2009年3月21日土曜日

世界一周(40)チリ/旅人の休日







DATE:2009/03/21 Chile - Santiago -


ただいまの時刻は10時なり~。


と言うわけで早起きしてバルパライソに行ってみようという、
昨日の予定はどこへやら。

今日一日ぐらいホテルでぐーたらしてもいいのじゃないか。と思い、
朝からずっと日記を書いたりネットをしたりして過ごす。


ネットをしながら情報収集をしていると、
あまりにも僕が南米について知らなかったことに気づく。

調べているうちにそこもここも行きたい場所が増えて、
あっという間に予定がいっぱいに。

あと半年。

長いと思っていた残り時間はやはり短い。
そして世界はあまりにも広い。

ロビーでネットをしていくと、
昨日知り合ったたくさんの人が旅立っていった。

世界をうごめく旅人たち。
出会いもまた一瞬だが、その中には多くの思いが詰め込まれている。



おなかも空いたので外に出ると、
土曜日らしくほとんどのお店は休みで、
人通りも車の量も昨日に比べて閑散としてる。

開いているお店にはサッカーに熱狂する人たちが詰め掛けていて、
僕もその中の一軒に入り彼らと共にそれに熱中した。

お気に入りのチームが得点すると片方が湧き上がり、
もう片方が無言でそれを静かに見守る。

面白いのがテーブルを囲むのは、
十や二十も年の離れた人たちで、
日本にはないその光景に少し驚いた。

サッカーだからだろうか
それとも南米の人間関係の違いだろうか。

日本であれば、
休日に年上の人間と一緒に食事をすることなどそう多くないだろう。

そんなひそかな気付きが面白く、
サッカーよりも人間観察に精を出した。

しかしサッカーというもの。

どこへ行っても男性しか興味がないもんであるのは同じらしい。

どのお店を覗いても女性の姿は終ぞ見ることはなかった。


宿に戻り映画などを見ながらぐーたらしていると、
あっという間に夜は更け今日の一日は終わってしまった。


旅人の休日。

どこででもできるどうでもいい事を、
どんな国でもできるという贅沢。

今日はそんな贅沢な何でもない一日だった。

2009年3月20日金曜日

世界一周(40)チリ/画一化する世界











DATE:2009/03/20 Chile - Santiago -


立ち並ぶヨーロッパ風の建物。
それに並列して並ぶこぎれいなショッピングセンター。

町を歩く人たちのファッションも驚くほどに洗練されている。
そして驚くべきことにスーツを着た人たちが町を歩いていく。

何も知らぬまま訪れた南米チリの首都サンティアゴは、
南米というイメージからは想像もつかない様な洗練された大都市だった。


到着した瞬間から何かが違うことを感じていたが、
まさかここまでだとは想像していなかった。

その町並みはまるで銀座のようで、
丸の内のような一角には銀行の輝かしいビルが立ち並ぶ。

南米一の経済大国はブラジルだと思っていたが、
町だけを見るならばこのサンティアゴが最も洗練されている。
南米くさいゴテゴテさをひとつも感じない都市を歩いていると、
なんだか自分が東京に戻った気がして不思議な気分だった。


町をふらつきながら教会などを見て歩いていると、
いつの間にか先ほどの都会的な町並みとはうって変わって、
商店が立ち並ぶ地域に出た。
そこをさらに歩くと魚や肉屋が立ち並ぶ市場に出る。

多種多様な肉が大きな塊で1キロいくらで売られている。
そんな光景は南米ならではだが、
そこに魚が並ぶのが国土の東側が太平洋に面しているチリならではだろう。

築地のように威勢の良いとまでは行かないが、
たくさんの魚屋が新鮮な魚を所狭しと並べ、
互いにお客さんを呼び込もうと道行く人に盛んに声をかけている。

サーモンに、イカにタコ。
ムール貝にハマグリ。そして大きなウニまで。

日本人にとってはたまらない食材がどっさりと積まれている。

ちらりとウニの値段を見ると1つ800リラ。
約150円の大きなウニにはぎっしりと身が詰まっていて、
それ一つだけでどんぶり一杯のウニ丼を作れそうだ。

今の宿にキッチンがないのが残念でたまらない。

市場の中ではたくさんのレストランが店を並べ、
それぞれ観光客相手に呼び込み合戦を繰り広げていた。
南米ではあまり見ないそのアジアのような光景に、
少し僕は気後れして市場を出ていった。


さらに歩いていくとまたもや市場にぶつかる。
今度は野菜や果物が並ぶ青果市だ。

大きな倉庫のような敷地の中に作られたその中には、
ハムやソーセージ、そしてチーズや漬物などの店も並んでいる。

面白いのがドッグフードの量り売りの店で、
大きなドラム缶の中から飼い主は中身をすくって、
必要な分だけのドッグフードを購入していくのだ。

周りには雑貨屋のような露店が並び、
それぞれがハサミや釘などの小物を売っている。

いくつか身の回りの必要なものを買って市場を出た。


ん~これは自炊がしたくなるなぁ。


市場を見回せば多種多様の食材が並んでいる。

しかしそれをレストランで食べるとなると、
単に焼いただけのものやスープぐらいしかなく、
その食材の豊富さに比べれば陳腐さを感じるばかりだ。


日本に暮らしていて同じものを1週間に二度食べるということはそうあることではない。
あったとしたらカレーぐらいのもんだろう。

欧米諸国はじめアジアを除いた国々では、
そういったことがかなり頻繁にあるようだ。

朝昼晩同じメニューを毎日食べるドイツ人。
そんな話も聞いたことがある。

常識の違いといえばそうなのだが、
よくもまぁ、それで文句なく暮らしていけるものだと思う。

中国文化の影響からか、
単に取り込むのがうまいからなのか、
日本では和洋中多種多様な料理が普通の主婦によって作られる。

なんだかそのことがとても幸せなことに感じる今日この頃だ。
僕らの味覚は世界の中で異常なほどに発達している。


夕暮れ時になり宿まで歩いて帰った。

近代的な都市と市場が並ぶ不思議な都市サンティアゴ。
その西洋的な町並みも悪くはない。

でもどこかヨーロッパの模造品のような感覚が拭えない。
それは歴史的背景からか仕方がないことなのかもしれない。


いつか世界は全て同じような形になってしまうのかもしれない。

そう昔思っていたことが現実に感じることがたまにある。

誰もがマクドナルドを食べ、西洋風の住宅に住み、
日本の車に乗り、イタリアの服を着る時代。

普遍的に良いものを求めるのは当たり前のことなのに、
どこか寂しさを感じるのは身勝手なことだろう。

原住民に今の暮らしを維持しろというのは、
彼らを動物園の動物とみなしているのと同じことなのだから。



宿に戻ると金曜日なのでパーティーが行われていて、
僕もまた流れ上仕方なくそれに参加することにした。

西洋人というのはどこに行ってもパーティーをしたがる。

それはカーニバル好きの南米人も同じようで、
金曜日の今日はいたるところでお祭りが繰り広げられているようだ。

チリワインを飲みながらダンスに興じる。

何はともあれ旅は祭りみたいなもんだ。

多くの名も知らぬ旅人と金曜の夜を踊り明かした。


南米の情熱的なラテンの音楽が夜を踊っていた。

2009年3月19日木曜日

世界一周(40)チリ/大都会サンティアゴ!







DATE:2009/03/19 Chile - Santiago -


朝起きてもまだバスに揺られていた。

南米に来てからこんなことに慣れっこになっている。
南米の移動がやたらと長く感じるのは
ヨーロッパやアジアの都市に比べて、
他の都市までの距離がやたらと長いこともあるだろう。

とはいえこの快適なアスファルトの道に文句を言うわけにはいかない。

ボリビアでの悪路に比べれば、
このアスファルトの道を走れるだけで満足できるというものだ。

さらにチリのバスはほぼノンストップで、
しかも簡単な食事付きときている。

パン1つにスナック類とジュースという組み合わせは、
決して満足できるものではないが、
提携しているぼったくりドライブインでの食事よりは、
なんとか納得できるような気がした。

まぁ、そんな変なことを考えずに
マクドナルドにでも寄ってくれた方がうれしい気はするが。


チリを北から中心まで半分ほど走破するサンティアゴ行きのバスは、
相変わらず山がちな景色の中を走り続けている。

変わってきたのは砂漠のような土地から、
果物の木が並ぶ果実園になってきた事で、
チリが天然資源のほか農業もまた盛んなことがわかった。

右手には太平洋の姿が見え、
左手には丘のような山が延々と連なっている。

そんな景色の中を走った。



予定時刻より30分も前にサンティアゴには到着した。

ガラス張りのビルが建つ近代的な都市。
たどり着いた場所はそこだった。

バスターミナルにはショッピングセンターが併設され、
液晶ディスプレーの掲示板がバスの発着を忙しなく表示する。

あぁ、ここは都市なんだなぁ、と他人事のように感じた。


しかし着いてしまったサンティアゴ。

とは言っても何か情報があるわけでもなく、
パソコンを引っ張り出して一つのユースホステルの情報を見つけると、
とりあえずそこに行ってみることにした。

バスターミナルからの移動は地下鉄だ。
しかもこれまた新しい。
切符売り場が自動でないのと、
まだICカード式でないのはご愛嬌といったところ。

ユースホステルの最寄り駅についてみると、
そこは西洋風の石造りの建物が立ち並ぶおしゃれな地域だった。

3車線の大きな通りには引っ切り無しに車が通っている。
とは言え交通マナーは良いらしく、
赤信号と共に車は止まり、横断歩道を人が渡る。


遠くにはビルが見え、その向こうには小高い丘が見えるが、
スモッグのせいなのか町が霞んで見えた。
青空の下のくすんだ灰色に北京を思い出した。

ボリビアの原住民の暮らしから一気に都会へ。

南米とひと括りにしても国が違えばかなり違いがあるようだ。

そりゃそうだ。
アジアとひとくくりにしたって、
日本もあれば中国もありラオスもあるのだ。

南米だってそうあることが当然だ。



抱いていた南米のイメージは変わりつつある。

もっと原始的な、そしてアジアのような熱気を想像していたが、
どうやら南米はアジアよりは一歩進んだ文明が発達しているらしい。

それはヨーロッパ的な、と言い表すのが正しいのかもしれない。

輸入された文化が土着の文化を覆いつくしてしまったようにも見える。

だからだろうか。
サンティアゴになぜかわくわくしてこないのは。
なぜか予定調和な旅になる気がするのは。


ユースから出てレストランを探すも、
ジャンクフードぐらいしか見つからず、
仕方なしにハンバーガのようなものに食らいついた。
焼肉のようなものをはさんだそれが意外にもおいしく、
この国もまた食肉文化なのだと悟った。


帰りがけにチリワインを買って帰る。

それもまたこの国のひとつの楽しみだ。
日本にいた時もお気に入りのチリワインがあり、
それを良く飲んでいた。

チリワインは安くておいしい。

フランスワインのように突き抜けたおいしさはないが、
その分平均しておいしいワインが揃っている。

できればワイナリー巡りでもしてみたいがどうなることか。


わずか2ドルで買ったワインはそこそこの味だったが、
満足できるものではなかった。

やはりどの国でも5ドル程度が限界ラインらしい。
それを下回ると失敗することが多い。

とはいえ5ドルのワインなど日本では飲めたものではない。
そういった意味では5ドルで満足ができるなんて、奇跡のようなものだ。


ワインを片手に日記を書いていると、
コロンビア人の女性が話しかけてきたので、
日記を放りなげて彼女との話に没頭した。

仕事の話、お互いの国の話。

旅人の話は尽きることがない。

あっという間に夜は更け、世界は明日を迎えた。
遠い向こう。東京ではすでにお昼を回っている。

地球の裏側は今日を終えて明日へとバトンタッチしていった。

2009年3月18日水曜日

世界一周(39)ボリビア/ウユニを越えて











DATE:2009/03/18 Bolivia - Uyuni -


ぷはぁ。

のぼせそうなぐらい体を深く沈めしばらくして、僕はひとつ息を吐いた。

今僕がどこにいるかというと、なんと温泉にいる。
外に出れば高度四千メートルが身に沁みる極寒の地なのだが、
こと温泉のお湯の中に浸かっている時においてはその限りではない。

日本人はやっぱり温泉好きだよねぇ。なんて思っていたが、
温泉好きは日本人だけの専売特許ではないらしく
世界各国全てのバックパッカーが水着になり久々の入浴タイムを楽しんでいる。
とは言え日本とは違い水着着用が義務付けられるのが海外の温泉だ。
なので見た目にはなんだか温水プールにいるようでもある。

まだ日も高く上らない時間、温泉に写りこんだ空の色は濃い青色をしている。
温泉の向こう側に見える湖にも空と雲が写りこみ鏡のように静かに水がたゆたっている。
ふわりと香る硫黄の香りが立ち昇る湯気と共に僕らをふんわりと包んだ。


しばらくすると朝ごはんの準備ができたとの声が上がり、
しぶしぶながらツアーのメンバーと共にゆっくりと温泉を出た。
とは言ってもゆっくりとしていたのは最初だけで、
外の寒さを感じたとたん皆が早送りのように着替えを済ませた。

例によって他のツアーと比べると何品か少ない朝食を済ませ、
僕らは最後の観光先であるベルデ湖を目指した。


朝早くの出発だったからかみなジープの中で眠りこけている。
今朝の出発は日の出前、朝4時でそこからジープで日の出前に火山の間欠泉を見た後に温泉へと向かったのだ。
何もまぁ日も昇らない内から火山を見る必要はないのだが、ツアーの日程上仕方ない事らしい。
薄暗い中の火山見学は迫力を欠いたが、その後に見た朝日が昇る姿は、
五千メートル近い場所からだからだろうか見たことがないほど雲が近く、
朝日に金色に濡れた雲の姿がとても美しかった。

その後、そのまま温泉へと向かい朝食を食べ終えて今へと至る。

湖へとついた僕らは最後の観光を終えチリへ抜けるグループと、
このままウユニへと戻るグループへと別れてツアーは解散となった。

あっという間の3日間。
ウユニ塩湖という特別な場所も大きな思い出のひとつだが、
それ以上に一緒に過ごした仲間との時間が深く思い出に残った。

残ったウユニに戻るメンバーへと手を振った。
僕らの姿が遠く消えるまで彼らの手は止まることなく、笑顔のまま見送ってくれた。
またいつかどこかで。
目の前に広がる乾いた道を走りながら僕は自然とそう思った。
山々に写る雲の影を見て、これもまたしばらく見ることのない景色なのだと思った。



ボリビアの国境へとたどり着くとドライバーは来た道を引き返し、
ついに本当にツアーは解散になった。

残ったメンバーとバスに乗り込んでチリ側へ出発するのを待つ。
なぜかボリビアの出国手続きをしている人としていない人がバラバラで、
結局、何のためにウユニで出国手続きをしたのかは良くわからなかった。

1時間ほど待つと全員の出国手続きが終わったらしく、
バスはゆっくりとボリビアの国境を後にした。

ついに新しい国、チリへと入る。
またどうせ戻ってくるボリビアなのでそれほど思いはないが、
それでもこのウユニ塩湖の旅は特別なものだった。
またいつかもう一度。この場所に訪れる事だろう。
この次はやはり水鏡の時期がよい。何年後かもわからない再訪に思い少しわくわくした。


どうやらチリの国境を抜けたらしい。
それがすぐにわかったのはデコボコの未舗装道路だったのが、
いつの間にかアスファルトの道へと変わったからだ。

国が変われば全てが変わる。
それがあまりにも良くわかるチリの幕開けに僕はなぜかニヤニヤしてしまう。
どうやらチリは南米でもかなり発達しているところらしい。

旅を続けているとそれを見分けるポイントがいくつか出来てくる。
交通機関などのインフラは最もわかりやすいもので、
道の良し悪しでその国の物流のレベル、しいては経済活動のレベルが変わるのだから最もわかりやすい。
道路、線路、空路。
どうやってその国が動いているのかをそれを見ればわかるのだから、
交通機関とはとても不思議なものだ。国の血管と称されるのも良くわかる。


という訳で一気に変わった快適な道路を突っ走っていると、
あっという間にチリのイミグレへとたどり着き入国審査となった。

入国審査自体はとても簡単でパスポートへのスタンプも簡単にもらえるのだが、
チリの国境は一筋縄ではいかない。

チリは農作物などの持ち込みが非常に厳しいことで有名で、
果物ひとつ、種ひとつ持ち込むことができない。
徹底してチェックを行っているらしく今回も全員荷物の中身を全て検査され、
チェックされた後はみな四苦八苦して再度パッキングをしなおす羽目になった。


イミグレでの入国手続きが終わると再度バスに乗り込んで、
サンペドロ・アタカマの町まで走りそこで本当の解散となった。

ツアーのメンバーと別れちょうど一緒になった日本人の何人かと観光案内所に向かった。
とは言え各々目的地が違うのでそこで各自情報を集めると、それぞれに別の目的地へと散っていった。

僕はと言うと当初の予定ではこのままアルゼンチンへと向かうはずだったのだが、
調べてみるとどうやらアルゼンチン行きのバスが金曜にしかないらしく、
それを待つと丸2日もこの何もなさそうな町で待たなくてはならない。
移動続きだったのでしばらくここでのんびりしても良いのだが、
どうせなら先にチリのサンティアゴに行ってしまうという案もある。

そもそもで言うとウユニからチリに抜けてしまったのは間違いらしく、
聞くところによると、そのままアルゼンチンへと抜けるルートもあったらしい。
その辺はガイドブックがない僕としてはどうしようもなかったのだが、
なんとも非効率なルートを通ってきてしまったようだ。

パラグアイからウユニまでのルートといい、最近は力任せのルート選びが多い。
アジアだと簡単だった情報収集も南米だとなかなか手に入れ辛く、
日本人宿の情報ノートやガイドブックなどの必要性を少し感じてきている。
まぁ何とかなると言えば何とかなっているのだが、
それほど時間に余裕がある旅ではないのでそろそろ対策を考える必要があるかもしれない。


そんな反省会が頭の中で繰り広げられたが、
さて今日はどうするか。進むべきか、留まるべきか。

・・・行っちゃうか。サンティアゴ。

なにせここ暑いしね。

と、砂漠のようなサンペドロ・デ・アタカマの暑さにやられ、
勢いでサンティアゴを目指すことにした。
おぃおぃ良いのかそんな適当なルートで・・・。なんてことも思うが、
旅はそういうのが良い出会いに繋がることもある。と言い聞かせた。

サンティアゴまでは約22時間。料金は約50ドル。
いきなり跳ね上がったバスの値段に驚くがこれがチリの物価なのだろう。
ボリビアの激安物価がすでに懐かしい。



ほんの少しの時間町を歩いた後、バスに乗り込むと
これまたボリビアとは雲泥の差の快適なバスで20時間以上の旅もへっちゃらだと思った。

走り出したバスはアタカマの町を出てアタカマ砂漠を疾走し始める。

あれ。。。この辺りの景色凄くね!?

辺りにはうねうねとうねる山肌やざくざくと掘り返されたような地形が遠くまで続いている。
今まで見たことのないような美しい岩の景色に目を奪われる。
天然資源が多いのだろうか採掘場のようなところもちらほら見られその変化が面白い。
・・・ここに2日居てもやることはあったな。。くそ、やはり情報不足。

ま、いいか。今度またウユニに来るときにでも。またね。



と、そんな訳で急遽始まった南米チリ編。
さて何が起きるやら。

まずはサンティアゴへGO!!!

2009年3月17日火曜日

世界一周(39)ボリビア/高度四千メートルからの手記


















DATE:2009/03/17 Bolivia - Uyuni -


白い海に朝日が満ちた。

世界は徐々に色を取り戻し、まずは全てが赤く染まり、
ゆっくりと大地は白へと色を変えていった。

真っ赤に染まった空がゆっくりと青を取り戻し、
それと呼応するように大地が白く染まっていく姿はとても不思議な魔法のようだった。



当然のごとく1時間ほど遅れた運転手は朝ごはんを当に食べ終えた僕らを乗せて、
新たなる大地へと向かって走り出した。

今日の予定はフラミンゴの生息する湖を訪れること。
そしてその湖は赤、青、緑と色とりどりの表情を見せるという。
真っ白な大地に満足した僕らだったが、今日の湖もまた楽しみの一つであった。


走り出して30分。
そんな期待に答えるかのごとく、車はゆっくりと動きを止めた。
もちろんそれは故障であり既に最低のツアーとあきらめ顔の僕らは
怒ることもなく乾いた大地に作られた農地の中でのんびりとそれを眺めた。

30分もすると修理も終わり、車は大地を走り始めた。
昨日までの白い大地と違い今日は砂漠のような乾いた道を走っている。
こんな乾いた土地でも植物は育つらしくいくつかの農作物の姿が見える。
放牧されているのだろうリャマの姿も時たま見えて、車の中の観客を大いに沸かせた。

1時間ほど走り近くの町で食料や水の補給をした後、やっと車は湖へと向けて走り始めた。
途中、いくつかのグループが今朝の僕らと同じように車の故障だろうか車を囲みながら腕組をしている。
それでも携帯が通じる安心感からか、何人かはヒッチハイクの要領で右手を上げて僕らの笑いを誘った。

白い大地は消えたものの塩分濃度が高いのは同じらしく、
大地には所々塩が吹き出た場所が見える。
そんな所でも人は生きていけるらしくいくつか村があることには驚いた。
へんてこなかまぼこのような建物が建つ軍のチェックポイントを過ぎて僕らはただひたすら走った。


少しずつ周りの景色は変わり始めていた。
いつの間にか草が大地に生え始めぽつりぽつりではあるが地面を緑に染めている。
いくつもの山が辺りにはそびえ立ち、聞いてみるとそのほとんどが五千メートルクラス、
大きいものとなると六千メートルを超えるものさえあった。
既にいま車で走っている場所が四千メートルを超えているのだ、それは当然のことに思えた。

それだけ高い山になるとやはり雲との距離が圧倒的に近く、
ほとんど触れ合うぐらいの高さの雲の陰が山に落ちた姿はとても美しい。
風が強いからか高速で動く雲の陰は山々を黒く色付かせた。


これだけ乾いた大地となるとへんてこな地形も多いらしく、
僕らは穴ぼこだらけの岩が並ぶ奇妙な世界へと一時停止ししばらくそこで楽しんだ。
どうやらこの辺りは火山でできた土地らしい。
運転手が指差した方向にはゆっくりと煙を上げる活火山の姿があった。
それは小さく恐れるほどのものではないが、それでも大地の生命を感じるには十分だった。


途中ジープでも険しい道があり、
僕らは車から降りて自力で小さな山を登った。
ジープはあとからグィングィンと音を立ててゆっくりと山を登ってきた。
そこを越えるとようやくフラミンゴの生息する湖へとたどり着いた。



最初に目に飛び込んだのはフラミンゴの姿ではなく、
空を映す美しい湖の姿だった。

風のない湖にはぽっかりと浮かんだ雲と青空が写りこんでいて、
それだけでも絶景に値する姿だ。
そんな静かな湖の中、フラミンゴは空を歩くように世話しなく餌を啄ばんでいる。

ゆっくりと空の上を歩く姿はとても幻想的で、その長い足もまた魅力的に思えた。
多くのフラミンゴは白いままだったが、いくつかは赤く色づき美しい色彩を放っている。
何かで知った知識だがフラミンゴの元々の色は白で、
ある特定の餌を食べることで赤く色づくそうだ。
となると既に赤く色づいた個体はくいしんぼうな奴らということだろう。
そう思うと優雅に見えるフラミンゴの歩調もなんだかおかしく見えた。


そんな美しい湖を見ながらの朝食。
手ごろな座る場所がなかったのでそのまま砂利の上で食べていると、
「日本人は床に座って食べる」という話になる。
そういえばメンバーにとっては珍しい姿なのかもしれない。
日本もそしてアジアの多くの国が床に座って食べるという話をし、
僕らの部屋はとてもきれいだからね、と付け足した。


その後2つほどフラミンゴのいる湖へと訪れたが、
正直なところ最後のほうはみな飽きていたというのが本当のところだ。
どんなに貴重な生物でもハトみたいにどこにでもいればお腹いっぱいにもなるわけだ。

湖まわりと奇岩めぐりを終えた僕らは、
冷え始めた空気の中、今日の宿へと向かった。

さすがに四千メートルの夜だ。ダウンジャケットを着ていてもかなり冷える。
そう言えば富士山の山頂もこんな感じだったなと久々に日本のことを思い出した。


夕食の時間になるとツアー最後の夜ということもあり、
各自持ち寄ったワインやなんだらで乾杯を交わした。

そのうちになんだか盛り上がり、隣のメキシコ人のクリスチャングループの提案で
ゲームをすることになり、椅子取りゲームのようなそれは大いに盛り上がった。


盛り上がった僕らの体を冷やすように外には雨が降っていた。
遠くに光る雷が花火のようにも見えた。

今日は夜空は見えそうにない。
それでも僕らは心地よい仲間に出会えた幸せからか笑いあうことができた。
美しい景色に出会えただけではない満足感が僕らを満たしていた。

誰からともなく部屋へと戻っていき、ぐっすりとベッドの中で眠った。
寒いはずの部屋だったがそれをまったく感じないのが不思議だった。