2009年5月6日水曜日

世界一周(40)チリ/島を歩けば















DATE:2009/05/06 Chile - Easter Island -


今日はモアイを求めてふらふらと。

いきなり道に迷うがそれもまたよし、と何にもない田舎道をゆったりと歩く。


モアイはイースター島中に散らばっており、
全長約20kmほどの島内のほぼ海側全てに配置されている。

有名なものは島の東側にある15体並んだモアイと、モアイの切り出し場、
そして島の真ん中にある海を向く7体のモアイ。
その他にももちろん沢山のモアイがあり総計1000体近いモアイがあるそうだ。

さすがに小さな島ではないので全て歩いて見るのは不可能だが、
島の真ん中のモアイぐらいは歩いていけそうなので、
時間もあることだし、とふらふら歩いてみることにしたのだ。

なにせ1週間もイースター島には滞在するのだ。
のんびり、のんびりが調度良い。


さすがにモアイ以外はこれと言って何もない島だけあって、
島はの~んびりを具現化したような雰囲気に包まれている。

この島に暮らすラパヌイの人々は何百年か前にこの島にたどり着いたというが、
その起源はポリネシアなのかそれとも南米大陸なのかはまだわかってはいない。

が、そんなのどーでもイイじゃんと思えてしまうのもこの島の魅力かもしれない。
馬に乗り、気が向いたら魚釣りをしたりなんかしているしている人々を見ると、
そんな何百年前の事にこだわること自体がナンセンスな気もしてくるのだった。



迷いながらふらふらと町を歩いているとこの島の暮らしが見えてくる。

意外だったが、ある事にはあるがそれほど多くの畑はないようである。
そう言えばなぜかこの島には川がない。
もしかしたらあるのかも知れないが、生活に必要な水源がどこにも見当たらないのだ。
恐らくは雨水や海水を利用しているのだろうが、
そう考えるとやはり水を多く使う畑を作るというのはなかなか難儀なことのようだ。

やはりこの島の主な食料は魚類であることは間違いないようだ。
今は飛行機ができていろいろと豊かな暮らしをしているが、
海岸に出て手づかみでウニを取る姿や釣り糸を垂らす姿は何百年もの昔から続けられてきたものなのだろう。

とは言え貴重なタンパク源はそれだけなのかというとそうでもなく、
今では町中で良く元気に歩くニワトリの姿を見かけるし、
郊外に出れば牛がのろりと放牧されている。
馬や犬を含めいつの時代に持ち込んだのかはわからないが、
それなりに普通の田舎暮らしをするぐらいの資源は自給自足できているようだった。

それに今は観光業も大きな収入源とあって、
町のあちこちの家では木彫りの像やミニモアイを作る姿がよく見られる。
そんな事しなくても楽しく暮らしていけるのに、と思うのは他人だからで、
やはりこのご時勢、現金収入がなくては生活もままならないようだ。



しばらくうろうろと迷子になっていたがようやく島の郊外へ抜ける道に出ると、後はもう一本道だ。

メインの道路ではないらしくコンクリート舗装さえされていない砂利道を、
とことこと歩いていくとあっという間に家はなくなり、あとは牛や馬だけが草を食む景色が続く。

昆虫か小動物でもいるのか時たまトンビのような鳥が岩の上に立ち、
じっと草むらをうかがっている姿が見える。
こんなところでも弱肉強食の食物連鎖は繋がっているようだ。



歩き始めて2時間ほど経ったころ・・・急激に空腹を覚える。
ご飯はしっかり出発前に早めのお昼を食べたはずなのにぐうぐうとお腹の音は止まらない。

持ってきた食料は水500mlにマンゴーひとつ。

まだ道半ば全てを食べつくすわけにはいかない。
ここは・・・盗み食いしかない。

実は歩いている途中においしそうな果物が道端に沢山生えているのを発見していたのだ。
どうやら自生しているらしいその果物を食べるのはきっとありに違いない。勝手にそう思い込む。

果物はおそらくグァバの仲間なのだろう、
いくつかは鳥に食べられたのか黄色い皮の中から赤い果肉が覗いて見えた。


さっそく試食!

と、元々誰もいない道で人気を再度確認し果物をごしごしと拭き手と口で中身を開ける。

食べる。。。うまし!

が、、タネばっか。
果物の味は甘酸っぱくておいしいのだが果肉の部分が殆どなくタネだらけ。
とはいえ贅沢は言っていられない、食べては取り、食べては取りの盗み食い行進が始まったのであった。



そんなわけでとろとろと道草食べまくりながら歩いていくと、
3時間ほどでようやく目的地のアフ・アキヴィのモアイの前にたどり着いた。

ずらりと並んだモアイ。

このモアイ達はなぜか他のモアイと異なり海の方を見つめている。
モアイは町の守り神という定説を揺るがせたこともあったそうだが、
今では海の先に実際にある別の島を見ているのではないかという説が有力だそうだ。
大昔、古代の人々は何十キロも離れたその島まで海鳥を取りに行っていたというのだから物凄い。


それぞれに個性が異なる姿を見ていると古代の人々の似顔絵を見ているようで面白い。

実際の話、モアイというのは実存した先祖の記念碑のようなものであり、
実はもっとも大事な部分はモアイの下にあるアフと呼ばれる台座だったりする。
なので本当のところモアイは単なるお飾り的な意味しかないそうなのだ。
島には重要な宗教舞台であるアフしか存在していない遺跡もあるそうで、
モアイを見に来た僕にとってはこれはなかなか衝撃的な事実だった。

ちなみに今、立っているモアイは全て倒れていたものを修復したもので、
数百年前に始まった島内の対立する部族同士でのモアイ倒しの結果、
修復する前は立っているモアイはひとつも無くなってしまっていたそうだ。
孤立した島が刻む歴史はなかなかに面白い。


7体のモアイにしばらく浸った後、次の目的地へと向かった。

自然洞窟に寄り日も落ちてきたので島の西側を通って帰ろうと思うと、
1つの寂しげな遺跡へとたどり着いた。

特に何もない遺跡のようで最初はその価値がわからなかった。

遠くに見えていたのはアフだけだったので、
時間も遅いことだしと通り過ぎようとすると1組のツアー客がそこへと歩いていくのが見えた。

やはりそこには何かあるらしい。

ちょっと見るだけ、と一応そこへと行ってみることにしたが、
やはりアフの前にたどり着いてみても、それほど特別なものは見られない。

やはり何もないかと思い家路を急ごうと思うも、ふと気づきアフの裏側へとまわってみた。


倒れたモアイ。

それを見たのは初めてだった。
町中にあるモアイも7体のモアイも修復されたものできちんと直立しているものばかりだ。

だがここにいるモアイは違う。
歴史の中で倒されたままただ横たわるモアイの姿。
顔だけになり、風化してかろうじてその姿を留めている姿は夕暮れに良く似合った。

日が暮れるにも関わらず僕はしばらくそこで時を過ごした。

こんな止まったような島にだってきちんと歴史は流れていた。
そのことを風化していくモアイはしっかりと刻み込んでいる。
感情のないはずのモアイの死骸に僕は少し儚さを感じた。



帰り道、ふと西の空を見た。

沈んでしまったはずの夕日が見たこともないような色で世界を染め直していた。

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