール!
いつの間にか頭の中はドラゴンボールの主題歌が流れている。
そうだ、この世はでっかい宝島なのだ。
世界一周中の僕がドラゴンボールを見つけないでどうする。
7つの珠を揃えるのだ。
そしてギャルのパンティお~くれ!と言うのだ!!
軍用車の部屋ではドラゴンボールは見つからず、
次の部屋に入ると空気が溜まっている天井があり、
そこから顔を出すと朽ちた船内が見えた。
ちなみに次の部屋に行っても同じような空気溜まりがあり、
同じように顔を出そうとすると、
なんとそこはただの天井で強かと頭を打ちつけることになった。
しばし一人で水中でかえるの様に悶えた。
しかしこの偽空気溜まりの部屋が怪しい。
僕のドラゴンレーダーにびんびんキテいる。
僕がドラゴンボールを置くとしたら。
どんなところに置くのだろう?そう考えた。
誰もが見る見所ポイント?それとも甲板?
いや、、、そんなことをするクレイジーな旅人ならば。
何の変哲もない何もないところにひっそりと置いていくだろう。
それにこの仮説にはひとつ理由があった。
ダイバーは海にごみを捨てちゃいけないのである。
海から何かを持って帰ってもいけないし、
何かを置いていってもいけないのだ。
だから。
何かを置いていったのだとしたら。。
誰もが注目しているバイクや車が並ぶ倉庫ではなく、
注意が向かない何もない部屋である可能性が高い・・・のだ!きっと。
何の変哲もないこの部屋でなぜか一人熱心に何かを探す日本人。
エジプト、紅海。12月の珍事。
しかし探せど探せどオレンジの珠は一向に姿を現さない。
走行しているうちにチームのみなは次の部屋に向かってしまう。
船室の中のバスルームやキッチン。
いや、そんなものどーでもいいのだ!
ドラゴンボールを探すのだ!!!
海から顔を出したダイバーたちの顔にはただ達成感のような、
喜びの表情が浮かんでいた。
そして一人の男の手の中には・・・。
ふんっ!ねーよドラゴンボールなんて!!
そんな訳で無念のまま後にした沈潜。
そこにはまだ何かが眠っているのかもしれない。
世界中のダイバーよ!後は任せた!!残りの6つは僕が探す!
三本目のダイブ。海洋国立公園でのダイブである。
正直、このオマケのようなダイビングに期待してはいなかった。
が、海に入りそれが間違いだったことに気づいた。
今まで見た海の中で最も美しい世界が360度。
色とりどりの珊瑚、それに群れるさらにカラフルな魚たち。
天国のような世界。
それ以外に表現する方法がないような海。
ただその中に漂うだけで僕は満足した。
その珊瑚の海を泳いでいると、
足元には異様な光景も広がっている。
トイレ。。。。。
なんじゃこりゃ?
トイレだよなぁ。便器だらけだよねぇ。
なんと足元には数百個もあろうかというトイレ畑。
生まれてこの方知ることはなかったが、
トイレはこうやって海から収穫されるものらしい。
そんなアホなことを想像してしまうぐらい、
海の中とは似つかわしくないトイレの山。
なにやらこれも沈潜の一つらしいが、
どうも積荷が便器だったらしく、
こうやって沈んだ後も便器を撒き散らしているらしい。
なにも、便器積んで沈まなくても・・・。
船長はさぞ無念だったに違いない。
トイレ畑に珊瑚に魚。
そんな素敵な海もそろそろお別れの時間。
上昇前の安全停止を海中5メートルで行っていた。
すぃっ、と目の前を何かが通り過ぎた。
僕は最初、それが信じられなかった。
紅海でそれが見られるとは聞いてもいなかったし、
もし見られたとしたらそれは奇跡の類だろう。
奇跡は起きた。
イルカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
目の前を体をくねらせて優雅に泳いでいくイルカ。
興奮のあまりパニックになるほどだ。
急いで誰かにこの幸運を分けてあげようと、
隣にいたカナダ人の女性に指差ししてイルカの存在を伝える。
最初、何事かと思っていた彼女も、
その存在を認めるとぼうぜんと立ち尽くしたように、
そちらの方向を見て動きを止めた。
ゆっくりと尾で円を書くように上下に揺れる身体。
動物園でしか見ることのない世界が、
いまこの目の前で現実に繰り広げられている。
ただの生き物であるはずなのに、なぜこんなに美しいのだろう。
音も立てずに優雅に羽ばたき、イルカはあっという間に視界から消え去っていった。
アンビリーバボー!!!!!!!!!!!
目の前で起こったことが信じられず、
安全停止も忘れてただ今見た光景を思い出していた。
すげー!すげー!すげー!
頭の中で何度もその言葉を繰り返す。
何が起きた?いま何が起きた?
僕はこの興奮とあのイルカの姿を忘れることができない。
この幸運をただ喜ぶことしかできないが、
いつかまたこの海を潜れば
またあのイルカが会いに来てくれるのではないかとも思っている。
その夜。
ダハブに戻り、星空の下みなでまったりとビールを飲んだ。
ゆっくりと羽ばたくイルカの姿は僕の目の前に今も生きている。
僕はいま奇跡の中にいる。
その言葉が不自然ではないほど星空は強く瞬いていた。
僕はいま奇跡の中にいる。
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