2009年2月20日金曜日

世界一周(37)ブラジル/初夜











DATE:2009/02/20 Brazil - Rio de Janeiro -


真昼間のリオの街を幻のサンバを求めて歩き回っている。

手元にある予定表では今日からカーニバルが始まっているはずだった。

もちろんサンボドロモの会場でのカーニバルは22日の2日後であるが、
それを前にしてプレイベントのような催しが街中で始まるのだ。

その中にはライブイベントや、
地域対抗のカーニバルイベントなどのイベントが目白押し。
それを求めてリオの街を歩き回っているのだが・・・。


見つからない。。


街は明らかに昨日までとは色を変えカーニバルモードへと突入している。

至る所に露店が並びカーニバル用のかぶりモノやポップコーンなんかがずらりと並んでいる。

街を歩く人の中にもそれを付けて歩く人々がちらほらいてすっかりお祭りモードだ。
もちろん僕の頭の上にもすでに「おっぱい」が乗っていて、完全カーニバル仕様になっている。

さすがにおっぱいを付けている奴はいないらしく、
なんだかやたらと指を指され目だってご機嫌なのだが。。。肝心の祭りが。。

ようやく見つけ出したステージも、まだ準備の真っ最中といったところで、
祭りらしいのは、その前で待ち切れず体を揺らすレゲエボーイぐらいなものだ。



ま、いっか。

祭りは長い。そんでもって祭りと言えば夜なのだ。
真昼間からそんなにあせって探し回らなくたって、祭りは勝手に夜が連れて来るだろう。

そう思い僕らは浮かれた祭り好きに混じってオープン席に座り、
冷たく冷えたビールを飲んだ。

祭り!祭り!祭り!

まだ始まった姿を見たわけでもないのになんだか楽しくなって来た。
やっぱりこの祭り独特の高揚感は知らぬ間に人から人へ伝播していくみたいだ。
ビールをあおりギターに合わせて歌声を上げるアホウと共に、
僕の魂の調律は急カーブを描いてお祭りモードへと合い始めていった。




夕方18時30分。

街の様子は昼間とはまたひとつ姿を変え始めていた。

通りにはビールや軽食を売る露天が軒を並べ始め、
それを囲むように何百人もの人々がビールを片手に路上に溢れている。

路上では誰が持ち込んだのかはわからないが、
巨大なスピーカーが設置され大音響でサンバのリズムが刻まれている。



祭りが始まった。

そう誰もがわかるほど街は祭りの色で急激に染まり始めていった。

僕らもそれに乗り遅れないように、リズムに合わせて踊るように歩く。
途中、ビールを買って今日何度目かの乾杯をする。

こういうときはやっぱり二人がいい。

ただ楽しいという感情を分かち合える誰かがいるというのは素敵なことだ。



人々はそれぞれ好きな格好で街を踊り歩いている。

頭に飾りを付けた人。おそろいの衣装に身を包んだ友達同士。

共通しているのはみな一様に露出度が高い、
サンバスタイルを楽しんでいるということだ。
日ごろから既にセクシーなブラジル人たちの衣装が輪をかけて激しくなっている。
それをちらりと観察するのは男としては、なかなか悪くないイベントだ。


盛り上がる街をビールを飲みながら歩き、昼間見たライブ会場へと向かう。

夜中のリオなど危険で歩けないと思うだろうが、
カーニバル期間中はまた別で警官がいたるところに立っているし、
そもそも人の数が半端じゃないほど多いので、
スリなどを除けば強盗などの不安はあまり感じることはない。

そんなことよりも、
みなこの祭りを楽しむことに全身全霊を傾けていて危険などを感じている暇もないという感じだ。



遠目から見学している人を含めれば2000人近くの人が会場には集まっていた。
ステージの前で踊りまくる人たちは1000人は超えている。

ライブ会場の上にはきっと有名なのだろうグループがサンバのリズムを響かせている。
それに合わせて踊る人たちはもう既に汗だくで笑顔が絶えることはない。

ある意味でびっくりするのは会場に溢れるゴミで、
50メートル近くある長い道路と広間にはビールの缶やらビニールやらが、
まるでそこ自体がゴミ捨場であるかのように無造作に捨てられている。

普段でもそれほど綺麗な町ではないリオの町がいっそうひどい事に。
ま、そんなことにかまっていてはカーニバルなど出来やしないのだろう。
日本の常識からすると考えられないが、それはそれ、と無視して踊りの輪の中に飛び込んでいった。



踊れ!踊れ!踊れ!

カーニバルは幕を開けた。
僕らには踊る以外の選択肢は用意されていない。


さぁ、行くぜ!

2009年2月19日木曜日

世界一周(37)ブラジル/コパカバーナ!











DATE:2009/02/19 Brazil - Rio de Janeiro -


驚くべきことにコパカバーナのビーチには水着屋らしき店がほとんど見つからない。


久々の労働(洗濯)を終えた僕らは、
やっぱりリオに来たらビーチでしょ。とコパカバーナのビーチへ出かけた。

ここ数ヶ月、エジプトでの紅海ダイブを含めパンツ一丁で泳いでいたが、
さすがにこの大都会リオ・デジャネイロでそれはちょっぴり恥ずかしいと、
まずは水着探しを始めたのだが・・・。


これが思ったよりも困難を極める。

なにぶん嫌いなものはぜったい買わない頑固な僕なので、
そういう買い物自体に時間がかかるのは良くあることなのだが、
そもそも水着が売っていないのでは手の打ちようもない。

あったとしてもお土産屋の中の「Brazil」と書かれた緑色のビキニパンツで、
さすがにそれはネタとしてはおいしいが、チャレンジする勇気はない。


そんなわけで水着探しに時間がかかり、
ビーチに繰り出したのは午後も遅くなってしまってからだった。

相変わらずコパカバーナのビーチは満員御礼、大繁盛。
ビーチの端から端までずらりと赤いパラソルが咲いている。

ビーチへ到る遊歩道にはお馴染みのコパカバーナ模様。
うねうねと続く白と黒の曲線が続く。

そう言えばリオの街はこういったタイルでの装飾が多く見られる。
街中いたるところに施されたひと手間は強い日差しが良く似合うこの街をいっそう華やかに彩っている。


遅くビーチに着いたこともあり、
若干水温は冷たかったため僕らはビーチにシートをひいて寝転がり、
じりじりと照りつける太陽をただひたすらに浴びることにした。

そう言えばブラジル娘と聞いて期待していたのだが、
意外にもコパカバーナのビーチには、
期待通りのムラムラするようなセクシーな女性は多くはない。

もちろんゼロではないのだが、どちらかと言うと家族連れが多く、
もちろんオバちゃんは欧米人体系で惜しげもなく水着からお肉がおこぼれしていたりする。

という訳で目の保養にはあまりならないのだが、
それでもビーチの人々を観察しているのはなかなか面白く、
寝そべりながら人間ウォッチングをゆるりと続けた。


いくつかのグループがサッカーボールを相手に何人かでリフティングをしている姿が見える。

それが物凄くうまい。
と言うよりも日本でこんなレベルの遊びを見たことがない。
さすがブラジル。普通の一般市民でさえプロ並みのうまさを持っているようだ。

こりゃ、日本が勝てるわけないわ。
何年前かのワールドカップを思い出し、当時の無謀さを思い知った。


目の前には何人もの売り子が声を張り上げて通り過ぎていく。

あるものは何十枚ものタオルを売り歩き、
あるものはエビをその場で焼いて売ってくれたりする。

僕らはその中から冷たいビールを呼び止めて、
青空の下、海を見ながらゆるりと乾杯をした。

そう言えば久しぶりのビーチリゾートも、やはり冷えたビールがなくては始まらない。
暑い砂の上、ゴクリとのどを通り過ぎたビールの味は最高。
ゆるゆるモードのくつろぎタイムはゆるゆると通り過ぎていく。



僕らの太陽が丘の向こうへと沈んでしまい、
すっかり薄暗くなったので、諦めてビーチを離れ地下鉄で宿のあるセントロへと戻った。


祭りは明日へと迫っていた。

2009年2月18日水曜日

世界一周(37)ブラジル/リオといえば。あれ。











DATE:2009/02/18 Brazil - Rio de Janeiro -


リオ・デジャネイロでカーニバル以外に思いつくものと言えばやっぱりあれで、
カーニバルまでまだまだ余裕はたっぷりあるということで、
せっかくなのであれを見に行ってみることにした。

つまりあれとはあれだ。
あの丘の上に立つ真っ白なへんてこキリスト像のことだ。


写真では見たことがあるかもしれないが、
コルコバードの丘の上に立つ有名なこの像はリオの町の至る所から見ることができ、
なんだかすばらしいものに見えてくるが、実際に丘の上に上ってみてみると、
まぁ何の変哲もないただのでっかい像である。

別に彫刻としての美しさがあるわけでもないし、
むしろなんだか猫背で後ろから見ると野球の審判が「セーフ!」と言ってるとしか思えない。

そんな冗談みたいな像を見るために丘に登るには、
50ドルもするロープウェイに乗らなくては行けないし、
なんだか損した気分のする場所なのだが、
ここに来なくてはリオに来た気がしないという、なんだか不可思議な場所でもある。



でっかいだけの変なキリスト像はさて置いて、
ともかくコルコバードの丘から見下ろすリオの町の眺めは確かにすばらしい。

さすが「世界で一番美しい港」と言われているだけあって、
入り組んだ港と点在する緑豊かな島が作り出す姿は一見の価値がある。

丘の上から見るとリオの街がやはり都会でビルが乱立する近代都市であることがわかる。
最初は南米に抱いていたイメージとのギャップに驚いたが、
さすが成長著しいブラジルだと、今では逆に納得もしている。

この丘からの眺めはそれを見せ付けるようでもある。
ブラジルの発展と、そしてそれと共にぐんぐん伸びる高層ビル達を。

そういった意味でこの丘はリオの街の象徴なものなのかもしれない。



しかしこの場所で、本当に面白いのはそれではない。

一番面白いもの。
それは、、観光客自身だったりする。

さすがリオ一番の観光スポットということもあって、
たくさんの観光客がこの丘の上に訪れているのだが、
その人たちが必死になってキリスト像と記念写真を取ろうとしている姿。これが面白すぎる。

誰もがグリコのように手を広げ像と同じポーズを取り、
それをカメラに収めようとカメラマンの皆さんたちは地面に寝転がりながら激写する姿。

を、激写する僕。

カーニバルの前とあってみな一様に楽しげ。浮かれた感じがまた良い。



そうやって観光客を見ていると、
ブラジルという国が本当に多くの人種で成り立っていることもわかる。

もちろんここにいるのは外国人も多いのだろうが、
町を歩いていても黒人から白人、そしてアジア人まで幅広い人種に出会うことができる。

それぞれにもともとは移民であったのであろうが、
今ではしっかりブラジルの地に根付き「ブラジル人」として生きているように思える。

驚くべきことにこの国の6割は白人だという。
ただ、それは都市部においてはまったく感じることがないほど多種多様な人々であふれている。
きっとまた地方へ行けばその土地特有の色があるのだろう。

そんな混ざり合った国民性がブラジルという国の特徴でもある。


多種多様な国民性と経済の成長。

それは昔、アメリカという国がたどった姿のようにも見える。
が、その空気や街の匂いがまったく異なるのはなぜなのだろう。



ま、そんなことどーでもいっか。

なんて思わせるのがこの国の良さだったりもするのだ。


丘を下り始めたロープウェイの中にサンバの音楽が鳴り響いた。
乗り込んできた黄色いパフォーマーたちはドラムとマラカス、そして独特の声でリズムを打ち鳴らす。


NO Music, No Life.

祭りの日は近い。

2009年2月17日火曜日

世界一周(37)ブラジル/チケットを探せ!







DATE:2009/02/17 Brazil - Rio de Janeiro -


たった一日でブラジルの雰囲気にもすっかり慣れた。

このラテンの雰囲気が意外にも肌にすんなり馴染む。
まだ少し恐ろしくもあったがこの国が気に入り始めていた。


が、宿がやばい。

13レアル(約500円)とこの界隈では最も安いクラスなのだろうが、
虫は多いは夜中は暑いはで、我慢はできるがもう少し改善はしたくなる。

と言うわけで今日は宿探し、そしてついでにリオのカーニバルのチケット探しをすることにした。
そうカーニバルのために来たのだ、それを忘れてはならない。


情報によると安宿は今いる地域に密集しているそうなので、
しらみつぶしに当たってみることにした。
何せカーニバルまでまだ4日もある。のんびりと探せばよい。

懸念なのがカーニバル前と言うこともあり部屋が埋まっている可能性があり、
しかも値段も何倍になっているという噂があることだった。

最悪の場合は今の安宿に扇風機を買ったほうが安い気もする。
ついでにバルサンでも炊けば完璧だ。


朝ごはんに昨日ヤキソバを食べたパン屋で焼きたての惣菜パンを食べていざ出陣。
そうそう、ブラジルの惣菜パンは中身がぎっしりでかなり美味い。
昨日も来たということもあってすっかりパン屋のおじさんとは顔なじみになった。


宿探し。宿探し。


が、、、やっぱり高い。
通常の2倍は当たり前、3倍程度が相場で、50レアル(約2000円)は覚悟しなくてはならない。
出せない額ではないが宿のレベルも今のところとそう変わらず、
単にガイドブックに乗っているというだけで強気の値段設定になっているだけだった。

どうやら最初に適当に入った宿は意外にも一番当たりだったようである。
あの部屋が一番当たり・・・さすがいい宿がないと評判のリオである。

さて、扇風機を本当に買うか。と思案し始めた頃、
ほとんど時計代わりにしか使っていない僕の携帯が珍しくブルブルと震えた。

なんだろう?と思い電話に出る。


「あ。テッチャン?わたし、マサミ。今からリオ行くから待ってて!」


・・・え?
どういうこと?

「もうね、サンパウロ着いたから。今からバスで行くから」

・・・おぃ。そういう事は早く言え。


すっかり一人旅モードになっていたのだが、
スペインで別れた彼女がどうやらこっちに向かってくるようである。
まぁ、もともと彼女も南米に来る予定だったので、
どこかで会おうかとも言っていたがこんなに早く合流するとは思ってもいなかった。


「わかった。待ってる」そう言って電話を切ったが、それからが大変である。

さすがにあの宿に女の子を泊まらせる訳にも行かないので、
もう一度宿探しを再開せざるを得ない。

仕方なしに付近のホテル全てに値段を聞きまわり、
安宿やら高級ホテルやらラブホテルやらにガンガン突撃をして回り、
ようやく怪しげなホテルに落ち着き先を決めたのであった。

恐らくは売春宿なのだが、まぁこの際文句は言えない。
どうやらこの手の宿はカーニバル料金というのはないらしく、
期間中でも通常通りの料金で営業を続けるらしい。
最初、10日泊まる。と言ったときには驚かれたが、
なんとかそこをごり押ししてバックパックを背負って宿を移った。
もちろん、四角いベッドではなく丸い形のベッドではあったが。



南米の旅がいきなり急展開を迎えたが、まぁそれはそれで楽しくもなりそうだ。
コパカバーナのビーチなんて一人で行っても楽しい訳がない。

とは言えまだチケットの購入が残っている。
当日前になると相場の倍以上の値段がすると言うチケットを早めに手に入れなくてはならない。

なにせ元の相場が1万円以上するチケットなのだ。倍になってはたまらない。
宿を移動した後、旅行代理店が多くあるコパカバーナまでバスで出かけた。


コパカバーナビーチ☆

イパネマビーチと並んでリオの二大ビーチのそこは物凄い数の人で溢れている。
これがリオのカーニバルのせいなのか、それとも日常なのかはわからないが、
あまりにも多すぎる人に慄きビーチはまた後に来ることにして、
念願の?ブラジル娘のおしりなどを尻目にまずは、とチケット探しを始めることにした。

コパカバーナのメインロードを歩くが思いのほか旅行代理店が少ない。
と言うよりもお店自体が少なくなかなか旅行代理店が見つからないのだ。
仕方なく端から端まで歩いてみていくつかの代理店を見つけ出し、
ともかく虱潰しに当たってみることにした。


世界一有名なリオのカーニバルと言ってもその派手な舞台は知っているものの、
実際のところそれがどういうところで行われているかは意外と知られてはいない。

カーニバルはサンボドロモと呼ばれるサンバ専用の会場で行われるが、
そのまっすぐな直線で作られた会場には直線を挟む左右に観客席が設けられ、
観客はその観客席からパレードを観覧することになる。
その観客席もパレードからの距離や見え方によってランクが付けられ料金が異なってくる。
リオのカーニバルで言えばパレードの入場口から近い順から料金が上がっていき、
最後の退場の部分のみ一番安い席となる。
つまり入り口から遠ければ遠いほど真っ直ぐに並んだパレードの全容が見えやすくなり、
それが料金の差になってくるのである。
ちなみに会場の左手側は全て企業用のブースとなっているようで、
座席ではなくブース単位の買取りとなっている。

そんなわけで中々に難しいカーニバルの席選び。
情報では一番安い最後方の席は遠すぎてカーニバルの雰囲気が感じ取れないそうなので、
入場口から近い席を選ぶことにした。

何件か代理店を回る。
代理店それぞれ独自の料金を持っているようで皆一様に価格表を確認した後に、
現在の料金を告げてくれる。

中には代理店とも違いダフ屋のような人もいて、
街中を歩いていると「チケット要らない?」と声をかけてくる。
実際のチケットを大量に出してきて料金交渉となる。
別に安いわけではないのだがチケットを実際に見ると心は動くが、
ここはひとつ我慢。それが偽者であるという可能性もないわけではないのだ。

カーニバルのチケットはICカードの入ったカードで、
入場口でチケットのチェックをするのだがさすがに見た目での判断は難しい。
なので一応は店をきちんと構える代理店で買うのが無難である。

いくつか回ったが値段の差は12000円から17000円と差は大きく、
結局、一番安い値段の店で購入することにした。

思えばこれがこの旅一番の出費なのかもしれない。
1万を超える出費にひるむが、「ここまで来て」という感情が勝ち結局それを買うことにした。
確かによく考えてみれば南米まで来て5千円程度をケチる意味はない。


購入したステージ5のチケットを見てほくそ笑む。
ついにここに。

そう言えばここ数ヶ月はここに来るためにスケジュールを組んできた。
その目的がいまやっとこの手に握られているのだ。
なんだかその単純なことに素直に感動し、
手に握られたプラスティックのチケットをにんまりと見つめた。


「着いたよ!」

電話を受け彼女を迎えに駅に向かった。

始まったと思った一人旅。
いきなり二人旅に戻ることになるが、まぁそれも悪くないか。
僕らの南米の旅はどうなるものか。


ともかく。

「乾杯!」

二人の声がブラジルの空に鳴り響いた。
ともかくだ、これができるのは二人旅の一番の面白さだ。

ゴクゴクと冷たいビールを飲み干した。

やはりこの国のビールはいい。暑い夜の下、そう思った。

2009年2月16日月曜日

世界一周(37)ブラジル/イントロダクション











DATE:2009/02/16 Brazil - Rio de Janeiro -


リオ・デ・ジャネイロ、19時30分。
到着した飛行機はゆっくりと停止し南米最初の地へと降り立った。

暑い!

最初の感想はまずそれで僕はダウンジャケットを脱ぎ捨てて、
久しぶりの夏の世界へと入っていった。

空港ではロナウジーニョの広告がWelcomeと言っている。
彼のユニークな顔を見てとうとうブラジルまでたどり着いた事を急に実感した。


ついに南米へ。

そう、ついに南米へたどり着いたのだ。
旅を始めたときには実感のなかった未知なる土地へついに僕は立っていた。


恐る恐るで空港を飛び出し、
バス会社のカウンターを見つけると市内へ向かうバスを待った。

1時間経ってもなかなか来ないバスに痺れを切らしかけた頃、
ようやく一台のバスがやってきて僕はそれに乗り込んだ。


これが僕のブラジルのイントロダクション。

緊張しながら乗り込んだバスは意外にも快適で、
思い描いていたアジア並みの設備とはかけ離れたもので、
意外にも意外にブラジルの都市が発展しているということに気づかされる。

しかし市内へと向かうバスの中から見る街並みはうわさ通りで、
明らかに危険な匂いがする道をいくつも通り過ぎていく。

確実にこの場所で下ろされば襲われる。

そう肌で感じるほどの薄暗い淀んだ路地が多い。
このまま車ごと襲われてもおかしくないほどの闇の色だ。
アジアやヨーロッパ、中東では感じることのなかった命の危険を肌で知った。


そんな緊張感を車外に感じながらもバスはぐんぐとスピードを上げて進んでいく。
まるで暴走でもしているかのようだが、
市民にはいつもの事のようで誰もそれに対して悲鳴の声を上げることはない。

ガクン!!!と車が急停止をしたのは、そんなことを考えていた真っ最中だった。


最初は信号に引っかかったのかと思ったが、車は青信号にも関わらず停止したままである。
客も最初は動揺することもなかったのだが、何かがおかしいということに気づき車内はざわざわとざわめき始める。

何かを叫んでいる人がいるがポルトガル語がわからないためまったく状況がつかめない。
外を見ても何か人が集まってきているのは見えるが、それが何なのかはまったく想像がつかなかった。

しばらくすると車を降りていく人が出始め、
仕舞いにはみな荷物を持って出て行ってしまったので僕もとりあえずそれにならって外へ出た。



人身事故だった。

車の下には血を流した女性がぐったりと倒れている。
死。それを思ったがどうやらまだ息はあるらしく、ゆっくりと体が動いている。

車の横では男性が涙を流し号泣している姿が見える。
彼の顔はただ悲しみしか写していなかった。失ったことが信じられない。
その突然の出来事に彼の心はまだ追いついておらず、ただ涙と声が流れ続けていた。

車の前にはひしゃげた自転車があった。
これで即死でないことが不思議なぐらいの。


しばらくして警察が来ると車の下の女性を助けもせず、事情聴取のようなものを始めた。

僕ら乗客はしばらく様子を伺っていたがどうしようもないと諦め、
それぞれに別の方法で各々の目的地へと向かっていった。

止まっていたのが運よくバスターミナルの近くで、
僕もその中から目的地へ行くものを見つけそれに乗って安宿町へと向かい、
ともかく1日目はと適当な宿を選び、そこに身を落ち着かせた。

人は死ぬんだ。と当たり前の事を思った。

そしてこの街の命の値段はとても安かった。

それがブラジル1日目。リオ・デ・ジャネイロの夜だった。
その衝撃的なイントロダクションが僕の南米初めての一日だった。





そんな夜から一夜明けて一日目。

狭い、虫の出る安宿を一歩外に出るとからりとした天気が広がっていた。
恐る恐る外を見回すもなんだか昼間の街はうって変わって平和そうだ。

とは言え南米初日何が起こるかわからない。
未知の土地に恐る恐る足を踏み入れた。


リオの町には路上生活者がいたるところに溢れている。
それがまた治安の悪化を招いているのだろうが、
ブラジル人にとってはそれもまた日常の風景らしく、
特に気にすることもなく道を歩いていく。

面白いのがその路上生活者がどこかから拾ってきたのだろう
いろいろなものを売っていて路上に広げていることだ。
人形や機械の部品、靴下やレコード盤にいたるまで取り留めのない品揃えが路上に花を咲かせている。
到底売れるとも思えないが、彼らがこうやって商売をしているということは
多少なりとも売り上げがあがっているという事だろう。
時たま電信部品専門の路上販売なんかもあったりして、見ていると面白い。


ヨーロッパからブラジルへ。
その変化はもちろん衣服にも現われる。

夏真っ盛りのブラジルではもちろん人々は薄着で、
そこはさすがブラジルといったところで女性はみなセクシーな衣装を着こなしている。
セクシーじゃなきゃ服じゃないわ、ブラジル人はみなそう思っているようで、
子供でさえも肩を露出した子供服を着ているほどだ。
タンクトップにショートパンツが最も定番のようで、
ムチムチとした体を惜しげもなく見せびらかしている。

と言ってもその体を維持できるのは若い頃だけのようで、
おばちゃんになれば欧米人同様にドンとした巨漢になり、
若い頃と同じ衣装のまま町を練り歩いていく。
体つきに関わらず露出度が多いのはさすがブラジルと言ったところだろうか。



それにしても。。至って平和な街である。

もちろん踏み入れてはならない雰囲気のある地域はあるが、
街の中心にいる限りはそれほどの治安の悪さは感じることはない。
路上生活者とは言え、ただそこで暮らしているだけということもあり、
別に何をするわけでもない。

日中はどうやらメインストリートを歩く限りは強盗などの心配はなさそうだ。
もちろんスリなどには気をつけなくてはならないが、
それはヨーロッパ含めどこへ行っても同じ事だ。
「南米」と聞いて構えていた心が少しずつ解けていくのがわかった。



リオの街にはパン屋が溢れている。
パステルと呼ばれるそのお店はいたるところにあり、
ブラジル人にとっての軽食屋のようなものだろうか、
朝食の時間やお昼時になると入れ替わり立ち代り人が訪れ1、2個のパンを食べていく。
パン屋の中にはカウンターもありそこで座って食べることもできる。

そして何より驚くのは・・・

「YAKISOBA」と書かれた看板。

そう、あのヤキソバが普通に売られているのだ。
多くはパン屋で売られていて牛肉や鶏肉などを選べ値段も安い。

久しぶりのヤキソバの文字に驚き僕もひとつ試してみる。
数分も経つと、あのジュウジュウという音と共にヤキソバが運ばれてきた。

見た目はすっかりヤキソバで香りからするとどうやら味付けは醤油ベースのようだ。
そのおいしそうな香りに期待が膨らみ箸を伸ばす。

うまっ!!

まさにヤキソバ。味こそしょうゆ味だが麺も含め間違いなくヤキソバなのだ。
なぜこんな地球の裏側でYAKISOBAと日本直輸入間違いなしの料理があるのだろう。
ブラジルには多くの日系人が移民してきたと言うが、
食文化にまで影響を与えるほどとは思いもしなかった。
遠い異国に根付いたMaid In JAPANに驚き舌鼓を打った。


まったくわからないポルトガル語でパン屋のおじさんと会話をし、
唯一知っているスペイン語「アシタマニアーナ(また明日!)」と言って店を出た。

そうそう南米では英語がまったく通じない。
そうは聞いていたがここまでとは。
挨拶はおろか数字さえも通じないのである。

その状況に中国を思い出した。
これは数字と挨拶の習得が緊急課題になりそうだ。

しかしなぜかブラジルというのは南米で唯一ポルトガル語圏なのである。
似てるとは言うがここでいくら言葉を覚えても次の国では使えない。
どこまで言葉を覚えるか。それは中々に難しい課題だった。



2時間も宿の近くをうろつくと街の雰囲気もつかめてきたので、
ぶらぶらと中心街を歩いてみることにした。


セントロと呼ばれる中心街にはたくさんの高層ビルが立ち並んでいる。

街並みはどちらかというとヨーロッパに近いもので、
石造りのヨーロッパ風の建築が立ち並ぶ。
この辺りはやはりもともとポルトガルが統治していた国として、
ヨーロッパの匂いが満ちている。

とは言ってもそこに暮らす人々の生活はヨーロッパとは似ても似つかぬもので、
南米に渡ってきた移民が何百年の歴史の中で独自の文化を築いていった事がわかる。


南米はアジアに近い文化レベルだと思い込んでいたのだが、
それはどうやらまったく違っていて東南アジア諸国よりは一歩進んだ近代化が進んでいる。

あえて言うならばマレーシアやタイのレベルと同等かそれ以上。
僕の抱いていた南米のイメージが一気に変わっていった。


それでもこの国の格差はものすごい。

高層ビルの下には路上生活者が溢れているし、
その彼らの横を颯爽と歩いていくビジネスマンの姿は同じ国に暮らす人々の姿とは思えない。

きっとこの格差が南米を犯罪大国へと導いているのだろう。
それ以外に手っ取り早く格差を生める方法はないのだから。


僕はここに近い街を知っていた。

インドネシアのジャカルタだ。
近代化された中心街のすぐそばに広がるスラムのような町並み。溢れる路上生活者。

それでもジャカルタではそれほど殺人や強盗など重犯罪は多くはない。
もちろん起きているのは起きているのだろうが南米程の危機は感じない。

それはイスラム教とキリスト教の違いなのか、
それともアジア人とラテンの血の気質の違いなのか、面白い差だと思った。



セントロには大きなピラミッドのような円錐上の建築物があり、
それがブラジル式の教会、カテドラルだった。
南米の国はおおよそクリスチャンでさすがヨーロッパの作った国々と言ったところだ。

ヨーロッパの歴史的な建築物を見慣れた後とあって、
その現代建築バリバリの教会の姿は面白い。

コンクリートで幾何学的に設計された教会内には、
天井から床まで何十メートルにも渡ってステンドグラスで覆われており、
神々しさというよりはアートを見ているような気分にもなる。

しっかしこの派手な教会はさすが南米と言うべきか。
何せキリスト云々よりも建物の凄さを見せ付けるために作られたような印象も受けるのだから。


教会を後にし、まだ夕暮れ前だったが念のために宿へと帰ることにした。
まだ僕はこの街の夜の姿を知らない。
昨日の夜、バスから見たその姿は危険に満ちていた。

数日後に行われるリオのカーニバル。
それはもちろん夜中に開催される。
少し不安でもあるが、夜が祭りで染まる姿が無性に楽しみでもあった。



宿に戻り近くの定食やブラジル式の夕食を食べる。

まったくわからないメニュー表から1つを指差し、
まったくわからない店員の確認に「シィ(Yes)」と答える。

ついでにビールを注文すると、
ギンギンに冷えたビールがさらにプラスチックでできた保温ビンに入れられて出てきた。
やるじゃねーか、ブラジル。
ビールがうまい国に悪い国はない(と思う)

そのもてなしにすっかり満足し冷たいビールを飲んでいると、
注文した料理がカウンター椅子の前に運ばれてきた。

見たところカレー味の肉とじゃがいもの煮込みのようなもののようだ。

そして・・・うまい!!

どうやらブラジル料理は悪くないようだ。ビールに合うその料理にすっかり満足。

が、ひとつ大きな、とても大きな問題が目の前にあった。


多すぎだろ!


こんもりと盛られた肉の皿とは別に3合はあろうかというライスが横に並び、
さらには山盛りのサラダ、ついでに豆のスープのようなものがずらりと置かれている。

日本で言えば2人前は軽く超える量があるのだ。

これがブラジルって奴か。

僕は目の前に並べられたブラジルからの挑戦状にフォークを突き刺した。



ブラジル1日目。この国は悪くない。