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DATE:2008/07/24 China - Datong -
今日の予定は、
・モンゴルビザ受け取り
・北京に送った荷物の受け取り
・大同へ移動
と忙しい。
午後には大同に移動したいので、
まずは9時の受付開始めざしてモンゴル大使館へ向かう。
朝からチェックアウトして荷物預けて~とばたばたしたが、
今回は無事に早起きして時間通りにモンゴル大使館にたどり着く。
「我 想 去 蒙古大使館」
と適当な中国語でゲートを通してもらい大使館へ。
すでに何人かの人が列を作っている。
時刻は9時。
そりゃ当然のごとく、モンゴル大使館は開かないわけである。
10分後にやっと受付の窓が開けられる。
待っている間に嫌な張り紙に気づいてしまった。
「ビザ受け取り 16:00~17:00」
そんなの前来たときは書いてないし。
つーか朝も受け取れるか確認したし。ノープロブレムって言ってたし。
モンゴル大使館。なかなか手ごわい奴である。
すぐに回ってきた順番。開口一番、
「ビザを受け取りに来たんですけど」と聞いてみる。
モンゴル人というかロシアっぽいおっさんに、
思いっきり「この紙を見ろ」と指を指される。
う・・・やっぱし。今日から有効にしてるのね。。。
しかしそこで引き下がるほど、軟弱な旅は続けてない。
「午後に出発するチケットを買ってしまった(まだ買ってない)」
「前回に確認したときには、朝でも受け取れると言っていた」
「つーかその張り紙、二日前までなかったじゃん!」
「ぷりーず。へるぷみー」
と、思いつく限りの陳情をしてみるもダメ!の一点張り。
こうなったらおっさん以外を頼ろうと、
そもそも「朝でもノープロブレム」と言っていた女性スタッフに矛先を向けることに。
そこまでしてようやく観念したか、
ロシア顔のおっさんは、少しここで待てとパスポートを取りにいってくれた。
とりあえず一件落着。どーにかなるもんだ。
と言うよりも、僕の後ろに並んでいる沢山の人も同じような事情のようで
ビザの受け取り表をもったその人たちに同じ対応をし続けるのが面倒になった。
と言うほうが正解である気もするが。
10分後、しぶしぶパスポートの束を持ってきたおっさんから、
無事にビザ付のパスポートを受け取り、
これでモンゴル行きについての道は開けた。
急遽、訪問することになったものの意外とどうにかなるもんだなぁ。
さて、次は北京に送った荷物の受け取りである。
実は壊れたカメラに変わる三代目のカメラと同様、
パソコンに入りきらなくなったデータを保存するために(どんだけ撮ってんだ)
日本からポータブルハードディスクを送ってもらっていた。
北京でも買えるのだが、
故障の際に保障が効かないのと、
日本で買うよりも2倍弱する価格。なによりも、
パソコン関連商品を「メイドインチャイナ」にすることの恐怖から
日本で購入したものを送ってもらうことにしたのだ。
そんなハードディスクなのだが、
実は中国への輸出規制商品。
関税がかかるだけならまだしも、そもそも送ってはいけないもの。
ちなみに知らなかったがデジカメもそうだったらしい。
無事に届いたデジカメに味をしめて、
ハードディスクも送ってもらうことにしたのだが、
今回は郵便局で確認後に受け渡しという扱いになり、
休みのカミヨシにわざわざ付き合ってもらい郵便局にいく事になったのである。
二日酔いでふらふらのカミヨシに連れられて、
いざ郵便局。
最初、受け取りの窓口がわからず、うろうろしたが無事到着。
窓口で荷物の引渡しのお願いをする。
担当官:「荷物は何ですか?」
僕たち:「ただのフォトフレームです(送ってくれた親がそう書いたらしい)」
担当官:「そうですか。それでは、中身を確認後にお渡しします」
う。。やっぱし?
言ってしまった手前、やっぱりハードディスクなんですぅ。とも言えず、
まな板の上の鯛状態で審判の時を待つ。
隣で恐らく日本から取り寄せたであろう新品のVAIOのパソコンを、
「中古です」と白々しく言う学生を横目で見ながら、
送ってもらった荷物が現れるのをじっと待つ。
10分ほど待つとそれらしき白い包みが表れる。
どうやら、やはりそれらしく担当官から「開けろ」との指示が。
待っていた10分の間に、
「ママからのプレゼントだから知らなかったんですぅ」作戦を立てて準備万端で、
なんだかミイラのようにグルグル巻きにされた箱を開ける。
二重にも三重にも包装された包み。我が母ながらやり過ぎだ。
カッターを使い、包装を引きちぎりすると、
明らかに「ポータブルハードディスク♪」の箱が、
買った状態のまま現れる。
若干、ひきつり気味の僕ら。
箱の表示を指して、「うーん、これってハードディスクよね?」
的な会話を始める担当官たち。
そしてなぜかそのまま何事もなく、荷物は手渡されたのである。
うーん。悩んだ僕らが馬鹿だった。ここは中国なのだ。
無事に荷物も受け取り、ご飯を食べて大同へと出発。
長距離バスターミナルに向かう途中のバスが思わぬ方向に行ったりと、
小さなトラブルはあったものの無事にバスターミナルへ到着。
大同への切符を手に入れる。
これからは大同という雲崗石窟がある町を経由して、
中国側の国境の町、二連をめざす。
そこからモンゴルへと旅立っていくのだ。
4時間ほどで大同へたどり着く。
北京から大同への道はすばらしい景色が広がっている。
北京から出発すると、まずは万里の長城をくぐり外へと抜けていく。
古代の中国のボーダーを越えたわけだ。
その古い国境を越えるとひたすらに波打つ山と、
山の間に広がる渇いた草原のような世界を進んでいく。
渇いたその地形の間には砂の姿が見え隠れしていて、
これから始まる砂漠の世界への入り口という印象を与える。
中国でも他の国でも見たことが無かった景色が始まろうとしている。
その景色を見ていると4時間なんてあっという間だった。
この大同。意外なほどに宿が少ない。
大抵はバスターミナルの近くなどに数件あるためそれを利用していたが、
ここでは2件ほどしか見当たらない。
しかも両方とも確実にアヤシゲな匂いのする宿である。
仕方がないのでとりあえずそこに入ってみるも、
なんだか宿という感じがしない。
入り口でまごまごしていると、こっちへ来いと手招きする店員。
彼に連れられて、店の中まで進んでみる。
なんとそこはサウナだった。
うわさには聞いていたが中国はサウナに泊まる事もできるらしい。
初めての体験!と考えたが、
通された部屋が窓もエアコンも、扇風機さえもない蒸し風呂のような部屋。
さすがにここに泊まるのはつらいと断念する。
いやしかし怪しげなところであった。
とは言え選択肢は別にあるわけではない。
バス停から少し離れたところを探してみる。
うろうろしたがようやく一軒の宿を見つけそこに落ち着く。
清潔で広々とした快適な宿である。
しかし、後になって一つのことに気づく。
シャワーがない。
従業員に聞いてみるもやはり無い。
シャワーを浴びる為には先ほどのサウナに行く必要があるそうだ。
変な形でリベンジすることになってしまった。
しばらく宿でゆっくりして
時計の針は夜10時を回っていたがご飯を食べに行く。
予想通りほとんどの店が閉まっている。
大同は小さくは無いものの、田舎の地方都市。
夜になると開いているのは飲み屋ぐらいのものなのかもしれない。
ようやく一軒の餃子のお店を見つけ入ってみる。
メニューを手渡され、選んでいるうちに
食べたかった焼き餃子が無いことに気づく。
店員に聞いてみると「没有(ない)」と言われる。
そして僕が中国語が話せないとわかった店員は、
もうめんどくさくなったのか、全てのメニューは閉店のため出せませんと言い出す。
いや、さっき他のお客オーダーしてたじゃん。
めんどうになったら仕事はしないのが中国流なのである。
オリンピックでマナー向上なんてのは、やはり北京を抜けると消えうせている。
仕方が無いので別の店を探してようやくご飯を食べる。
そこには麺作りの天才がいた。
ウイグル地方の料理の店なのだが、
小さかった小麦粉の麺の塊をぐんぐん伸ばして、
いつの間にかパスタほどの太さにしてしまう。
その技はまさに芸術。
ご飯を食べながら彼の技をずっと見ていた。
いつの間にか12時を越えていたので、
宿に戻り眠る。
中国最後の町、大同の夜はこんな感じだ。
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