2009年4月23日木曜日

世界一周(41)アルゼンチン/カニ食べよ















DATE:2009/04/23 Argentine - Ushuaia -


世界最南端スタンプを押そう!

情報ノートで手に入れたその情報を頼りに
ウシュアイアの町にある観光案内所にスタンプを押しに行ってきた。


上野旅館から町までは30分ほど歩かなくてはならないが、
それがまぁ散歩がてらという言葉がぴったり当てはまるような感じでけっこう楽しい。

噂に名高いウシュアイアの野良犬どもは意外にも可愛い奴らで、
それほど吠えられもせずに町までの道をてくてくと歩く。
たまに吠えてくる犬も別に襲ってくるわけではないので犬嫌いでなければ何てことはない。

ウシュアイアには軍の施設が多くあり散歩をしながら裏道を通ると、
なんとそこが軍の施設の中を突っ切る道だったが門番の兵士に「こんにちは」と挨拶をすると
「こんにちは」と笑顔で返された。なんだか平和な町だ。



町にたどり着き観光案内所にスタンプが欲しいんだけど。と尋ねると、3種類あるけどどうする?と聞かれた。

正直言うと僕のパスポートの空きページはそう多くもない。
なので3つも押すのは若干気が進まない。
どれか1つにしようと悩んでいると、
大丈夫3つ押せるわよ。と強引にパスポートに3つのスタンプが咲いた。

ま、そんな町だ。ウシュアイアは。



ウシュアイア最後の目的だったスタンプを手に入れてしまってからは、
特にやることもなくなってしまったので、どうせならとウシュアイアの丘を登ってみることにした。

と言ってもそれほど高い丘ではない。
1時間ほど行ったりきたりと迷いながらではあったが、
吠えてくる犬を逆に追いかけてキャインと言わせたりと遊びながら登っていくと、
あっという間に一番上へとたどり着いてしまった。



丘から町を見下ろす。

小さくもなく大きくもなく。
ウシュアイアの町が一望できた。

南米大陸最南端の町。そしてこの旅最南端の町。

ダーウィンが通ったと言うビーグル海道が見える。
そしてその奥にはさらに大地が広がっている。
地の先はまだ続いていた。

その向こうにはまだ見ぬ南極大陸がある。

今回の旅では行くことができなかったがいつかそこへ。
見たこともない大陸がまだあるのだ。

だからきっとこの町にはもう一度帰ってくるだろう。

目の前に広がる町と海と山を見ながらそれを思った。




そういえばウシュアイアでやり残したことが1つあった。
この辺りで有名な食べ物をいまだ食べていなかったのだ。


それは・・・カニ!!!!


そう、ウシュアイアと言えばカニなのだ。
日本では高級なカニがここでは1000円も出せばたらふく食べられるという。

シーズンオフではなかなか手に入れることができないらしいが、
聞いた話によると10日ほど前には手に入れることができたそう。
魚屋に行けば1匹ぐらいはどうにかなるかもしれない。

観光案内所に「魚屋はどこ?」という聞きなれない質問をした後、
地図に記されたマークを頼りに魚屋を目指した。

一軒目は見つからず二軒目でやっと魚屋らしき店を見つける。
しかも店先には大きくカニのシールが貼ってある。
これはかなり期待ができる!
そう思いガラリと店のドアを開けた。


カニはどこだ!


とショーケースに目を通すも。。。ない。
と言うかショーケースの中には白身魚らしきものが並べられているだけで、
その他の魚はひとつもない。
噂ではムール貝がいくらでも取れると言うことだったがそれすらもない。
そもそもケースに1種類しか魚がない魚屋を魚屋と呼べるのだろうか。

そう言えばアルゼンチンおろか魚で有名なチリでさえも魚屋を見つけるのは意外にも難しい。
魚を食べたければ市場まで行かなくてはならないのが常識のようなのである。

しかたなく店員のおばちゃんに「カニはない?」と変なジェスチャー交じりで聞いてみると、
「あるよ」とおもむろにシートのかかった部分をひらりと開けた。

そこには・・・カニ!!!!!・・・の剥き身!!!!


カニ・・・。思い描いていた、あのハサミを持った姿ではないが、
どうにかカニはここにある。
既に茹でてあり、もしかしたら冷凍ものかもしれないがともかく無いよりはましだ。

これいくら?と聞いてみると、
「ほぐしてあるのが26ペソ(約700円)。爪の肉だけのが85ペソ(約2500円)」

ここはせめて爪の部分。と思ったが予想以上に高く、断腸の思いでほぐした方の奴を選ぶ。
おばちゃんがケースに入ったそれを取り上げる。そしてその姿に驚く。


でかっ!!!!!!!!

シートの中では良く見えなかったが、取り出してみたらやたらとでかい。
どうせカニ1匹分ぐらいだと思っていたその大きさは
高さ5センチ、横10センチはあるケースいっぱいにぎっしりと詰め込まれていた。

これで700円は安い!が、、、、食べきれるのこれ?

どう考えても一人が1日で食べきれる量ではない。
だが迷っている暇もなく会計が終わってしまい、
僕の手の中にはぎっしりと詰まったカニ身がぶら下がっていたのだった。




宿に戻りともかくまずは食べてみることにする。

最初はもちろん酢醤油で。

代替のワインビネガーとしょうゆで酢醤油を作り、
カニをそこに少しだけ浸し口の中に放り込む。


うまっ!カニだぁ!!!


カニを買ってきたのでカニなのは当たり前なのだが、
こんなパック詰めのカニがきちんとカニであることに驚き、
去年のお正月のおばあちゃんの家で食べた以来のカニに歓喜した。


後はもう食べるだけ。


さすがに全ては食べられないので、宿のみんなに少しずつおすそ分けし、
白ワインのつまみでカニをひたすら食べまくる。

うまい。うまい。うまい。

ウシュアイア来てよかった。
結局こんな単純なことが一番うれしかったりするのだ。


パタゴニア最後の夜に。乾杯!!!!!

2009年4月22日水曜日

世界一周(41)アルゼンチン/端っこデイズ











DATE:2009/04/22 Argentine - Ushuaia -


朝、チェックアウトを済ませた後にのんびりと観光に出かけた。

今日はぶらぶらと町を軽く散歩した後に目的地の最南端の日本人宿上野山荘へと向かう予定だ。
先にそちらに行っても良かったが上野山荘は町から離れているため、町歩きを先にしてしまうことにした。


とはいってもウシュアイアの町は特に観光するようなところは無い。

最南端であることに価値があるような町なので、ここに来てしまえば町にはあまり見所は無いのだ。

これが2月ぐらいまでであれば南極クルーズやペンギン観察なんてのもできるのだが、
残念ながら既にシーズンは過ぎ去ってしまっている。

南極ツアーが終わってしまっていたのは残念だがこれもまた次の機会ということだ。
ちなみに南極ツアーは20万~40万という高額ツアー。
せっかくここまで来たら行きたいのはやまやまだが実際行ったかどうかはわからないが。


地図を眺めながら行きたいところを眺めたが特に見つからず、
ふとしたことを思いついてそっちの方角へ歩いてみることにした。

本日のテーマ。

「南に行ってみよう」

くだらないテーマだが、ともかく最南端の最南端を目指すことにした。


地図を見るとどうやら空港辺りが最南端のようだ。
ウシュアイアの空港は町から3キロほどの距離にあり歩いていける距離。
半島のように突き出した土地に空港が建っていて、そこがちょうど南の端に当たるようだった。

ちなみに最南端を目指すならばビーグル海道を渡って南側の島に渡り、
さらにプエルト・ウィアムスというチリの村に行くというのが本当の意味での最南端目指しだが、
ここまでくればもうそんなことは忘れると言うことにしよう。

ともかく僕は今、最南端の町にいて、さらにその南を目指すのだ。


ウシュアイアの町からして既にのんびりな雰囲気だが、
そこからさらに郊外に外れるとさらにほのぼのとした雰囲気が満ちている。
しかもそこが海軍の軍用地だというのが、この町のほのぼの具合を象徴している。

ビーグル海道の入り江にはいくつかの家が建っていて、それが海に写りこみ揺らめいている。
海の中には海鳥たちが真剣にえさを突き、海にもぐっていく姿が見える。

陽気のせいもあってかウシュアイアの町は意外にも暖かくさすがにコートは要るが、
その下はTシャツでも十分なほどの気温だった。


空港がある入り江に入ると家もまばらになり草原が広がっている。
白い木でできた牧場のような垣根が何のためのものだかわからなかったが、
よく観察するとなぜかその中にダチョウのような鳥が飼われていた。
10匹ほどのダチョウがだだっ広い牧場を贅沢に使い日向ぼっこをしているところだった。

しばらく歩くと野原もまた終わり荒れた草原のような場所に出る。
そこをすばやく通り過ぎるものがあり、それをよく見ているとそれはウサギの姿だった。
野うさぎなのだろうがこんな南の辺境にウサギのような動物がいることに驚いた。
ウサギは僕の姿を見るといっせいに姿を隠し、しばらくすると臆病に首をだし外の様子を伺っていた。

空にはコンドルの姿が見えた。
こんな場所にも弱肉強食の生存競争があると言うことだろ。
臆病なウサギはこの場所で野生で生きる姿だった。



空港の近くまでたどり着いたがどうやらそこが終点で僕の最南端の旅はここで終わりとなった。
有刺鉄線が廻らされた世界の端っこの入り江の石に座りこみのんびりと海を眺めた。

こんな遠くまで来てもまだまだ大地は続いている。

有刺鉄線の奥に広がった大地に、そして海を越えて見えるさらなる向こうの大地に。
僕はそれを見ながらただこの地球の大きさを思った。

僕がこれまで旅した土地、そしてこれから旅する土地。
それを足し合わせたところで地球のほんの一部を見て来ただけなのだ。
そしてここパタゴニアの氷河のように地球は刻一刻と姿を変えている。この大地も人の暮らす町もまた。


旅の終わりは難しいものだな。


そう思った。それは諦めにも似ていたがそれとはまったく違うものだった。

人が生きている間に知ることのできるものなんて世界の構成要素のほんのひと握りだということ。
その事実はこの旅をはじめてから否応なく知らされた事実だった。

どんなに旅をしたところで終わりなんてものはないのだ。
だからこそ僕は僕自身でそれを決めなくてはならない。

お金、時間、国の数。

そのどれもが旅を終える理由のひとつだが決定的に違う気もしていた。

こんな世界の端っこまで来たところで旅を辞める理由にはならない。
そして行けば行くほどに世界はまた広くなり、行きたいところが増えてくる。
例えば別の旅人の話に、例えば広げた世界地図の片隅に。旅人のアンテナはいつもそこへと向かってしまうのだ。


ボクハイツタビヲヤメルノカ。


その物差しは旅を始めたころと比べ少しばかり狂ってしまっている。




なんだかんだで上野山荘を目指し始めたのは5時を回ってしまっていた。
バス停を目指す途中で財布を宿に忘れたことに気づき気分は萎えるが、
ウシュアイアに来た目的の一つだ。ここでやめる訳にはいかないと、重い荷物を背負ってまた20分ほど来た道を戻った。

財布を無事に回収し再度バスへの道を歩く。
途中、なぜかネット屋のおばちゃんに忘れ物を届けるようお願いされながら、
20分ほど待ちバスに乗り込み無事に上野山荘へとたどり着いた。



上野山荘。

南米を旅する日本人ならば誰もが知る日本人宿。
インターネットで検索すればその名はいくつも見つかるし、
日本人御用達の宿の情報ノートには必ずやその名が記されている。

こここそが世界最南端の日本人宿。
世界の端っこで日本人がたむろす変な場所だ。


ここに暮らす上野夫妻が移民してきたのはもう何十年も前。
そして夫は既に他界し今はアヤコおばあちゃん一人だけが住む。

いつの頃からこの宿が始まったのかは知らないが、
何十年の歴史のある宿でウシュアイアまで来た旅人は必ずと言っていいほどここを訪れる。

それは世界最南端の宿ということもあるが、
ここに暮らすおばあちゃんに会いにという事もある。

そんなわけでアヤコおばあちゃんは夫が他界した今も、
毎日旅人に囲まれてにぎやかに暮らしているのだった。


宿についた頃、ちょうどレンタカーでの観光から帰ってきた人たちと一緒になり、
その物音を駆けつけたおばあちゃんが笑顔で玄関で迎えてくれた。
その横にはわたわたと走り回る愛犬のトルゥーチャもいっしょだ。

日本人宿にはどこかほっとするような暖かい雰囲気のところが多いが、
ここ上野山荘はいっそうそれを感じさせる場所だ。
それはおばあちゃんの性かもしれないし、最南端の地で身を寄せる暖かさのせいかもしれない。


旅の話をし、くだらない話をし、ウシュアイアの夜は更けていく。


南へ。南へ。

僕は今、終着点へとたどり着いた。

2009年4月21日火曜日

世界一周(41)アルゼンチン/世界の端へ







DATE:2009/04/21 Argentine - Ushuaia -


船と共に併走する影にしばし唖然とした。

マゼラン海峡を渡る僕らの船を歓迎したのは子供のように船と戯れるイルカ達の姿だった。


するすると水中を進む弾丸のような白い影がふと沈み込むと次の瞬間に水中を舞った。
そのイルカのジャンプが至る所で繰り広げられている。
いったい何匹いるのだろう、5匹では下らない数のイルカが飛び跳ねている。

僕は始めてみる自然の姿にただひたすらに感動するしかなかった。
ただ遊んでいるだけの彼らの姿が涙が出るほどうれしかった。


この海峡を始めて見つけたマゼランもまたこの景色を見たのだろうか。この歓迎を受けたのだろうか。
遠い昔に起きた出来事を思い、それが今もまた起き続けているのかもしれないと思い心が震えた。

そんな歴史的な海峡の旅はあっという間に終わりを告げ、
イルカたちもまた海の中へと帰っていき何処かへと姿を消した。


国境を越え、アルゼンチンに再入国を果たしたがこれといった変化はない。
大地は国境で途切れているわけではないのだ、それも当然かも知れない。

最南端の地の空はどんよりと低い雲が漂い、
紫色の薄い光が横から染み出すように地面を照らしている。
なんら特別ではない風景もその光を受けて幻想的な姿に変わる。
ぼんやりとしたその景色を眺めながらゆっくりと夜が来るまでバスの中でそれを見つめた。


夜8時ごろ。バスはゆっくりとウシュアイアの町へと停車した。
予定ではここでも日本人宿に泊まろうと思っていたが、
行き方もよくわからなかったので取り合えず適当なホテルで一泊して、
明日そこへと移動することにした。

相変わらずここも宿の値段は高く、うろうろと歩き回ってどうにか1軒の宿を見つけた。


サンティアゴの町を出てから20日ほど。
僕はパタゴニアの大地を南へと下り、ついに最南端の町へとたどり着いた。
ついに辿り着いたのだ。その事実がとてつもない達成感を感じさせた。


夜に吹く冷たいはずの南風は、
なぜかとても心地良く僕のそばを通り過ぎていった。

僕はいま世界の端っこにいる。

2009年4月20日月曜日

世界一周(40)チリ/マゼランの町







DATE:2009/04/20 Chile - Punta Arenas -


えー、今日のバスはもうないのー。

とブー垂れたのはプエルト・ナタレスから2時間ほど離れたプンタ・アレナスの町の中。
本来ならば今日中にパタゴニア最後の地ウシュアイアまで行きたかったが、
どうやら今日の便はもうないらしい。明日の早朝へと予定が繰り越しになった。

プンタ・アレナスの町は2月ぐらいまでならば、
ペンギン島のツアーなど魅力的なツアーが目白押しなのだが、
シーズンオフとなった今では特にこれと言った見所はない。
ダメ元で「やっぱペンギンはいないよね」とバス会社の人に聞いてみたら、笑われた。くそ。


そんな特にやることもないこの町なのだが、なぜか異常に宿探しが難しい。
シーズン中なら観光客も多いだろう場所にも関わらず安宿と呼ばれるところが少ないのだ。

もともと泊まる予定でもなかったので調べもしていない町。
いくつか安そうな場所はシーズンオフということでクローズしていて、
結局は仕方なく田舎町にも関わらず都会のサンティアゴと同じような料金で泊まることになった。


到着したのがまだ午後早くでもあったこともあり町歩きでもしてみるかと歩いてみるが、
やはり特に目立ったものがなく、唯一あったマゼランの像を見て宿に戻った。

そう言えばこの先は有名なマゼラン海峡を越えていく。

その像を見るまで意識していなかったが
町の遠くに見えた大きな大河は河でなくマゼラン海峡だったようだ。
思いがけず現れた歴史になぜか心が躍った。

宿に戻りキッチンに立ち夕食を作る。


そうだ明日はあのマゼラン海峡を越えるのだ。

そして最南端の町へ。世界の端っこへ。

ついにたどり着くその場所に自然と鼓動は高まった。

2009年4月19日日曜日

世界一周(40)チリ/日曜日







DATE:2009/04/19 Chile - Puerto Natales -


ま、いっか。

と言うことで今日はお休みとする。日曜日だしね。


ワインを飲んでステーキ食べて。

なーんもしない日曜日の一日。

日記だってこーんな感じさ。