2009年2月14日土曜日

世界一周(35)スペイン/赤い魂







DATE:2009/02/14 Spain - Madrid -


イベリコ豚うめー!

思わず二人で顔を見合わせた。
美味しさに驚きもう一度、グラスを合わせて乾杯をする。

スペインに来たらやっぱり生ハム、
しかもイベリコ豚の生ハムを食べなくてはと思っていたが、
とろけるような油に、こりゃさすがに高いだけの価値はあるね。と思わされる。

スペインとは言えイベリコ豚はやはり高級品らしく、
他の生ハムと比べても3倍以上の値段はするが10ユーロ以上の値段の価値は確かにある。



ヨーロッパ最後の一日。

マドリッドの観光にそれほど時間はかけられなかったため、
今日は美術館を1つだけ巡って夜はフラメンコを見ることにした。

プラド美術館かレイナ・ソフィア美術館か迷ったが
マサミおすすめのレイナ・ソフィア美術館に行くことに決めた。



イベリコ豚と赤ワインの贅沢な昼食を食べ終え、
美術館への行きがけにマヨール広場へと立ち寄ると、
さすがに随一の観光地だけあってたくさんの人であふれている。

そんな中でも真ん中で昼寝を決め込むカップルなんかもいて、
なんだかそんなところもスペインらしい。

僕はスペインという国がすっかり気に入ってしまっている。
バルセロナでごたごたがあったにも関わらず、
この国のまとう自由な雰囲気にいつの間にか魅了されてしまっている。

これがラテンの血という奴なのだろうか、
カラリとしたあっけらかんな人々の暮らす街はどこも美しく、
それでいて予想がつかない出来事が起こるような期待を抱かせる。
そんなワクワクするような街と人がスペインの魅力だった。



レイナ・ソフィア美術館へ着いたのは1時を回ったころだった。
運良く美術館の入場料が無料の日で、僕らはエントランスでただ自動ドアをくぐるだけだった。

この美術館にはピカソの「ゲルニカ」がある。
ピカソ最大の作品であるそれには、ピカソに特に興味がない僕としても多少なりとも興味があった。
ちなみにダリの作品も多く展示されているが、
それこそ僕には興味がないものだった。贅沢な好き嫌いという奴だ。


ゲルニカを見ればやはりピカソが偉大なアーティストであった事がわかる。

別にどこがと言うわけではなく、ただわかったのだった。
この作家はもの凄く絵が上手い人だったのだなぁ、と思う。
変テコに見える彼の絵にはどれにも意味があり、だからこそ人を魅了する。

ゲルニカの他に展示されていた作品でもっとも気に入ったのは「泣く女」だ。

彼の書いた「泣く女」はそれがどう見ても泣く女でしかなく、
それそのものを書いているように見えた。
抽象というのはそういうことなのだろうが、
彼は物事の本質を書くということにおいてやはり天才的だったのだと思う。

それに彼の絵で面白いのは一面から見た姿を書いていないということだ。
これは比喩ではなく、彼の絵は360度から人物や風景を見渡した上で、
それを全て1枚の絵の中に閉じ込めようとしているように思える。

だからこそ彼が他の抽象画家とは一線を画しているのだろう。
見たものを抽象化するのは誰にでも出来るが、
見ていないものまで抽象化するのは天才の技だ。

そういう意味でピカソはやはり偉大であった。
ほんのりピカソが好きになった。


ついでにダリの絵を見るがやっぱりこの人の作品は好きではない。

「わざとらしい」としかまったく思えない。
彼の作品は人が「なんだこれは?」と思うものを書いているように思え、
その作為的な雰囲気がアーティストとというよりも、
商業クリエーターのようなイメージを感じさせるのだ。

それよりも面白かったのは現代アートの数々で、
なかなか面白い品揃えでのんびりとした芸術の時間を過ごせた。


美術館を出たときにはすっかり夕方になっていて、
時間があれば行こうと思っていたプラド美術館は諦めることにした。

宿に戻りマサミと合流しフラメンコを見るために夜の街を歩く。
マドリッドの街は夜でも賑やかで人々も陽気に道を歩いている。
それを見ているとやっぱり僕はこの国が好きなのだと実感する。

なぜ?と言われると困る。
好きなものに理由などないのだから。国だろうが女の子だろうが。
名前を付けたとたんに死んでしまう感情などいくらでもある。





ライブハウスのような小さな箱の中に並べられたテーブルの一つに僕らは座った。
フラメンコの舞台の上にはギターが置かれ、舞台を囲むようにテーブルが並べられている。
ヨーロッパ最後の夜、スペイン最後の夜を祝いスペイン産の赤ワインのグラスを傾ける。

薄暗い明かりがさらに薄くなりすうっと光が消えた。
明かりはテーブルに置かれたキャンドルのともし火だけで、
ゆらゆらと揺れるその炎は壁に影を揺らめかせ、暗闇の中の緊張感を増幅させる。
いやこれは期待感だろうか。僕らは静止する舞台の上をじっと見守った。


静寂を溶かすようにギターの音が鳴り響いた。

続いて誰かが足を力強く踏み鳴らすステップの音が聞こえる。
その単調なリズムがさらにスピードを増し、そして。

舞台の上へとスポットライトが当たる。
赤い情熱の色をまとった女性が暗闇の中に力強く浮かび上がった。

ステップの音と共に張りのある手拍子の音が聞こえる。
舞台の上のダンサーが床を鳴らし、それを応援するように次の踊り手が手を打ち鳴らしているのだ。

最初は小さな波のようだったステップが徐々に力を増し、
いつの間にか台風のような激しさを会場に響かせている。

一切の声はない。

ただわかる。その表情で。その刻まれた足音で。

これがフラメンコ。私を見なさい。
そんな強引なまでの情熱が伝わってきた。
心のエネルギーが具現化したような、そんな力がそこには満ちていた。


最初にギターが鳴り響いた瞬間から、
最後の踊り手のステップが終わるまでひと時もトリハダが引いていくことはなかった。

こんな凄い踊りは見たことがなかった。
まるで魂の塊を押し付けられたように、ただ圧倒されるしかなかった。
力強く。そして美しかった。

どんな比喩も要らない。ただ魂を見せられた夜だった。



夜の街は火照った体をゆっくりと冷ましていく。

それでも僕の頭の中はジンジンと響く疼きでその赤い映像が消えることはなかった。

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