2009年5月10日日曜日

世界一周(40)チリ/モアイ。ご馳走様でした。















DATE:2009/05/10 Chile - Easter Island -


風も吹かず静かに水をたたえた火山の火口に向かって作りかけのモアイが突き出している。

僕は今、モアイの切り出し場に来ている。
僕の横に寝転んだままでいるコイツは数百年も同じ姿で空を眺めていた。


切り出し場には作りかけのモアイがおもちゃのように、
何体も何体も置き去りにされている。

掘り出したばかりのものもあれば、既に完成しているだろうと思うものもある。
その大きさもまちまちで1メートルぐらいのもあれば20メートルの巨大な奴もいる。


なんだってまぁ、こんなにも中途半端なモアイがここに置き去りにされているのだ。

いくらモアイ倒しや鳥人信仰で時代が変わったとはいえ、
優に100体は超えるだろうモアイがこんな辺ぴな場所で何百年も立ち尽くしている姿は、
誰がなんと言おうとヘンテコとしか言いようがない。

そもそも先祖の象徴とされるモアイを置き去りにするなんてありなのか?
そんな当たり前とも思える疑問が頭に浮かぶ。

古代の人々にとってモアイとは実際のところどんなものだったのだろう。
今、常識とされているモアイの歴史が単に歴史家によって作られた偽のストーリーなのではないかと疑いたくもなる。


モアイなんてタダの家の置き物みたいなもんだったんじゃねーか?

芸術家よろしく昔の人々はモアイを刻み、
そしてちょっと気に入らないことがあれば「違ーう!」と言って、
いったんは陶芸家のようにモアイを壊そうとしてみたものの、
やっぱり大き過ぎてどうにもならず、仕方なしに「お前なんか無視だ!」といって
置き去りにされていった歴史がここにあるんじゃないか。

そんなおばかな昔話の方が真実に聞こえるほど、
この場所に横たわっているモアイ達はあまりにもありふれたものだった。


しっかしまぁ。。


モアイも飽きたわ。。



ついに言ってはイケナイ一言が口から漏れる。

いや、さすがにこう毎日毎日モアイ三昧とあってはそれもまた飽きるって奴だ。



そんなわけで日本の企業が修復したと言う15体のモアイがずらりと並ぶ姿にも、
あぁモアイね。ぐらいにしか感じなくなってしまったのであった。

アナケアビーチの側にあるモアイのアフ(台座)に、
モアイの顔が使われてしまっていたのはさすがにウケたが。
修復の際に紛れ込んでしまったのだろう、さすがラパヌイ。センスが良い。
上に並ぶモアイの一体の首はしっかりと無くなっていた。


自転車でぐるりと島を周り、帰りは運よくラパヌイの人の車に自転車ごと乗せてもらい楽々帰宅。
やっぱしこの島の人たちはとても良い。


あっと言う間にイースター島生活もあと1日になっている。

いつの間にこんなに時間が過ぎていたのだろう。
まるで竜宮城にでも来てしまった気分だった。


この島に流れる時間はゆっくりだ。
きっと世界が滅びてしまっても気づきはしないだろう。

それで良いじゃないか。そうも思える。

どこの誰かが何をしようと何を言おうと、
この島はゆっくりと生きている。

それ以外に何が必要だと言うのだろう。
僕はそれに答えることができない。



在るがままに。

2009年5月9日土曜日

世界一周(40)チリ/ウニ。☆











DATE:2009/05/09 Chile - Easter Island -


イースター島の博物館は市街から北に外れた中々辺ぴなところにある。

こんだけ土地があるのだから、
何もこんなところに作らなくても良いじゃないかと思うのは僕だけではないだろう。

博物館の展示自体はスペイン語で書かれているが、
英語や日本語の案内が書かれたパンフレットを貸してくれこれが結構面白い。


イースター島に初めて移り住んだ人々。
そしてこの島に暮らす人々の暮らし。

もちろんモアイやアフなどにも触れているが、
現在も続く彼らの暮らしを垣間見ることができて中々勉強になる。


そう言えばなぜモアイは倒されたのだろう?

漠然としていた知識もここでまた明らかになる。


その昔、イースター島に渡ってきた人々は、
長い年月の中でいくつかの部族に別れていった。

最初はそれぞれ敵対することなく同じ文化を共有し、
モアイ作りなどをそれぞれに行っていた彼らだが、
いつしかそれが食糧危機というのっぴきならない状況に歯車が狂いだす。

食糧危機の原因はもちろん人口の増加であり、
少ない食料を手に入れるためにはおのずと争いも起こってくる。

最初は小競り合い程度だったものがいつしか部族同士の争いになり、
その争いの中で守り神であるモアイが敵対する部族に倒されていったのである。

モアイの目には力があるとされ倒されるときには必ずうつ伏せにされたそうだ。
その際に目は破壊されてしまったのだろうか、島に立つモアイに目が入ったものはない。
唯一発見されたモアイの目は文字通り目玉商品として博物館に展示されている。


それがモアイ倒しの歴史だが、
それと時を同じくしてまた別の物語が始まっている。

鳥人信仰という新しい信仰がイースター島に広まり始めたのである。

争いの中、それを抑えようと始まったのか、
長い歴史の中で揺らぎ始めた歴史を繋ぎとめるために始まったのかはわからないが、
ともかくその新しい信仰が食料危機でばらばらになった島を1つにまとめたのは確かだ。

部族から一人の勇者を選び、
年に一度、島から少し離れた小島でコウノトリの卵を取ってくるというレースが開かれる。
もちろんそれに勝った部族がその年1年、島を治める王となれるのだ。

そして勝利した勇者は「鳥人」と呼ばれ、
神として一部の神官を除いて一切の交流は閉ざされる。

こうして鳥人信仰が盛んになり、
最初は共存していたモアイやアフの信仰もいつしか廃れ、
モアイは作られなくなり、倒されたモアイはそのまま時を過ごしてきたのである。



そんなわけでたいした展示物があるわけではないが、
日本語の解説のおかげでなかなかためになる博物館であった。

元の予定ではこの後にオソルノの火口に行ってみようと思ったが、
なんだか雲行きが怪しくなってきたので、またもや先延ばし。
この島はなんだか予定をどーでもよく思えてしまう魔力がある。


帰り道、モアイを見ながら海岸沿いを歩いていると一組の親子が海岸で何かをしているのが見えた。
モアイの真下、そんなところで何をしているのかを見ていると・・・

ウニ取ってる!!!

父親はナイフを片手にウニを取ってはその場で開けてむしゃむしゃと食べている。
二人いる子供もそのおこぼれに与ったり、勝手に泳ぎ回ったり自由なもんだ。
一人なんてまだ3歳ぐらいだろうに岩の上を平気で歩き回っている。

こんなところにウニが?と思うも日本人としてウニを見ては黙って入られない。
ちょうど運良くズボン代わりに水着を履いているところだ。

親子に「オラ!」と元気に挨拶し僕もウニ取り合戦に参加する。


さてウニはいずこに?
ごつごつした岩の上をよれよれになりながらウニを探す。
近くにはいないらしく先ほど父親が探していた辺りで必死で目を凝らす。
波が少し高くなり始めたのか水がなかなか穏やかにならない。

いた!

何かトゲのようなものが視界に入った。水底に手を伸ばしそのトゲを掴む。

取った!!!!!ってオイ、空っぽかよ!

どうやらはじめての収穫は誰かが食べた食べかすのようで。
気を取り直してもう一度、目を凝らす。。。

いる!!!!つーか、うじゃうじゃいる!!!!

水底の岩の間にはびっしりとウニが張り付いていた。
こりゃもう食べ放題と言っていい程だ。


今度は本物!と手を伸ばす。が、取れない!
ウニは必死に岩へと張り付いているのかびくりとも動かない。

どうやら岩の穴の中でびっしりと生えたトゲをがっちりと伸ばしているらしく、
千手観音のようなトゲでしっかりと体を支えているようなのだ。

しかし。。ここまで来て諦めるわけにはいかない。
なにせご馳走が目の前にあるのだ、食わぬわけにはいかんのだ!

再度手を水に入れ波をバシャバシャかぶりながらウニとの水中戦が始まった。

ぐりぐりとウニを動かす。そんなものじゃ、びくともしない。
こうなったら。残酷ではあるがトゲを折ってしまえ!と強引にトゲを引きちぎる。
それでもウニは抵抗を続ける。こいつなかなかやりやがる。

波に揉まれてもみくちゃになりながら海を漂い数分後・・・。

取れた!!!!!!!!!

手の中には小ぶりだが十分な大きさのウニが摘まれていた。


ウニを持ちながらバランスを取り数メートル先の岸までたどり着く。
岸では子供たちがナイフを片手に待ち構えていて、ウニを割ってくれる。

割られたウニの中にはオレンジ色のとろりとしたあの物体が。
まだ潮の匂いがぷんぷんするその取れたてのウニをペロリとほおばる。

うめーーーーーーー!!やばい!!!

さすが取れたて新鮮ウニ。小さな身でもつぶつぶがはっきりわかるほど。
味も海水の塩が程よく本当にうまい。
子供たちも僕が取ってきたのにも関わらずがつがつ食べる。つーか殆ど食べられる。


負けじともう一度海の中に入りウニとの格闘を繰り返し、
飽きるまでウニを食べた。まー殆どは子供が食べてたけど、十分満足。

いくつかの切り傷を作りながら海からあがり、
少し冷たくなってきた風を浴びて体を乾かした。



自給自足の生活。

こういう事なのかもしれない。
ただいまそこにある自然と生きる。
何も特別じゃないが、毎日が特別の中で生きている。


僕らにへばりついた幾つもの余計なもの。
便利とか快楽とかそういった言葉で生まれてきた沢山のもの。

ただ生きるということは中々に難しい。
こびりついてしまった常識や価値観。
ひとつひとつ削り取っていったらもっと身軽に飛び跳ねられる。


紙がないなら水でケツを洗えばいいじゃねーか。

そんなシンプルな生き方で良いさ。

くだらないものを根こそぎ削り取って早くスマイルだけになろうぜ。




イースター島の暮らし、笑えるぐらいスマイルだ。

2009年5月8日金曜日

世界一周(40)チリ/海岸へ















DATE:2009/05/08 Chile - Easter Island -


自転車を借りて今日は東側へ。
なんて事を考えていたが、昨日ののんびりムードが抜けないのか
なんだか気分が乗らず、ともかく暇つぶしに東側の海岸まで歩いてみることにした。


町を歩いているとなにやらお祭りのようなものが行われている。
ラパヌイのミュージシャンがギターを鳴らしアコーディオンが響いている。

その中で町の人が何をしているかと言えば、
お祭りで振舞われた食事を分けてもらうために各自持参のお皿を片手に行列を作っている。
そう言えば昨日の夜、同じ場所で焚き火のように日が焚かれているのを見た。
きっとそれを使って今日の料理を作ったのであろう、同じ場所には、
うずたかく詰まれたバナナの葉が山のように積まれていた。

結局何の祭りかはわからないが知り合いのラパヌイに
「お前も食べてけよ」と言われたが50人はいるだろうその行列に並ぶ気にはならず、
肉やジャガイモのごった煮のような料理はおいしそうだったが、
あきらめて海岸への道を進むことにした。


初日に迷いまくったおかげか町の道はすっかり頭に入っており、
迷うことなく真っ直ぐと海へと向かう。

途中、地図を見ながらどうせならばと予定を追加して海岸にあるモアイを見に行くことにした。


1時間も歩けば島の逆側へたどり着き水平線が向こうに見えた。

はじめて見る逆側の海岸は荒々しさに富んでいた。
まるで日本海を思い出させる波しぶきが島をえぐる様に打ち寄せている。

ただしその海の色は青く青く炎のように揺らめいている。
波が白く海を濁らせるたびに現われるその青い炎は、白い波しぶきの中で海の美しさを示していた。
思い出したのはカラファテで見た氷河の青で、
水が生み出すその不思議な炎の色にまた出会えたことがうれしくなった。


東海岸沿いにあるモアイの中で最も南にあるのがアフ・ヴィナプで、
ここもまた先日見たモアイと同様に倒されたままの姿で横たわっている。

午後早くだったからか先日ほどの哀愁は感じない。
黄色い花が咲くこの辺りの海岸沿いの景色がそうさせないのかもしれないが、
もしかしたらモアイにも飽きてきているのかもしれない。

何せこう毎日モアイを見続けているのだ。
贅沢というなかれ、どんな特別も日常になってしまえば有り難味も無くなるのが常である。

ここのモアイにはプカオと呼ばれる帽子のようなものが乗せられていたらしく、
それもまたモアイと同様に草むらに転がっている。

アフの前にはポツリと明らかに普通のモアイと異なる素材で作られた柱の様なものがある。
この時はわからなかったが、後で聞いたところによるとこれは女性のモアイのようで、
確かに後から写真で確認してみれば胸のような膨らみがあることがわかる。
が、それも言われてみればという感じで本当にそうなのかは疑わしい気もするものだった。


しばらくその場所が心地よく風に吹かれながらぼんやりと海を眺めていた。

観光客も中々来ない所らしく1時間近くいた間、
そこには誰も訪れる事はなく贅沢にもモアイの独り占めとなったのであった。



宿に戻り今日宿にやってきた日本人のフミさんと二人で、
「世界不思議発見モアイ編」があると言う日本食レストランへ出かけるも、
残念ながらテープ自体が壊れてしまったらしく見ることができなかったが、
海鮮丼があまりにも美味しかったので良しとしよう。



今日もまた夕日が沈み、星空が瞬く。

2009年5月7日木曜日

世界一周(40)チリ/サカナ☆さかな☆魚















DATE:2009/05/07 Chile - Easter Island -


シャッ!シャッ!と音を立て僕のデッキブラシが足元の赤レンガを撫でる。
赤レンガの上に撒かれた砂がレンガの隙間を埋め徐々にしっかりと安定を増していく。

イースター島3日目。暑い日の遅い朝。
僕はこの島で家を作っていた。


僕がテント暮らしをしている庭なのだが、
実はその横に家を建てている最中で
毎日、大工さん達が汗を流して着々と工事をしている。

昨日までは黙って見ていたが、
なんだかそれに参加したくなり、今日は一切の予定を無しにして家を作っているという訳だ。

工事といっても殆どもう仕上げに近い状態で、あと1週間もすれば完成するそうだ。
もちろん僕ができる仕事だって少ないので、今日は完成したベランダの仕上げを手伝っている。


せっかくの陽気だというのにもったいない気もするが、
これはこれで中々出来ないことでもある。
それにほら、僕が作った家がイースター島にあるなんて少しうれしいじゃないか。
そんな訳で朝からせっせとベランダの赤レンガを慣らす仕事に勤しんでいる。

やっぱりこういうことをしていると、
自分がモノを作るのが大好きだということがわかる。

仕事を離れて1年以上、そろそろ頭の中が疼き始めていた。

もう3ヶ月もすればこの旅は終わり、
また何か新しい何かを始めなくてはならない。

例えばまたどこかの会社で働くかもしれないし、
どこかの島で自給自足の生活にチャレンジするかもしれない。
もしかしたら会社を作ってみたくなるかもしれないし、
ないとは思うが旅が終わらないってことだって、まぁありえるのだ。

その全ての選択肢が今の自分にとって苦痛でないことがうれしくある。
旅は遊びのひとつだった。そして仕事も同じことだ。



お昼過ぎまで彼らの仕事を手伝い後はただただぼーっと一日を過ごした。
こういう休日もなんだか久しぶりのような気もする。
島での休日は都会のそれとは違い格別に贅沢だ。



偶然というか奇跡はこういう時にこそ現われる。

夕方、今日もまた夕日を見ようとモアイのある広場まで歩いて出かけた時のことだ。

モアイの後方に沈む夕日をのんびりと眺めていると何か視線を感じるのだ。
何かと思い見回すと一人の日本人らしき男が僕を見ていることがわかった。

「どこかでお会いしましたよね?」

この懐かしいフレーズに姿をきちんと確認する前にピンと来た!
彼と会うのは中国以来、久々の再会に思わず飛び蹴りを食らわせた。

偶然も2度となると中々凄いものがある。
しかも世界一周をしている時になんて、なんだか神がかりだ。

彼の名前は吉野亮。
彼と最初に出会ったのはマレーシアのランカウイで、
次に出会ったのは中国のシャングリラだった。
ついでにシャングリラで出会った彼の友達ともマルセイユで再会したし、
なんだかこの御縁は良くわからないが面白い。

そう言えば彼と会う場所は全てお気に入りの場所でもある。
ここイースター島の雰囲気も大好きになっているし、
そういう点でもなんだか不思議な再会だった。


久々の再会に盛り上がり、
彼と一緒にいた別の日本人と3人で魚釣りに出かけることになる。

イースター島で魚釣り。なんだか楽しそうな響きだ。

夜中の船着場に糸を垂らし夜釣りを開始する。
そういえば釣りなんて何年ぶりなんだろう、と思った矢先、

キター!!!!!

糸を入れて10秒もせず吊り上げたのは15センチほどもある金目鯛。
さすがビギナーズラックだけには恵まれた人生。

その運の良さで2人を驚かせ、さて次の挑戦!

キター!!!!!

これまた10秒もせずに吊り上げる。
なんだこの運は。と思うも・・・ちっちゃい。
吊り上げた糸の先には5センチにも満たない小魚がぶら下がっている。

なに、そういう事もある。そう思い気を取り直して再度挑戦!

キター!!!!!

これまた10秒もしないうちに・・・また小さな小魚が。
しかもさっきのよりもさらに小さい3センチ弱。。


まさか。。このままだんだん小さくなってくんじゃねーだろうな。


と、その予感はまんまと的中し、
それ以降1時間近く何も釣れることなく釣りは終わったのであった。

ビギナーズラック万歳!

久々の再会もあっという間に過ぎてしまい、
明日、イースター島を発つという彼らと1匹の魚を残してさよならをした。
またきっとどこかで。それが本当に起きそうだから、彼との出会いは面白い。


一匹の魚をぶら下げて月夜を歩く帰り道。

一艘のボートが音を立てて港へと入ってきた。
何をしてきたのだろうと近寄るとそこにはカゴいっぱいの魚たち!

すげー!!さすが島のメインディッシュ!

先ほど吊り上げた金目鯛とは比べ物にならないほどの大きな魚たちが、
大きなカゴに3つほどこんもりと盛られている。

すげーじゃん!とラパヌイの男どもを褒め称えると、
オラ持ってけ!と僕のビニール袋にどしどしと魚を詰め込んでくれた。
小さな魚一匹の重さが一気に1キロは超える大漁へと変わった。

ムーチョグラシアス!とお礼をいい彼らに別れを告げ、
わくわくしながら家路を急ぐ。

頭の中は既に「刺し身」「焼き魚」でいっぱいだ。

やっぱラパヌイ良いよー。最高だ!
と、モノに釣られてすっかりラパヌイ・ラバーの一員だ。


宿に戻りさっそく魚をさばき下ごしらえをしてから、
1匹を焼き魚、3匹を刺し身へと調理する。もう1匹は明日の朝食用、なんて贅沢な。

ご飯が炊けるのを待ちきれず、秘蔵のキッコーマン特選醤油で刺し身をひと口。


うめーーーーーーーーーー!!!!!!!


やっぱいいぞ!イースター島!!!!

2009年5月6日水曜日

世界一周(40)チリ/島を歩けば















DATE:2009/05/06 Chile - Easter Island -


今日はモアイを求めてふらふらと。

いきなり道に迷うがそれもまたよし、と何にもない田舎道をゆったりと歩く。


モアイはイースター島中に散らばっており、
全長約20kmほどの島内のほぼ海側全てに配置されている。

有名なものは島の東側にある15体並んだモアイと、モアイの切り出し場、
そして島の真ん中にある海を向く7体のモアイ。
その他にももちろん沢山のモアイがあり総計1000体近いモアイがあるそうだ。

さすがに小さな島ではないので全て歩いて見るのは不可能だが、
島の真ん中のモアイぐらいは歩いていけそうなので、
時間もあることだし、とふらふら歩いてみることにしたのだ。

なにせ1週間もイースター島には滞在するのだ。
のんびり、のんびりが調度良い。


さすがにモアイ以外はこれと言って何もない島だけあって、
島はの~んびりを具現化したような雰囲気に包まれている。

この島に暮らすラパヌイの人々は何百年か前にこの島にたどり着いたというが、
その起源はポリネシアなのかそれとも南米大陸なのかはまだわかってはいない。

が、そんなのどーでもイイじゃんと思えてしまうのもこの島の魅力かもしれない。
馬に乗り、気が向いたら魚釣りをしたりなんかしているしている人々を見ると、
そんな何百年前の事にこだわること自体がナンセンスな気もしてくるのだった。



迷いながらふらふらと町を歩いているとこの島の暮らしが見えてくる。

意外だったが、ある事にはあるがそれほど多くの畑はないようである。
そう言えばなぜかこの島には川がない。
もしかしたらあるのかも知れないが、生活に必要な水源がどこにも見当たらないのだ。
恐らくは雨水や海水を利用しているのだろうが、
そう考えるとやはり水を多く使う畑を作るというのはなかなか難儀なことのようだ。

やはりこの島の主な食料は魚類であることは間違いないようだ。
今は飛行機ができていろいろと豊かな暮らしをしているが、
海岸に出て手づかみでウニを取る姿や釣り糸を垂らす姿は何百年もの昔から続けられてきたものなのだろう。

とは言え貴重なタンパク源はそれだけなのかというとそうでもなく、
今では町中で良く元気に歩くニワトリの姿を見かけるし、
郊外に出れば牛がのろりと放牧されている。
馬や犬を含めいつの時代に持ち込んだのかはわからないが、
それなりに普通の田舎暮らしをするぐらいの資源は自給自足できているようだった。

それに今は観光業も大きな収入源とあって、
町のあちこちの家では木彫りの像やミニモアイを作る姿がよく見られる。
そんな事しなくても楽しく暮らしていけるのに、と思うのは他人だからで、
やはりこのご時勢、現金収入がなくては生活もままならないようだ。



しばらくうろうろと迷子になっていたがようやく島の郊外へ抜ける道に出ると、後はもう一本道だ。

メインの道路ではないらしくコンクリート舗装さえされていない砂利道を、
とことこと歩いていくとあっという間に家はなくなり、あとは牛や馬だけが草を食む景色が続く。

昆虫か小動物でもいるのか時たまトンビのような鳥が岩の上に立ち、
じっと草むらをうかがっている姿が見える。
こんなところでも弱肉強食の食物連鎖は繋がっているようだ。



歩き始めて2時間ほど経ったころ・・・急激に空腹を覚える。
ご飯はしっかり出発前に早めのお昼を食べたはずなのにぐうぐうとお腹の音は止まらない。

持ってきた食料は水500mlにマンゴーひとつ。

まだ道半ば全てを食べつくすわけにはいかない。
ここは・・・盗み食いしかない。

実は歩いている途中においしそうな果物が道端に沢山生えているのを発見していたのだ。
どうやら自生しているらしいその果物を食べるのはきっとありに違いない。勝手にそう思い込む。

果物はおそらくグァバの仲間なのだろう、
いくつかは鳥に食べられたのか黄色い皮の中から赤い果肉が覗いて見えた。


さっそく試食!

と、元々誰もいない道で人気を再度確認し果物をごしごしと拭き手と口で中身を開ける。

食べる。。。うまし!

が、、タネばっか。
果物の味は甘酸っぱくておいしいのだが果肉の部分が殆どなくタネだらけ。
とはいえ贅沢は言っていられない、食べては取り、食べては取りの盗み食い行進が始まったのであった。



そんなわけでとろとろと道草食べまくりながら歩いていくと、
3時間ほどでようやく目的地のアフ・アキヴィのモアイの前にたどり着いた。

ずらりと並んだモアイ。

このモアイ達はなぜか他のモアイと異なり海の方を見つめている。
モアイは町の守り神という定説を揺るがせたこともあったそうだが、
今では海の先に実際にある別の島を見ているのではないかという説が有力だそうだ。
大昔、古代の人々は何十キロも離れたその島まで海鳥を取りに行っていたというのだから物凄い。


それぞれに個性が異なる姿を見ていると古代の人々の似顔絵を見ているようで面白い。

実際の話、モアイというのは実存した先祖の記念碑のようなものであり、
実はもっとも大事な部分はモアイの下にあるアフと呼ばれる台座だったりする。
なので本当のところモアイは単なるお飾り的な意味しかないそうなのだ。
島には重要な宗教舞台であるアフしか存在していない遺跡もあるそうで、
モアイを見に来た僕にとってはこれはなかなか衝撃的な事実だった。

ちなみに今、立っているモアイは全て倒れていたものを修復したもので、
数百年前に始まった島内の対立する部族同士でのモアイ倒しの結果、
修復する前は立っているモアイはひとつも無くなってしまっていたそうだ。
孤立した島が刻む歴史はなかなかに面白い。


7体のモアイにしばらく浸った後、次の目的地へと向かった。

自然洞窟に寄り日も落ちてきたので島の西側を通って帰ろうと思うと、
1つの寂しげな遺跡へとたどり着いた。

特に何もない遺跡のようで最初はその価値がわからなかった。

遠くに見えていたのはアフだけだったので、
時間も遅いことだしと通り過ぎようとすると1組のツアー客がそこへと歩いていくのが見えた。

やはりそこには何かあるらしい。

ちょっと見るだけ、と一応そこへと行ってみることにしたが、
やはりアフの前にたどり着いてみても、それほど特別なものは見られない。

やはり何もないかと思い家路を急ごうと思うも、ふと気づきアフの裏側へとまわってみた。


倒れたモアイ。

それを見たのは初めてだった。
町中にあるモアイも7体のモアイも修復されたものできちんと直立しているものばかりだ。

だがここにいるモアイは違う。
歴史の中で倒されたままただ横たわるモアイの姿。
顔だけになり、風化してかろうじてその姿を留めている姿は夕暮れに良く似合った。

日が暮れるにも関わらず僕はしばらくそこで時を過ごした。

こんな止まったような島にだってきちんと歴史は流れていた。
そのことを風化していくモアイはしっかりと刻み込んでいる。
感情のないはずのモアイの死骸に僕は少し儚さを感じた。



帰り道、ふと西の空を見た。

沈んでしまったはずの夕日が見たこともないような色で世界を染め直していた。