2009年6月5日金曜日

世界一周(43)ペルー/塩抜き。サウナ。メディテーション。







DATE:2009/06/05 Peru - San Francisco -


眠る。眠る。眠る。

アヤワスカを飲んだ後は目が覚めてしまい殆ど寝られない、
らしいが僕はまた例外らしく結局、昼の12時まで眠りこけた。

別にやることのないこの村。
悪いことではないだろう。


それにだ。
昨日は気持ちよさのせいか途中で眠くなってしまったのだ。
寝てしまってはせっかくの薬も意味は無いだろう。

なので今日は夜にある儀式に向けて心身ともに良い状態で望もうと思ったのだ。


と、半分言い訳のような事をマサミに言ってみる。が、
早くご飯食べようよ、の一言で片付けられる。まぁ、そんなもんだ。


が、今日の食事・・・なんと塩抜き生活の始まりらしい。

そういや昨日マサミがそんな事言ってたなぁと思い出し、
せっかくの食事なのにとげんなりする。

個人的には無意味だと思っている塩抜きだが、
相方がやってみよう、と言うのだから仕方ない。
確かにやりもせずに否定するのはいかがなものか、という気もする。

と言うわけで塩抜き生活の始まりとあいなったのだが、、、


不味い。

ぜったい、これ心に悪いって。そうマサミに訴える。
元々料理も好きだし美味しいもの好きの二人なのだ。
ご飯を食べにレバノンまで行った僕たちなのだ。
普段食にこだわらない人ならともかく、これは僕には辛すぎる。

それに最悪なのは不味くて食べられないご飯達を捨てなきゃならない事で、
日本人としてはこれはかなり心が痛む。

とはいえせっかく始めた塩抜き生活。
という事で妥協点を見出し「果物」と「パン」だけで食事をする事になった。

そもそも塩も砂糖も入っているパンが大丈夫って言うのは腑に落ちないが、なぜかそれは良いとされている。
そういうのをみるとやっぱり食事制限なんて日本人が作った修行に過ぎないと思ってしまう。

ま、やって見ない事にはわかんないけど。と言い聞かせ、
これからの食生活の憂いを忘れた。

それにこの町のグレープフルーツは7つで100円という破格なのだ。
大好きな果物尽くしってのも悪くない。



ところで儀式の一環としてアヤウマというのがある。

簡単に言うと蒸気サウナのことだが、
椰子の木を煮出して沸騰させたお湯を鍋に入れ、
ビニールシートでしっかりと体と鍋を覆って入る簡易サウナだ。

なにやら煙は悪いものから守ってくれるもののようで、
このサウナにも儀式中に吸うタバコにもそういう意味があるのだそうだ。

効果のほどはさておきサウナは嫌いではないので、
今日はそれに入ってみることにした。


ガサゴソと音を立てビニールシートをかぶる。
蒸し暑いアマゾンの事だ、それだけで結構汗が出る。

外へ蒸気が逃げないようにしっかりと密封したのを確認し、
鍋のふたを開けると・・・。

ぶぉう。と真っ白な湯気が立ち込める。

お。お。お。。け、結構熱いぞこれ。

意外にも意外、ビニールシートで囲っただけの簡易サウナだが、
これがけっこう熱いのだ。

中で待つ事、15分ほど。
出てきた時にはびっしょりと汗をかいていた。

体からはほのかに木の香りがする。

初めてやったがけっこうこれは悪くない。
サウナの心地良さもあるが、入っている間はなぜか集中力が沸き
なにかといろいろ考えることもできる。

シャワーを浴びてさっぱりした頃には、
それがすっかりお気に入りになり、また明日もやろっと言う事になっていた。

ジャングルサウナばんざい!だ。




サウナにも入ってさっぱりしたのでまた少し眠る。

7時ごろに起きだして儀式場へと向かった。
なんだかやっぱりこの場所は落ち着く気がする。


もってきた蝋燭を取り出して火をつける。

誰もいない儀式場の中、ゆらゆらと炎がゆれた。


さて、と。

その久々の行為に少し楽しくなる。
そういやこれを教わったのはインドネシアのバリだったっけ。
旅の始めに覚えたそれを、こんなアマゾンでやるなんて。
そう思うと久々に旅の長さを感じた。

体を楽にしてじっと炎を見つめた。

ただ、楽しい事を。ただ、楽しい事を。

メディテーション。そう久しぶりのこいつだ。

旅の事を思い出す。
バリ島でこれをやっていた頃にはなかった思い出が幾つも増えた。
あれから1年以上が経っている。
そうだ僕には365日以上の思い出が積み重なっているのだ。

それを思うと自然と心が和いだ。


ふと周りを見ると月明かりに木の陰が出来ていた。
真っ白な蚊帳に映り込んだ影は御伽噺のような世界だった。


さて、準備は整った。今日は何が出てくる事やら。

きっと素晴らしいセレモニーになる。そう思った。

蝋燭の火を消し月明かりの中、部屋に戻る。



「てっちゃん、今日セレモニー無いって」


へっ!?


・・・そんな日もあるってことさ。

2009年6月4日木曜日

世界一周(43)ペルー/そうだ世界は美しい







DATE:2009/06/04 Peru - San Francisco -


初めてのアヤワスカ体験から1日が経った。

あれはいったいなんだったのだ。

そう思うがそれを理解できるほど僕はまだアヤワスカの事を知っていない。

ただあれが単なるドラッグではないことは確かだった。
世界と自分を繋げるための薬、それに近い何かだった。

しかし世の中には不思議なものがあるものだ。
そして僕はまだその全てを知ってはいない。
まだ1週間はある。残りは4回。その中で少しでもその世界を感じ取れればいい。



今日もまた二回目の儀式がある。

今日は何を見るのだろう。何が起こるのだろう。
それが朝から楽しみだった。


とはいえ今日もまた儀式まで特にやることがない。
電気がないのでパソコンも使えないし、読む本も持っていない。

こういう何にもしない一日も久々だなぁ、なんて思う。

驚くなかれここにはこうやって儀式を受けながら1ヶ月以上も暮らしている人がごろごろいるのだ。
中には1年がかりなんて人もいて、ただ驚くばかりだ。

正直何かしていないと落ち着かないタイプの僕には、
この「何にもしない」ことを1年出来ることがものすごい事にも思える。
何せ一日の刺激はアヤワスカしかないのだ。
あれはあれで物凄いがそれでも1年となると僕だったら飽きてしまう。

まぁ、そもそも儀式の目的は「治療」であるため、
嫌も良いもないのだろうが、それでもやっぱり気の遠くなる期間だ。
僕だったらその治療自体で病気になってしまいそうだが、世の中にはいろんな人がいるものだ。


てなわけで買い物も昨日済ませてしまったため、
お得意のぶらぶら散歩にいざ出陣とあいなったのであった。
唯一の娯楽が散歩なんてのもなんだか、なんだか。


とはいえさすがにアマゾンの村。
どこに続いているかもわからない一本道をぶらぶら行くのはなかなかに楽しい。

人っ子一人通らない、わけでもないが、
それでも30分歩いてすれ違ったのは町を走る乗り合いタクシー1台のみ。
真っ青に晴れた蒸し暑い中、ただまっすぐな道を歩いていく。

30分も歩くとやっと集落らしき家の姿が見えてくる。

家はスイピーノと同じく椰子の木の葉っぱで作った屋根の家。
1つの家族で暮らしているのか一箇所に幾つかの家が並んでいる。

大きな集落ともなると集会を開く広場があったり、
倉庫のような家があったりとなかなか面白い。

川では子供たちが遊んでいて小さな子供はおしり丸出しで、
水の中でばしゃばしゃとはしゃいでいる。

この辺りの子供は人懐っこく、手を振ると笑顔で答えてくれる。
なんだかアジアを思い出すような景色だ。


しばらくぶらぶらと歩いて、
帰り道に会ったおばあちゃんの荷物を持って村の中心まで行ってからスイピーノへと戻った。

冷静パスタを作り夕食を済ませ、あとはやる事はない。


今日したことは遅めの朝食と散歩と夕食だけ。
なんとシンプルな一日だこと。

4時に夕食を済ませてからは儀式がある9時までゆっくりと過ごすだけ。

絵を描いていたマサミを呼んで、
ジャングルの森の中に沈んでいく夕日を二人で眺めた。

なんも特別じゃない一日も、毎日夕日だけが特別だった。



夜8時半になり儀式場へと向かう。

蚊帳の中に入り寝袋を敷いてその中に寝転がる。

今日は10人ぐらいだろうか。
寝転ぶ人。座ってタバコを吸う人。それぞれが思うままにくつろいでいる。


儀式の準備は特にない。

各個人にはトレイが手渡され、つまりそれは吐き気を催した場合の器になる。
僕はまだ吐いたことはないが、聞くところによるとそれは結構気持ちがよい事らしい。

各自うがい用の水やトイレットペーパー、
そして身を清めるためのバラの香りがするアルコールは任意で持参する。
儀式中に吸うタバコはこの辺りで取れる古くからのもので、
ピパと呼ばれるキセルに入れて吸うものだ。

儀式が始まるまで各自自由に過ごし、
シャーマンも儀式前はリラックスムードでピパでタバコを燻らせている。
シャーマンの数は日によって変わる。1人の時もあれば4人もいるときもある。
時には女性のシャーマンも訪れる。
それは儀式を受ける人の治療の難しさや段階によるという。
それぞれのシャーマンにも個性があるのだろう。医者にも外科や内科があるように。

おまじないなのか、シャーマンはタバコを吸いながら、
口笛のように音を出しながら煙を吐き出している。
その出来損ないの口笛のような音はなんだか心地よく、心が安らぐ。

シャーマンはおもむろに儀式場の中央に置かれたペットボトルを取り上げる。

そう、これがアヤワスカなのだ。

驚くなかれ、儀式と言っても映画に出てくるような祈祷のシーンや火を焚くシーンはなく、
なんだか友達の家の飲み会のような感じで儀式は始まるのだ。

そしてアヤワスカが入っているのは現代の便利グッズ、ペットボトル。
2種の植物を煮込んだその液体はふたを開けると発酵のためかプシュリと音がする。
少し茶色がかった緑色の液体、それがアヤワスカである。

シャーマンはそれをペットボトルに入ったままひとふり、ふたふり、とする。
たまに効能を調整するためなのか2つのアヤワスカを混ぜ合わせたりもする。
実際、アヤワスカの効能はその度に違うらしく作り直したりもするらしい。
アヤワスカ自体は毎回作るのではなく、無くなれば作る、といった感じだ。
日が経てば発酵するからだろうか同じアヤワスカでも効き目が違うのが面白いところだ。


シャーマンがアヤワスカを取り出したころ。

皆が一様に少ししかめ面をする。そう、、、


「また飲むのか、あれを」のサインだ。


正直、本当にアヤワスカはまずい。
腐った渋柿を煮詰めて青汁と混ぜ合わせたもの、の何十倍まずい。

たった50ミリリットル。
その苦痛を耐えるのがまず最初の難関なのである。

シャーマンがアヤワスカに何やらまじないのようなものを唱え、
儀式が始まると小さなコップに少しずつアヤワスカが注がれシャーマンから近い順に順々に飲んでいく。
飲む量も毎回違うらしくそこはシャーマンのさじ加減らしい。
コップに並々と注がれる場合もあるし、半分ほどの時もある。
効き目が欲しければ「マス(もっと)」と言う事もできるし、
儀式の途中でおかわりすることもできる。
個人的には狂気の沙汰としか思えないが、けっこうおかわりする人はいる。

ちなみに僕はアヤワスカを味わって飲んでしまう癖があり、
それは食べ物というものに対する礼儀だと思うのだが、
周りのみんなは見ているだけで気持ち悪いから早く飲めと言う。
つまりはそれだけまずい飲み物ということだった。

アヤワスカを飲んだ後はみなうがいをして、
その匂いを必死に外へ追い出そうとする。
そうまでして飲むものってなんだろね、と思うがこれはそういうものらしかった。


アヤワスカが皆に行き渡れば後はゆっくりと横になるだけだ。
インドでのバングラッシーの時もそう思ったが胃で吸収する場合は効き目が現れるのが遅く、
だいたい1時間ぐらいはかかるようだ。
その間はみなタバコを吸ったり寝転んだりして各自好きなようにしている。


そんな風にして儀式は始まる。

そんな風にして僕の二回目のアヤワスカ体験も始まった。





1時間も経った頃だろうか。なぜかこの場所にいると時間の感覚が失われる。
なので正確な時間はわからないがたぶんそれぐらいの頃だ。

初めての時に出会った虹色の道がゆっくりと目の前に見え始めた。

そうだ、これが入り口だった。

一回目の時を思い出し、
その虹色が形になるのをぼんやりと待った。


シャーマンが歌うイカロが響いた。

独特のリズムと音階。その歌が僕らを乗せて世界へと旅をする。
シャーマンの歌声はまるで夢を操る指揮者のようで、
その声に乗ると異常なほどに敏感に世界は変わる。

まるで物語があるかのようにイカロの音が変わると、
驚くべきことに僕らの見る世界もまた変わるのだ。

より多くの歌を知っているシャーマンは良いシャーマン。
そういうものらしい。
イカロの歌とは世界の、大地の物語で、
それを知ることはまた世界を知ることのようだ。
だからこそ、多くの歌を知っているということは、
それだけ世界に多くつながっているという事なのかもしれない。
そしてより多くの歌を知るシャーマンは僕らもまた、
いろいろな世界へと連れて行くことができるということだった。


シャーマンの声が優しく体に響く。
ビジョンは見えていないがとても心地よい。

目を開けて外を見ていると、その景色もまた美しかった。


七色の何かがチラついては消えていった。

何か明確なものが見えたわけではなかったが、
それはそれでとても心地良い時間だった。

ただ僕はその時間を楽しんだ。
月明かりは美しく、木々もまた美しい。それだけで十分だと思った。


もしかしたらこれもまたアヤワスカのメッセージなのかもしれない。

アヤワスカが見せてくれるビジョン、幻覚。
そんなものに捕らわれずに今あるこの世界を楽しむこと。

それが今日のメッセージなのかもしれない、と思った。


何気ない日常を愛せよ。

変わらない毎日を愛せよ。

いま手の中にある全てを愛せよ。






月明かり灯る大地の上、イカロの声が響いていた。



そうだ。世界は美しい。

2009年6月3日水曜日

世界一周(43)ペルー/さて世界を愛しましょうか





<NO PHOTOGRAPHY>



DATE:2009/06/03 Peru - San Francisco -


光の道。だろうか。

掴むことのできない道が目の前を駈けていた。

それが何なのかはわからない。しかしこの事だけはわかる。

これは始まりだ、と。そして始まりに過ぎないということも。



幾つもの光が通り過ぎていった。
目を閉じても消えぬその光は、いつしか形を成していた。

その顔は酷く醜いように思えた。
実際に醜いかはよくわからなかった。ただ醜いだろうと思った。

七色に輝くそれは幾度も長い姿態をくねらせて撫でるように目前を通り過ぎる。
長い尾のそれは龍だった。
顔の醜い長い尾を持つ七色の龍が世界を包むように何度も通り過ぎていく。



目を開ければシャーマンの姿があり、外の景色が良く見える。
紛れもなくここは現実だった。
現実だ、それを認識していながらも、目の前のそれは非現実のものだとは思えなかった。
これもまた現実なのだ、ただそう思った。

それは不思議な感覚だった。
僕がいま目を見開いてみている七色の光はきっと他の誰にも見えるものではない。
そう理解していながらも、それ自体は幻覚ではなく現実の一部なのだ。

正常過ぎるほどの頭脳が正確に機能し、今目の前に起きている出来事を処理している。
それもまた不思議なことだった。
いつもと同じ世界の中で、ただ龍だけが踊っていた。

そんなことどうでもいいか。そう思い、今起きている出来事にただ身をゆだねる事にし、
ヴィジョンと呼ばれるナニモノかを捕まえようとただ手を伸ばした。



あぁ、これは僕の守り神なのだな。

何の前触れもなく、唐突に理解した。
この醜い龍は僕を守るものなのだ。そう理解した。
もしかしたらそれは解釈というものなのかもしれない。
僕の脳みそが作り出した都合の良い理解なのかもしれない。

まぁ、何でも良い。
僕はどこか安心しているのだ。この龍が守り神であることに。
この醜さは僕に合っている気がしたし、その力は限りないものに思えた。

どうりで運が良いはずだ。人生がこの龍に加護されている。
今までもこれから先も、何も恐れることはない。そう思った。



龍の姿をもっと良く見ようと目を閉じた。
闇に落ちるはずの瞼の中は輝きを失わず七色の光で満ちている。
目を開けているときよりも幾分はっきりと見えているように思えた。
五感ではない何かがこれを感じ取っているのだろう。

冷静に考えればそれはもちろん薬物の効果で脳が直接刺激されているのだろうけれど、
そんなことはどうでも良かった。僕のそばに龍がいる。それだけで良かった。


闇の中の舞台はくるくると舞台を変えた。

それは森の中の事もあったし海の中の事があった。
ただ全てに共通していることはそこが七色の虹で満ちていたということだ。
そして僕もまた七色の一部であった。蛍の光のようにぼんやりと瞬く七色。
龍はいつの間にか消えてしまった。ただ世界には七色が満ちていた。


そうか。世界はひとつだったか。

また理解した。
アヤワスカの教えてくれることはいつも唐突だ。
ただ解る。答えだけが残るわけではない。解るとはそういう物ではない。
そう僕は世界を理解したのだ。

いま僕の世界に映る七色はきっとあの龍だったものだろう。
その龍が世界に溶けている。いやきっとあれは世界そのものだったのだ。
森も海も、そして僕もまた世界の一部だったのだ。
ただ1つのものから生まれ出でた一部だったのだ。

それを「神」と呼ぶのだろうか。
いや、名前なんてのはどうでも良いだろう。
なにせ僕を含め全てのモノがそれなのだから。
愛しむ必要はあるが崇める必要はないのだ。

僕が僕を崇めて何になる。世界はそういうものだった。


七色が徐々に色を増し、いくつかの何かが通り過ぎていった。
形になることのなかったそれはなんだったのだろうか。
鳥のようにも見えた。あれもまた世界の始まりの1つなのだろうか。

そんな事を考えていると、ひとつの物語が始まった。



塔を建てていた。
そこでは塔を建てていた。

きっとバベルの塔と呼ばれるものと同じ類のものを、
地上から延々と空に向けて立て続けていた。

塔を建てているのはヒトではなかった。

ヒトが作った何体かのロボットが、塔を建て続ける物語だった。


疲れることのないロボットは延々と塔を建て続けた。
そこには伝説のような神の雷も怒りもなかった。
ただ淡々と天に向かってロボットは塔を伸ばしていった。

大気圏を越え地球から遠く離れても塔は作られ続けた。

材料は宇宙を流れる塵やゴミから作った。
ロボットにはそういう機能が備えられていた。

そしてロボット自らもまた自己を修理し進化させる機能を持っていた。
時たまロボットは事故にあい、いくつかのロボットは宇宙へと投げ出された。
ロボットはその補充の為、自らに似せた別のロボットを作った。

宇宙を漂う材料の性か、時たま少し変わったロボットも生まれた。
それは手をドリルにしたものもいたし、キャタピラを持ったものもいた。
ほとんどが失敗だったが幾つかの変わりものは塔の建設の生産性を高め、
それが解るとロボットはその変りものと同じ形に変化していった。

ロボットは確実に進化をしていた。
塔を作るということに最適な力をどんどんと蓄えていった。


そしていつしかロボットは脳を持った。
元々のプログラムを改変出来る機能といった方が正しいかもしれない。
脳を持ったロボットはさらに効率良く塔を建てるために試行錯誤をしたし、
それによってますます塔は高く伸びていった。
高く、高く。ただ地上からまっすぐに宇宙の中を塔は伸びていった。



そして。あるときロボットは考えた。


「なぜ、僕らはこの塔を作り続けているんだろう」



そこで始めて何千年、何万年と続いたかもわからない塔の建設は初めて止まった。


足元を見るとそこには自らが作り上げた塔が延々と宇宙を伸びていた。
とうに地球の姿など見えなくなっていた。
ここがどこであるかも解らない。太陽系などとっくに越えているだろうし、
もしかしたら銀河系も越えてしまっているのかもしれない。
ヒトが知らない未知の世界である可能性もあった。

そんなことはどうでもよい事かもしれない。
ともかく分かるのはこの先に何があるかも、この後ろに何があるかも解らないということだった。

この塔を引き返せば地球へと戻れるかもしれなかったが、
その確証があるわけでもなかった。
なにせ何年作ってきたのかもわからないのだ。
途中で塔が折れてしまっている可能性だってある。
もしかしたらこの塔は宇宙をただ彷徨っているだけなのかも知れなかった。


ロボットは考えた。
これから何をすれば良いのだろう。

脳を「持ってしまった」ロボットは考えた。


それから何年、いや何万年経ったのかはわからない。





ロボットはまた塔を作り始めた。宛て先のない塔をまた作り始めたのだった。

そして今日もまたロボットは塔を作り続けている。
またいつか理由を求めてしまうその日まで。そう、そんな物語だった。




別に何か感慨が浮かんだわけではなかった。
あぁ、そういう物語なのだ、と思っただけだ。

ただ妙にはっきりと頭の中に残った。
これは僕が考え出した物語なのだろうか。
確かに物語としては僕好みのものだったし、価値観に合うものだった。
それともアヤワスカが見せてくれた物語なのだろうか。
夢見るように作ったものだとしては余りにもはっきりしていた。

答えはわからないただ物語りだけが僕の中に注がれた。そんな感じだった。

何のための物語だったかはわからないが、
もし空を見上げたとき一本の線が見えたら面白いなと思った。
ロボット達が作った塔が見えたらいいなと思った。



そう考えている間も幾つものヴィジョンが入り込んでくる。

いつの間にか僕の体からはゆっくりと木が生えていたし、
それが木の実を生み、鳥が食べ、そしてまた別の誰かがそれを食べ子供を生んでいた。
食物連鎖の輪の中に僕がいた。これもまた世界だった、


ふと目を開けて外を見ると、儀式上の前の木がゆっくりと伸びていった。
世界樹とでも言うのだろうか。その木は世界を覆いつくし、
その根は同じように地中を覆いつくした。
木は空の青と混ざり、大地の根はマグマの赤と混ざるとそのまま世界はひとつになった。



なんだか愉快だ。

世界を見ていると心がとてもはしゃいでくる。

そんな心を映したのだろうか、
見えてくるビジョンが全ておかしく見えて、笑いが止まらなくなった。

他の誰かに見られないように寝袋をかぶりながら声を殺して笑った。
こんな変な出来事の中の、そんな常識的な行動がなんだかおかしくてまた笑う。

僕が笑えばまた世界も笑った。

つまりはそういうことらしい。笑いかければ全ては笑うのだ。




「てっちゃん、大丈夫?」と隣で寝ていたマサミが言った。

「うん。超たのしい」と僕が言う。


外には明るい月があった。
もうすぐ朝が来る。明日はもう今日になった。


ゆっくりと白ずんでいく世界と共に、ゆっくりと僕の魔法も解けていく。

それでも僕はもう知っている。世界がなんなのか、ということを。



僕は世界で、世界は僕だった。





さて世界を愛しましょうか。


登り始めた朝日にゆっくりと伸びをして、僕はそうつぶやいた。







すばらしきアヤワスカの日々、一日目の出来事。

2009年6月2日火曜日

世界一周(43)ペルー/シャーマンとアヤワスカとスイピーノと







DATE:2009/06/02 Peru - San Francisco -


ガタゴトと音を立て、ただ草を切り払っただけの道をコレクティーボは進んでいく。

ここはアマゾンの入り口。
そんな事を言われなくてもわかるほど、辺りの景色はまさにジャングルらしいジャングルで、
見たことのない世界へ僕は進みだしてしまっていることが肌でわかった。

そんな未知の世界になぜか恐れを感じないのは、
この辺りの景色がのどかでほのぼのとしているのと共に、
通り過ぎたいくつかの小さな町の人々が素朴すぎるほど素朴な笑い声を上げていたからかもしれない。

あちこちに穴ぼこが空いたオンボロで
ただ揺られるがままにサンフランシスコ村のスイピーノを目指した。

それが僕の奇跡といっても良い体験の始まりだった。



町中を知り尽くしているはずの乗り合いタクシーも迷うほど、
スイピーノと呼ばれるシャーマンの儀式場は小さなサンフランシスコの村の、
さらに奥の奥に立てられていた。

「まさみー、来たよー!」

と僕の声に、板を張り合わせただけの家のドアが開き、
出てきたマサミはいつもどおり寝ぼけ眼のままだった。

へへへ。と笑い久しぶりの再会を喜ぶ。
なんだか知らないがここまで来てしまった。そんな実感がやっとわいてきた。




まだシャーマンのロヘルはいなかった為、
しばらく二人で離れていた間の物語を分かち合い、
ここスイピーノの、アヤワスカについての簡単なレクチャーを受けた。


ここに来てから知ったのだが、サンフランシスコ村はシピポ族という民族が暮らす村で、
シャーマンの暮らす村としてはけっこう有名らしく、
このスイピーノ以外にもいくつかの儀式場があるらしい。
つまりその数だけシャーマンもいることになり、
この村はシャーマンだらけの村だということだった(と言っても10人はいない)。

ここスイピーノには簡単な宿泊施設もあり、
僕もまた他の仲間と共にこの場所で共同生活をすることになる。

宿泊施設と言っても単に板を張り合わせただけの壁に、
上からやしの木の葉っぱを乾燥させて作った屋根をかぶせてあるだけの、
この辺り伝統の簡素な家で、なんと電気も来ていない。

幸いキッチンというか水場はあり薪を使ってそこで食事を作ることができる。
水は地下から汲み上げた地下水で1日に何回か発電機を使って水を汲み上げる。

しかし食事が作れると言っても、
その材料はと言うとサンフランシスコ村では満足にそろえることができないのが現実だ。
さすがにこの辺りで暮らす人々ともなるといくらかは自給自足でまかなえるが、
仮宿の身としては残念ながらそうはいかない。
なので、ここから乗り合いタクシーで1時間のヤリナコチャという町まで、
週に1度は買出しに行かなくてはならないのであった。



そしてその食事にもまたここならではのルールがある。

アヤワスカの為の食事制限。

そんなものが体験の前には必要とされる。
塩、油、砂糖、唐辛子。これらの調味料は使うことができないし、
にんにくやパパイヤなど幾つかの食材にも制限があるという。
もちろんビールなどは厳禁。てなわけで食べると言う事にはいろいろと大変な制約があるのだそうだ。

が、まぁさすがにその制限を全て厳密に守るのは難しいため、
そこは各自の判断に任せて、という事になっているらしい。
ストイックに塩などを抜いて食事を取り続ける人もいるし、
おいしい方がいいに決まっていると減塩程度に留める人もいる。

アヤワスカというものが飲んで摂取するものであるので、
そりゃ科学的に考えれば体の状態に効き目が左右されるのはわかるので、
幾つかは確かに何らかの効果があるのだと思う。

じゃぁ個人的にそれをどう思っているのかと言うと、
「きっと修行好きの日本人が考えた過剰反応」だと思っている。

幾つかは確かにシャーマンの体験を元に語られた正しい制限なのだとは思うが、
きっと殆どは外国人がいろいろと試してみるうちに考え出された方法なのだと思う。
もちろんそれで効き目が左右される可能性はあるが、
論理的に考えてサンプル数が少ない上に主観であるため、
そんなものが実際に有効であるという確証はゼロに等しい。

実のところ、そんな事をやっているのは日本人だけで、他の国の人は油を使って調理もしているし
個人的にもシャーマン自身にそうしろと言われた事はない。
なにせ食事付の体験コースでは塩入の料理が出るほどだ。
もちろんそれでメンタル面で安心できるなら、やる意味はある。
が、きっとそれだけのものであると思う。

きっとやるも良し、やらぬも良しなのだ。
おいしい食事で満足した生活を送るのが正しいとは思うが、
それを欲望だと思ってしまえば心は不安定になる。
どちらを「信じ込むか」がきっと大事なのだろう。

ちなみに食事だけではなくここではセックスも禁止。
ともかく「欲」が付くものは全部禁止されているのがこの場所だった。

欲望こそが生きる力。そんな自論を勝手に持っている僕としては宗旨が違うが、
まぁ、それも未知の体験への清めの儀式。久々の禁欲生活ってのも悪くない。



さて、食事の話の中でも出てきたのだがスイピーノにはもう一つ驚くべき事が。


なぜかここ、日本人だらけだ。

たぶん、この村に来て一番驚いたのがそのことじゃないだろうか。
それも1人や2人じゃない。なんと僕を入れて総勢10人近く。

こんな南米の辺鄙なところに日本人がこれだけいるのは異常といって良いだろう。
まるで日本人宿の様相を示しているのだ。

なぜ、と言うと答えは簡単で一人の男の子が、
一度ここでアヤワスカを体験して、その後、知り合いに声をかけて集合したそうなのだ。
そんなわけでここスイピーノは日本人だらけ。
メンバーはさすがこんな所に来るだけあって、ユニークな人達ばかり。
それはまた後で紹介することにする。

しかしまぁ、やっぱりこれが一番の驚きだった。
もちろん何人かの他の国の人もいるが、ともかくスイピーノは日本人であふれていた。



そして肝心のアヤワスカについてだ。


世界最強のドラッグ。

それが一つの呼び名であり、むしろその名で知られている方が多いという。

が、この場所で聞くその名前はもっと神聖なものだった。

アマゾンに生息する2つの植物を混ぜて作られるというこの薬。
もともとはシャーマンが治療の為に使うものであったという。

非科学的な話にもなるが、
シャーマンの仕事としては薬草などを通じて病を治すものから、
人からかけられた黒魔術を解くというものまで幅広い。
もちろん病気ではなくても、本人の才能を探す手伝いなどいろいろな役目を持っている。

シャーマンというと魔術的なものを感じるが、
どちらかというと医者に近いというのが現実の姿だろう。

現にスイピーノをはじめ幾つかのシャーマンの元には、
病気になった村人が尋ねてくることもあるそうだし、
誰かにかけられたという黒魔術を解くために治療を続けているという人もいるという。

個人的には非科学的なもの自体は信じないが(そもそも非科学的という定義はあいまいだけれども)、
それでも「呪い」という形の黒魔術は理解することができる。

ほぼ昔読んだ本の受け売りだが「呪い」とは人に何かを思い込ませることであるとも言える。

つまりある現象に対しての解釈は人それぞれだが、
それに悪意を混ぜ込むことで対象にする人に悪い方向に解釈をさせるというのが「呪い」と言える。

例えば「黒猫が横切る」なんて別になんともない出来事を、
「これから悪いことが起こる」と言われてから体験したらどうなるだろう。
ほんの少し不安になるかもしれない。他の全てのことが悪い予感に変わるかもしれない。
その後、足をくじいたとしたらきっとそれを呪いだと思うだろう。
しかし足は別に誰に何かを言われなくても挫いたかもしれないのだ。

だからそういう形での呪い、黒魔術というのはわかる。
ちなみにきっと「常識」というのも呪いの一つで、人はいろんな意味で暗示にかかっている。


そんなわけできっとその思い込みを無くすことがシャーマンの白魔術なのだろうが、
もしかしたらそれは違うかもしれない。信じてはいないがあるかもしれない。
ここに来ると「ありえないことはありえない」そんな言葉が素直に浮かんだ。


そんなシャーマンの秘薬だが、
飲むと何が起こるのかというと、強烈な幻覚作用がこの薬の特徴だ。

いくつものヴィジョンと呼ばれる幻覚というかイメージが直接脳に送られてくる。
それがこの薬の力であり、それを元に人は様々に世界を解釈する。

もちろんそれは美しい世界であることもあるし、醜い世界であることもある。

ただ共通して言えるのはそれは「世界」であり「自分」であることらしかった。

つまりはこの薬は世界と自分を理解するための薬なのだろう。

体験もしていないので何とも言えないが、
ともかく僕がマサミや周りの人々から聞きかじった知識ではそういう事らしかった。

そしてそれはとてもまずい。ということもまた事実のようだった。


・・・まずいんか。

とここまで来た努力を捨てたくなるほどのショック。
まずいものなどわざわざ何が楽しくて飲み食いしなくてはならないのだ。

食事とはこの世で最も楽しいものの一つのはず。

それを冒涜するなんてゆるせん。というよりは嫌だ!
と、ダダをこねても旨くなるわけではないので
たった50ccほどだという、うれしいのかうれしくないのかの情報を得て喜び、
「それでも毎回、飲む前に後悔するよね」という言葉にまた気分は急降下した。

そしてさらに、
「しかも儀式中にかなり吐くよね」との追い討ちに、少しばかりここに来た事を後悔したのは仕方ない。
しかしその「吐く」という行為でさえ、体の浄化という治療の一種であり、
それもまたアヤワスカの効果の一つのようで、ここまで来たらなるようになれ、としか思えなくなった。




そんな秘薬アヤワスカ。そしてその舞台、スイピーノ。

しかしそこで儀式を行うシャーマンはと言うと・・・普通のおじさん!?なのだ。

驚くべきことに普段のシャーマンはTシャツ&ジャージの普通の一般人と変わらず、
たぶんどこで会ってもその人がシャーマンだという事は気づく事は出来ないだろう。
僕の到着後、しばらくしてふらふらっと現れたシャーマンは、
そんな何処にでもいるような普通のおじさんだったのだ。

シャーマンというと何か神秘的なものを想像していたが、
どうやら現代に暮らすシャーマンは普段はただのおっさんらしい。

そりゃまぁ、博物館にあるような伝統的なシャーマンの衣装で暮らすのは、
さすがに辛いのだろうが、初めて見る者には結構な驚きだ。

その後、彼らの偉大な力を見せ付けられ「ただのおっさん」ではない事を思い知らされるのだが、
それはまた後の話。今はただの村人Aにしか見えない人に、
なんかこう世の中っていろいろあんな。としか思えなかったのであった。



以上。それがアヤワスカとスイピーノ、そしてシャーマンについての説明だ。

体験もしていないのでそれ以上の事はわからない。
それはきっと今日の夜にわかるだろう。


そう、今夜。初めてのアヤワスカ体験をすることに決まっていた。

何もすることがないこの村。
ここに居る時間は、ただそれを待つだけの時間だ。

久しぶりの再会、話は終わることがなく時間はどんどん過ぎていく。
アヤワスカに対するいくつもの素晴らしい体験。
それを主観に変えられる時は近かった。


午後4時以降は儀式の為に食事を控えた方が良いということで、
まだ日も沈まぬうちから夕食の準備を始めた。

薪を使った調理はかなり久々で、なんだかキャンプのようだった。

食事制限はと言うと、やはり旨い方が良いという結論に至り、
塩分控えめで油は使わない、という出来る限りに留めた。


食事も終わり、日も暮れると夜9時から始まるという儀式をただ待つ時間が来る。

不思議と不安はなかった。

この場所の雰囲気の為か、心は凪いでいた。

明かりもない部屋の中、蝋燭の明かりだけが風の中ゆっくりと火をくねらせた。
外からは虫と鳥の声だけが響いていた。意外にも大きなその音に逆に静けさを感じる。
空は晴れ、満月に近い楕円形の月が地上を照らし出していた。





儀式の時間になると、寝袋や水などの用意を持って儀式場へと向かった。
太陽のような月明かりにライトも持たず、ゆっくりと歩く。

既に何人かは儀式場でくつろいでいるらしく、
吹き抜けの小屋に蚊帳で覆われただけの簡単な儀式場にはもう明かりが灯されている。

外には月明かり、そこには蝋燭の明かりだけ。

暖簾をくぐる様にそろりと蚊帳を明け、僕はその和の中に入っていった。


ここで今夜、何かが始まるのだ。


シャーマンがパイプを吸い、フィッと音の煙をはいた。



そして。そして儀式は始まった。

2009年6月1日月曜日

世界一周(43)ペルー/ジャングルを進め











DATE:2009/06/01 Peru - Pucalupa -


うるせぇ。うるせぇ。うるせぇ。

各駅停車のバスの旅に慣れてはいたものの、
朝5時から始まるペルーの民謡にはさすがに耐え切れず、悪態が口をつく。


せめてロックやポップスならましなものの、
ボリビアやペルーのバスの中は延々とその国の民謡が流れ続ける。

最初のうちはもちろんその雰囲気に異国情緒を感じるが、
同じような音楽が延々と流れるのを聞いていると、さすがに飽きもくると言うものだ。

実際のところ本当に同じ音楽が流れているのだ。
どうやら国全体で10曲ぐらいの流行曲しかないようで、
どこに行っても同じ音楽が流れている。
湯水のようにリリースされる最近の日本の音楽シーンに慣れた身には、
正直、同じ曲、しかも民謡らしく同じリズムとメロディーが続くのはかなりしんどい。

しかし地元の人は、と言うとむしろ楽しんでいるようで音楽が止まる度に、
「ミュジカ!」と言って曲を要求し、僕はそれにまた渋い顔をする。
そんな地獄の民謡漬けが耳をふさいでも意味が無いほどの大音量で何時間も続いている。

きっと日本も数十年前はこんなものだったのだろう。
ウィークランキングなど必要としない美空ひばりの生きた時代。
バスに乗る大人も子供も同じ音楽を聴いている時代。

そんな時代に思いを巡らせたが、やはり朝5時からの音楽は耐えかねた。
いつの間にか悪くなり始めた道路の中、飛び跳ねながらただ音が止むのを待つのであった。



まったく眠れてはいなかったが、眠ることを諦めれば外には新しい景色が生まれている。

ジャングルの景色。
そう、緑の多い茂るジャングルの景色が窓の外には広がっていた。

高い木はあまりなく茂みのような風景が目の届く限り延々と広がっている。
時たま滝のようなものが見え、その内のいくつかは道路まで水浸しにし、
バスはゆっくりと水の中を浸りながら進んだ。
滝のせいなのか雨のせいなのか決壊した道路も多く、
土が流れ出たがけ崩れ間際の砂利の道を何度も何度も通り越した。


もうコートは要らない。
夜中、寝袋が必要なほど冷え込んだバスの中はTシャツでも蒸し暑いほどだ。

そういえばリマからジャングルがあるプカルパまでの道はアンデスを越えていく。
いつの間にか通り過ぎてしまった山々だが、ここを越える時にはいつも凍えるのだ。
アンデスを越えた先にジャングルがあり、そこを目指している。
同じ国の中でもこんなにも違いがあるのが不思議なことに思えた。


ジャングル付近の町はリマ辺りの町並みとはやはり変わっている。

まず幾つかの古い家は高床式の木造建築になる。
日本の昔の建築物とそう変わらないその家々の姿。
この辺りに洪水が多いためか、それともネズミの被害を避けるためか。
どちらかはわからないが、国を超えて共通する家のスタイルに少し親近感を覚える。


そんな家だが、なぜかオウムに「×」が上塗りされた絵が良く目に付く。

その他にもトラだったりとか、果物だったりとか幾つかバリエーションがあるのだが、
やはり一番多いのはオウムが3匹並んだ姿で、何の意味があるかはわからないが、
この辺り特有のものに見える。

オウムなどの希少品種の乱獲を防ぐ意味なのか、それ以外の意味なのか。

なんだかは判らないが道々に溢れるそのペイントは、何か特別な意味を持っているように見えた。



プカルパという町がこのバスの終着点だが、
そこに着くまでにはいくつもの町を通過する。

町になればさすがに高床式の家はなく殆どがレンガ作りの、
ペルーらしい青やピンクで彩られた家が並ぶが、
そこを走る道路には意外なものが走っている。


トゥクトゥクだ。


この辺りではモトとかバイタクとか言うのだが、
バイクの後ろに人の乗る荷台が付いたスタイルはタイのものとほぼ同じだ。

実はこのバイタク、チチカカ湖の辺りでもよく見かけたのだが、
クスコ、アレキパ、リマと都市部になるといきなり姿を消すのだ。

もしかしたらあの辺りの町の路地が小さ過ぎてバイタクが通れないのかもしれないが、
なぜか全国共通でないのが面白い。

ちなみにトゥクトゥク型のバイク付きもあるが、
インドのような人が自転車をこぐリキシャータイプも活躍している。

なので道だけ見ればオートリキシャーとリキシャーで溢れるインドのようだが、
ジャングルと言ってもそこはペルーであるため、
インドのような喧騒も汚さは溢れておらずまったく違った雰囲気がある。


プーノ、クスコ、アレキパ、リマ。そしてジャングルの町。

ペルーはその町それぞれに違った雰囲気を持っているのが面白い。
実際、先のバイタクのように交通手段も違うし、暮らす人々の文化も違う。

そんなペルーという国にいつの間にか惹かれている。
マチュピチュやナスカだけではない、いくつもの魅力がこの国にはあった。

だからこそいま僕はジャングルの奥地を目指しているのだろう。
この国を、そして驚きをもっと見てみたい。そんな思いが僕にはあった。




予定時刻よりも3時間遅れ。

ようやく着いたプカルパの町はもう既に3時をまわっていた。

今日はやっぱこの町に1泊することにしよう。
ダイレクトでさらにここから1時間ほどの
シャーマンが暮らす村サンフランシスコまで行くこともできたが、
21時間のバスの旅、ここで体調を整えてから伝説へと挑戦することにしよう。


それに・・・おなか痛ひ・・・。

なんに当たったのかはわからないがリマからずっとおなかの調子が・・・。
本当に呼ばれてるのか、アヤワスカに。と疑問が過ぎったがここまで来たら試すのみ。

意外にも大きなこの辺り1の都市プカルパの町の安宿に荷物を降ろし、
色々と制限があると言うアヤワスカの体験前に最後のビールを飲み干した。


さて、アヤワスカ。やってやろーじゃん。


強がりからか体調のせいか、それとも期待感からか。

なぜかいつもよりまわるビールの酔いに心地良く酔いしれた夜だった。