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DATE:2008/07/03 China - Jiuzhaigou -
待ちに待った九寨溝へ!
早朝8時のバスに乗り込み、
片道12時間の山道を突き進む。
中国での最大の目的地。
いやアンコールワットに続いてアジア最大の目的地と言っていいかもしれない。
九寨溝は僕の中で憧れの地。
透き通った湖、色鮮やかな湖底。
夢としか思えないような景色がそこにはあると言う。
「仙境というものがあるとしたら、そこは九寨溝に違いない」
ある人は言う。期待感に胸が膨らむ。
そこへ向かうバスの道。
当然のようにその道は震災被害のど真ん中を突き進んでいく。
その影響から、バスも1日一本に減らされていたり、
料金も通常100元のところ280元に跳ね上がっている。
成都から約150キロも進むと震災の被害が顕著に現れてくる。
青い屋根が目立ち、同じ形の簡易住宅がずらりと立ち並ぶ。
町の景色も一変し、まさに廃墟と言った世界が広がっている。
都江堰よりも明らかにひどい。
屋根は陥没し、窓ガラスは全て砕かれ、落ちた瓦が破片になり道に広がっている。
ほぼ全ての建物が全壊し、人々は全て青い屋根の下で暮らしているようだ。
橋が崩れている。
コンクリート建ての立派なものだったようだが、
跡には直立する支えの柱と、その下に佇む崩れたコンクリートの塊だけが今はある。
崩れた瓦礫を運ぶ人が見える。
新しい煉瓦を積む人が見える。
その周りを走り回る子供たちが見える。
町はまた動き出しているようだ。途方もない瓦礫の上で。
この景色を見ると「死」を考えざるを得ない。
僕らは死ぬ。当然の事実を突きつけられる。
そしてその事実は、今日であり明日であり今でもあるのだ。
悔いの無い死。
そんなものがあるのだろうか。
僕はいつだって未練をもって生きている。
生きるとはそんなものじゃないかな、とも思う。
全てやりつくした後の人生なんて。
伝えられなかった言葉。
見ることが出来なかった景色。
残せなかった思い。
何かを抱いて僕らは死んでいくのかもしれない。
そんなわけで、なのか元からなのかはわからないが、
九寨溝への道のりは悪路が続く。
ガタガタ、ゴトゴト。
バスはグネグネとした山道を縫うように抜けて行く。
それでも景色はやはり美しい。
切り立った山々。その間にひっそりと置かれた村々。
この辺りにはチベット族の人々が暮らしている。
それを示すかのようにチベット建築独特の、
台形の家がぽつぽつと現れてくる。
民族衣装を着た人々が山道を歩いている。
雲南省の時も思ったのだが、
この辺りの民族は普段の生活の中に自然に伝統文化が息づいている。
東南アジアでは明らかに見世物としての衣装、村だった。
中国少数民族のその自然さが目新しく、また美しい。
九寨溝にたどり着く。
さぁ、ついに来た。九寨溝。
どんな景色を見せてくれるだろうか、明日が楽しみだ。
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