2008年5月14日水曜日

世界一周 in (6)ラオス/船旅







DATE:2008/05/14 Laos - Luang Phabang -


今日もまたゆらり。ゆるり。

牛。人。岩。山。森。

同じように見えて全てが違うんだな。
そして今見ている風景を二度と見ることはできないんだろう。

世界は動き、形を変える。
同じことは二度とない。

毎日が二度とない世界だと思えれば、いろんなものが変わるだろう。
きっと全てを愛せるんだろう。


やがて船は終点に辿り着き、船旅は幕を閉じる。

世界遺産の町、ルアンパバーン。
この町では何が起き、誰と出会うんだろう。

2008年5月13日火曜日

世界一周 in (6)ラオス/メコンの流れに







DATE:2008/05/13 Laos - Pakbeng -


ゆらり、ゆらりと。
目の前を景色が流れていく。

スローボートに乗り、目指すは世界遺産の町、ルアンパバーン。
とは言えスローな旅のため途中、パクベンという町に泊まっての一泊二日の旅。

スローボートの上は、ただスロウ。

もともとスローなラオスの町に、
ただメコンを流れ降りていくだけのスローボートがセットになれば、
まぁそこはもう、だらり~な世界。

各々が本を読んだりゲームをしたり8時間近くにもなるボートの旅を楽しむ。


メコン川の両岸は思っていたよりも岩場が多く、山々を抜けていくような感じ。
川辺には牛がいたり、ヤギがいたり、これまたスロウな感じ。

たまに子供が川で素っ裸で遊んでたりして、
川辺での生活に思いをはせるが、なんだか想像がつかない。
彼らは電気もない生活で、魚を取って暮らしてたりするんだろうか。
貧しいと言う概念さえもなく、幸せに暮らしてるんだろうか。

しかし小さな村に何十人もの子供。民族とはそういったものらしい。
いたるところで子供の群れを見た。


本を読んで、ボーっとして、両岸を眺めて。

ちょっとさすがに、だらけて来たところでパクベンの町へ到着。
この町は夜中、懐中電灯が必要になるらしく、宿で手渡されるw


フエサイから一緒の日本人とフランス人3人とお酒を飲んで、また眠る。
さて、目的地までもうひとゆるり、船に揺られますか~

2008年5月12日月曜日

世界一周 in (6)ラオス/対岸にて







DATE:2008/05/12 Laos - Huai xai -


着いた~♪
ということでラオス対岸の町、フエサイへ到着。

チェンセーンからチェンコーンへバスを乗り継ぎ、
メコン川沿いの風景をたっぷりと堪能し、タイからラオスへ国境を越える。

タイからラオスへの国境越えはとっても簡単。
タイ側のイミグレで出国手続きを行い、その後渡し舟のようなボートに乗るだけ。

所要時間約5分。

その後、ラオス側のイミグレに入るもそこでもスタンプを押されるだけ。
荷物のチェックもされないし、今までで最も簡単な入国だったかもしれない。


でもそのラオスも観光客の受け入れを始めたのはここ最近のことらしく、
10年ほど昔のガイドブックなどを見ると
政府の許可を得たツアーに参加しなくてはならなかったり、
観光するにはなかなか厳しい条件だったようである。

そんなラオスも今や観光産業が大きな収入なのだろう、
町にはゲストハウスが立ち並び、観光客向けのレストランが客引きをしている。

と言うよりはこのフエサイにはそれしかないw
1km程度の道に宿や旅行代理店が張り付くように乱立している。


とは言え、なんだかのんびりした国なのであるラオスは。
町の雰囲気と言うか、スピードがやたらと遅い。
規模の小ささという点もあるのだろうが、土地柄な気がする。
なにせこの町は普通に牛が道を歩くw

もともと行く予定がなかった国のため、何のイメージも持たずにこの場所に僕はいる。


すろう。すろう。すろう。

ラオスを気に入ってしまう予感がある。


対岸のタイに落ちていく夕日を眺め、ラオスのビール、ビアラーオを飲み干す。

たった5分の境界線で何が変わるか、変わらないか。

それを確かめる為の旅が始まる。


6カ国目、ラオス。到着です!

2008年5月11日日曜日

世界一周 in (5)タイ/メコンの川辺で






DATE:2008/05/11 Thailand - Chang Sean -


実は今日中にラオスへと着く予定だったのだが未だ着いていない。
ラオスの国境があるチェンコーンへの最終バスに乗り遅れたのである。

てなわけで、チェンセーンという良くわからない町に一泊することになった。

国境の町、チェンコーンへはチェンライから直接バスで行けるのだが、
メコン川沿いを走るチェンセーン→チェンコーン間の道が素晴らしいとの噂だったため、
そちらのルートをたどる事にした。それが予期せぬ事態を招いたのである。

そもそもの原因は、朝寝坊+話込みでチェンライからの出発が遅れたこともあるが、
途中目にした「ゴールデン・トライアングル」という言葉に誘惑され見に行ってしまったことにある。


「ゴールデン・トライアングル」とは何ぞや。
それはラオス、タイ、ミャンマーの国境が1つに交わる場所である。

それを知ったからには行かずにはいられないでしょー、と
チェンセーンからバスで約20分ほどのその場所に、急遽行ってみることにする。
ただのミーハーであるw

何せ現在、日本人は陸路でのミャンマーへの入国はビザが下りないためできないことになっている。
一部、一日だけの特例などもあるがそれも国境周辺の一部に限られている。

タイやラオスに程近いにも関わらず、見ることのできぬ国。
それがミャンマーなのである。


言ってみれば野次馬根性なのだが、そもそも旅とは野次馬根性で出来ているようなもの。
ひと目ミャンマーを。とメコン川沿いの道をひた走る。
メコン川の景色を楽しみながら約20分ほど走ると、運転手のおじちゃんに「ここ」と示され降ろされる。

お寺のようなものが建てられており、観光客がわんさかいる方に足を進める。
目の前にメコン川が現れ、対岸にはラオスが見えている。
その左側、メコン川ともう一つの川に挟まれた形でミャンマーが見える。

これがミャンマーか。と言うほどのハッキリした違いはないのだが、
国境というものと、まだ見ぬ国ということに胸が躍る。

そう言えば国境をきちんと体験したのは初めてかもしれない。

シンガポールからマレーシア、マレーシアからタイ。
それぞれに国境を通ってきたのだが、バスに乗ってだったり、電車に乗ってだったり
じっくりと国境と言うものを味わう時間はなかった。

それが目の前に3つの国にまたがる国境が現れて、
初めてといっていい国というハッキリとした境界線を感じることができた。


しかしながら、それがあまり意味のないことだと言うことも肌で感じる。
おそらく対岸にいるミャンマー人もラオス人も文化や人種と言う意味では、
もともとあまり変わりないのだろうし、今も多くは共通しているのだろう。
その証拠にと言うわけではないが、ラオスへの入国はボートで5分程度メコン川を越えるだけで済み、
物資などはタイなどから頻繁に送られているようである。

国境など意味のないもののように見えるが、
それでもこの線で区切られているという現実は重いものなのかもしれない。
そこには貧富の差があり、そのために争いがある。

それでも100メートルも満たない、境界線は僕の目には薄く消えかけて見えた。



と、そんなわけでラオスへ行けなくなったのである。
ミャンマーに超接近したからいーやーとも思うが、
知らない町で情報もなしで宿を探したり、ご飯を食べたり四苦八苦。
それでもメコン川を見ながらのマッサージや晩酌は格別のものになった。

国境を目の前にして、昨日はなかったタイを離れるという実感が胸にわいてくる。



いつの間にか4週間近くもいてしまったタイだが、
以前に一度来たこともあり、本当はさらっと流す程度だと思っていた。

しかしながら、再度この年になって見た遺跡や街の姿はまったく違う印象を与えてくれた。
それだけに自分も幅が広がっているのかもしれない。

歴史の深さと共に、仏教国の面白さを教えてくれたタイ。
イスラム教とは異なり物質的に存在する沢山の寺院や仏像に圧倒されると共に、
仏教徒としての人間性がタイの人々に染み渡っているように思えた。
微笑みの国というほどは微笑んでいないけれど、誰もがやさしかった。

独立を保っていた国だからか、文化のレベルも相当に高い国と言う印象がある。
それも海外からの輸入ものではなく独自進化したようなユニークさがある。
食文化からして独特で、タイの味は屋台、レストラン含めて忘れられないものとなった。
国王への敬愛は、同じ立憲君主制の日本と比較しても相当に異なり、面白いものだった。

そうしてみるとタイは「オリジナル」という印象が最も強かったのかもしれない。
それもまた、大型ショッピングセンターや外資の進出で変わりつつあるのかもしれないが。


そう言えばタイでは日本語を話していることが多かった。
1週間ほど、姫君を抱えていたこともあるが、日本人旅行者が相当多い。
どこの宿でも日本人がいたし、日本人宿なるものも多く存在した。
誰もがユニークで、誰もが旅を楽しんでいたが、旅におぼれている人も多く見かけた。

しかし個人的にはタイから旅を始めなくて良かったと思う。
日本人の多さは、旅にきている感覚をなくさせるし麻痺させる。
日本人だけで固まって旅をしている人も多かったし、英語が話せない人も多かった。
それが悪いとは言わないし、自分も英語ができるとは言わないが、
僕の思っている旅のイメージとは異なり、違和感を感じた。

しかしユニークな人間が多かったのは事実。
何年間も旅を続けている人も多かったし、住み着いてしまっている人もいた。
たぶん何年たっても旅人の中心地としての地位は変わらないのだろうな。
東南アジアの中心と言うこともあるが、それだけの魅力がタイにはあるのだろう。
旅人にとってはシルクロードの出発点のような場所になっている。


タイと言う国を理解した気がしない。

それがタイの魅力なのかもしれない。

また来なくては行けない。そんな気もする。


再開を夢見て、明日はメコンを越えていく。

2008年5月10日土曜日

世界一周 in (5)タイ/坊主と言えど、子供は遊ぶ。






DATE:2008/05/10 Thailand - Chang Rai -


早朝のバスに乗り込み、スコタイからチェンライを目指す。
チェンライはタイ西北部にあるラオスとの国境と約1時間の距離にある町。
とは言え、これといって何がある場所ではない。

3時ごろにチェンライの町にバスは到着。
宿にチェックインして、当てもなく町をぶらつく。

町にはすでに中国語が目に付くようになっている。
さすが国境付近の町、中国、ミャンマー、ラオスと入り混じった文化になるのだろう。
人の顔を見ていてもやはりバンコクなど南部とは違っている。


ふと、一軒の寺院に目をやると、
掃除の時間なのか沢山のオレンジ色の坊主が境内に集まっている。

中には箒を持つものもあれば、電動草刈機などという機械を持つものもいる。
10人入るだろう坊主たちが、それぞれが思い思いに境内を掃除し、清めている。

幾人かはサボっているのか、縁に腰を下ろし歓談をしている。
またあるものは犬と戯れている。


しばらく見ていると掃除にも飽きてきたのか、
箒でチャンバラごっこを始めるものが出始める。
日本の小学校でもお馴染みの風景に驚くが、彼らも10代前半の子供たちばかり。
そういった遊びに興じるのも当然なのかもしれない。

いつの間にかどんどん遊びはエスカレートしていき、
池の中に犬を突き落としたり、友達を突き落としたり、最後には自分で飛び込んだりと、
すでに掃除などそっちのけで、遊びたい放題である。

当然、袈裟はびしょびしょに濡れ、色も濃いオレンジへと変わっている。
その袈裟もきちんと巻くのをあきらめたようで、まるでフンドシのように巻く坊主も出てくる。


およそ30分の間に、掃除から遊び場へ。
小学生ぐらいの年頃の彼らからすると当然といえば当然だが、
坊主や宗教者というものに、神々しいものをイメージしていた僕としては、
なかなかにショッキングな出来事だった。

坊主と言えど、子供は遊ぶ。


また宗教というものに驚き、やはり特別なものではないのだなという思いを抱く。

しかし犬を池に突き落としているところを見ると、宗教ってなんじゃろなとの疑問もあったりはするのだがw



夜になり、近所の古本屋で本を物色していると、
日本人の声が聞こえる。店先で晩酌をしているようだ。
気になって声をかけてみると、なんとこの店のオーナーだという。

年は30代の後半だろうか。
聞くところによると5年ほど前からタイで仕事をしており、
つい3週間ほど前にはプーケットでお店を開いていたそうだ。
奥さんはタイ人で、もともと旅はイロイロしてきたそうだが、
結婚をきっかけにこちらで仕事しているそう。

日本人にはいろいろ会ったが、居ついてしまった人は始めて。
なんだか興味深く、不思議な感じもした。

僕にとってまだ外国は外国であり、旅は旅である。
日本という国が好きだし、帰るところも日本だとは思っている。
もちろん働くという意味では、どの国でも良いとは思うが、
日本を捨ててという感覚はあまり理解できない。


帰るところのない旅。戻る気もない定住。


そこには、また僕が知らない特別な思いがあるのかもしれない。


タイの夜。最終夜。また新しい出会いがあり、驚きがあった。
この国が与えてくれたものに思いをめぐらし、また眠りにつく。