2009年4月10日金曜日

世界一周(41)アルゼンチン/僕たちが信じるものは















DATE:2009/04/10 Argentine - Bariloche -


なんだか町がのんびりだ。


日曜かと思い曜日を確かめるも今日はまだ金曜。
どうやら町は休日らしくほとんどのお店はシャッターが下ろされ、
町を行きかう人々もまばらである。

今日は自転車に乗って遠出をしようと思っていたが、
そのレンタル自転車屋さんさえもお休みで、
しかたなく僕も町と一緒にのんびりすることにした。


湖のあたりをぶらぶらしてしていると、
休日らしく家族連れの風景がちらほら見える。

犬と戯れる家族。
石を遠くまで投げ込もうとがんばる男の子。
水辺の石を使っておままごとに興じる二人の姉妹。
空高くカイトを張り勢いよく湖をすべるパラセイリング。

そんな湖畔の休日を眺めながら歩く。

バリローチェの湖畔の色はどこか青みがかっているように見える。
高度のせいなのかそれとも季節のせいなのか。
湖も足元に転がる石ころも。
なぜかうっすらと青い光をまとう。



ごろごろとした石の上を歩き、川を飛び越してしばらく歩くと、
地元の若者たちが焚き火をしているのが見えた。

通り過ぎようとすると「カモン!」との声がかかり、
ヒッピー風の若者たちに混じり宴が始まった。


おんぼろのプレーヤーからひび割れたレゲエの音が溢れる。
焚き火で焼いた肉をナイフで切ってほおばる。
ある者はジャグリングを、ある者はサッカーを。
赤ワインのビンが回されそれがあっという間に空になる。


僕が今日はお休みなの?と聞くと、
「今日はイースターよ。」と答えた。


「でも俺たちは宗教なんて信じちゃいないけどね」誰かがそう言った。
「この大地と自然。そしてこのアミーゴ達。私が信じるのはそれだけよ。」誰かがそう続けた。


「そしてボブマーリーもね」僕はそう続けた。



One Love One World, Let's get together now, be allright.

2009年4月9日木曜日

世界一周(41)アルゼンチン/湖の畔で赤ワインを











DATE:2009/04/09 Argentine - Bariloche -


朝目が覚めたのは10時をまわってからで、
さらに朝ごはんを食べたりなんだりで、
結局外に出たのは12時をまわってからだった。

そんな一日が似合うバリローチェの町。

何もせずのんびりが良く似合う。


南米のスイスとは良く言ったもので、
確かにスイスのジュネーブを思わせる湖に美しい山々。

スイスと言ってしまうとやはり本場よりは。と言いたくなるが、
それでも美しいことには変わりはなく、
坂の多い町を1時間もふらふらとさまようとすっかりこの町が気に入ってしまった。
でもスイスを模したのかチョコレート屋さんが多いのには少し笑ったが。


それにしてもアルゼンチンの町はなんて美しいのだろう。
前回訪れたメンドーサの町もまた美しい町だった。

バリローチェの町は湖を囲むように小高くそびえる丘の上に作られていて、
歩くたびに景色が変わっていく。

立ち並ぶ家々は白を基調とした美しい色で彩られ、
上下、そして左右へと伸びる道も美しい。

そういえばこの町はネパールのポカラにも似ている。
あの何もしないことが許される愛すべき町を思い、なんだか懐かしくなった。

そんな町の中にいて忙しなく観光するのも馬鹿らしくなり、
ワインとチーズと生ハムを買い込んでのんびり一人、湖の畔で宴を開くことにした。



目の前に広がる湖は大きく広く、
まるで海にいるようにさざ波の音が聞こえる。

さらさらと砕け散る波の音を聞きながら、
グラスへと赤ワインを注ぎ太陽の光を浴びる。

なんだかそんなお洒落で少しナルシストな出来事がとても似合う町。バリローチェ。

ゆったりとクラシックを聞きながら、
ただ波の音にゆられ日が沈むのを眺めた。


遠くにチリ人の若者たちがギターを片手に歌っているのが見えた。

それを見ていたら僕もむしょうにギターが弾きたくなり
いま僕がそれを持っていたらどんな音楽が生まれるのかを夢想した。


畔にはいくつかの若者たちのグループが温かな午後のひと時を楽しんでいる。

一匹の犬が彼らに近づき、棒を差し出す。
彼らがそれを湖の中に投げ込むと、
凍えそうなほどの水の中へ勢い良く飛び込み、
棒を加えて戻ってくるとうれしそうに尻尾を振った。


僕は僕でそんな彼らのことを眺めながら、
赤ワインと波の音に酔っぱらった。


いろんなことを考える。

いろんなことをかんがえる。

そしてついでに岩場の上。眠りこける。


あっという間に落下した太陽は空をオレンジに染めゆっくりと闇が滲んだ。

2009年4月8日水曜日

世界一周(41)アルゼンチン/アンデスを越えて







DATE:2009/04/08 Argentine - Bariloche -


10時半発のアルゼンチン、
バリローチェ行きのバスはあいにくの曇り空。

期待していた景色も曇り空のためか、
延々と牧場が続いていくだけでそれほどのものでもない。

時折、青空が見え光が差し込むが、
遠く見えると聞いていたオソルノ山は姿を現すことはなかった。

残念だが仕方がない。
これも旅という奴だ。

それにオソルノ山は昨日美しい姿を望むことができたし大してがっかりした気分ではない。



アルゼンチン国境に着くと、
まずは2回目のチリ側の出国スタンプが、
そしてさらにバスでしばらく進んで2回目のアルゼンチンの入国スタンプが押された。

チリ、アルゼンチン、チリ、アルゼンチン。

この辺りを旅しているとまるで夏休みのラジオ体操のように、
ばしばしとスタンプが溜まっていく。

そんなわけで少しばかり僕はパスポートの心配をしている。

このまま旅を続けていれば
いつかどこかでスタンプを押す場所がなくなってしまうかもしれない。

それはちょっとだけうれしい出来事だが、
パスポートの増紙をしなくてはならず少しばかりめんどうなことでもあるのだ。



いつものような荷物チェックはされず、
アルゼンチン側の入管を越えるといつの間にか空は晴れ渡っていた。

チリからアルゼンチンに抜けるには、
どこを通っても大概アルプスを越えていくことになる。

この国境もご他聞に漏れずアルプスの山道をがんがん進んでいく。

山などいまさら見飽きてしまってはいるが、
やはりこの辺りの景色は美しい。

そしてひとつのことに気づいた。紅葉だった。


いつの間にか季節は変わり始めていた。
夏だと思い込んでいた南米にも秋が訪れようとしている。

少し肌寒くなった空気は単に南下を続けているからだけではなく、
僕が地球を周るように季節もまた周っていた。


夏から秋になり冬になる。

そういえば季節の移り変わりを感じるのはこの旅で初めてかもしれない。
大概の国は季節が変わる前に国境を越えてしまったし、
それほどわかりやすい季節の変わり目は感じることがなかった。

季節が変わる。

そんな当然のことが長い旅の中、忘れ去られていた。


そう言えば今、日本は桜の季節なのだ。

いつの間にか日本の今を想像できなくなっていた事に驚き旅の長さを知った。

黄色く色づいた木の葉を見て、東京の桜を思うなんて。

黄色い木の葉を見て日本に残る仲間たちの事を思った。
僕抜きで桜の宴をするなんてどうかしてる。なんてことを。


地球の裏側にもまた季節が色づき始めていた。



アンデスの山の中、いくつもの景色が通り過ぎた。

黄色く色づいた木々。薄緑の藻をまとった枯れ木。
森に差し込む光と影の長さがまた秋を感じさせた。

時たま湖が顔を出し銀色の水面に秋の日差しがきらめいた。


バリローチェの町はそんな湖のひとつの湖畔に姿を見せた。

きっとあの町もまた美しい町だろう。

遠くに見える町をまだ山道を降りるバスの中で見て思った。
大きな湖の中にぽつりと生まれた町は景色に溶け込むように広がっていた。



バスターミナルにたどり着き、
さっそくいつものように次の行き先の情報を調べるも見つからず、
相変わらず観光案内所は看板だけで人が居らず、
しかたなしに市内バスに乗り込んで宿へと向かった。

バスから見る市内はやはりきれいな町並みで、
少し観光地化が過ぎる気もするがそれはそれで美しかった。


地図を頼りに宿に向かう。

すり鉢状の湖の湖畔に立つ町なので、
町全体がなだらかな丘のようなところに建てられている。

目当ての宿は坂の上にあり、
少しばかり階段を上らなくてはならなかったが、
逆にそのドラマティックな場所が気に入って、
きっとこの町が気に入るだろうという予感がした。



宿にチェックインして荷物を降ろし、
そろそろ夕日も沈むころだったがせっかくなので湖へと向かってみることにした。

端から端まで5キロもない細長い町並み。
湖に沿うようにすらりと伸びた街のためどこからでも湖へと向かうことができる。

湖では夕暮れを楽しもうと何人かの人々が
波止場に座ってのんびりとした時を過ごしていた。


高原の湖らしく、湖は透き通った青い色をしている。

穏やかに見えた湖もパシャリ、パシャリと意外と大きな波の音。
それに子供たちが遊ぶ笑い声が混じる。


しばらく風に吹かれ、そして宿に戻った。


久しぶりのアルゼンチンの風がとても温かくそして心地よかった。

2009年4月7日火曜日

世界一周(40)チリ/名もなき町のとある教会











DATE:2009/04/07 Chile - Osorno -


朝5時、5分前。

なぜか旅に出てからこういうことが多いのだが、
きっちりと時間前に目が覚める。

日本で働いたり学校へ行ったりしていた時は
まったく能無しだった体内時計が今はすっかり高性能。
時間なんてほとんど気にしないバックパッカーには宝の持ち腐れって奴だ。


そんなわけで時計にそれを知らしめるために、
早朝6時のバスをやり過ごし僕はふかふかのベッドの中へと潜りこんだ。

全てはふかふかベッドの所為だ。




次に目が覚めたのはすっかり日が昇った9時半ごろ。
いそいそとパッキングをして11時のバスへと乗り込んだ。

今日はオソルノという町まで行き、
そこで一泊し明日またバリローチェ行きのバスへと乗り継ぐ。

プエルト・モントで一泊しても良かったが、
前に乗り継ぎの時にちらりと見た限りでは何か面白そうな町とは思えなかったし、
だったら知らない別の町へと行ってみるのもアリかと思ったのだ。

それにオソルノまではプエルト・モントから1時間かかるのに、
2ドルほどしか変わらず、もしかしたらこちらのルートの方が、
バリローチェまでのバス代が少しは安くなるかも知れないと期待もしている。



さらばチロエ島。

なんだかんだ気に入ってしまった、
「かわいい」だらけの島を去るのはちょっとだけ寂しかったが、
また次の町が待っている。

バスは相変わらずキラキラな乙女の島を走り抜けると、
フェリーに乗り込みプエルト・モントへとたどり着いた。

プエルト・モントで30分ほど休憩すると、
1時間ほどサンティアゴからの道を引き返してオソルノへとたどり着く。


プエルト・モントからオソルノへの道。
行きのバスの中では気がつかなかった美しい山を見た。

富士山のような美しい八の字型の万年雪を抱いた青い山。

あれが有名なオソルノ山という奴か。

オソルノからバリローチェへの道の途中にももう一度姿を現すという。
明日のバリローチェ行きにもまた期待が高まった。




オソルノの町。

さすがガイドブックにもほんの少ししか記述がないだけあって、
見た限りはやっぱり何もない気がする。

バスターミナルの周りが中心街のようで、
やたらと大きなスーパーマーケットやショッピングセンターがいくつもある。
地方の中心都市といった所だろう。
観光するには物足りないだろうが、
どうせ乗り継ぎのための中継地。
ともかく明日、バリローチェへと行ければ良い。


バスターミナルでバリローチェ行きを探すも、
結局、プエルト・モントで買う値段と一緒で少しバス代が高くついた。
作戦失敗という奴だ。

適当な宿を探しチェックインすると、
キッチンが使えると言うことだったので、
久しぶりの自炊をしようと買い物がてら町をふらつくことにした。


ショッピングモールにいくつかの教会。
町並みはいたって普通で田舎の商店街を思い出す。

町の中心には公園があって例によって噴水なんかが水しぶきを上げている。

そんな何でもない街角にある教会をふと見ると、
それが奇抜なデザインであることに気づきいぶかしみながら近づいてみる。


誰が作ったのかもわからない大聖堂。

その外観はいくつもの楕円を重ねて作ったようで、
コンクリート造りの建物の真ん中にすらりと高い塔が伸びている。

どこぞの建築家が作ったのかは知らないが、
チロエ島のシンプルな木造教会を見た後ではとても新鮮に思える。


そういえば南米の教会はこういうデザイナー建築的なものが多いような気がする。

ヨーロッパの文化をミックスしているからなのか、
ブラジルやチリの教会もまたコンクリート造りのユニークなものだった。

ヨーロッパのように伝統に縛られない、
南米らしさというべきなのか、南米の教会めぐりもまた面白い。



教会の扉を開ける。

まず飛び込んできたのは聖歌隊の歌声だった。
どうやら練習をしているらしくオルガンの音と共に
美しいソプラノの声が大聖堂の中に響き渡っている。


そして僕はその内部の美しさに思わず絶句したのであった。


なんでこんなところに。

そう思ったのが僕の第一印象だ。
それほどにオソルノの大聖堂は美しく光に満ちていた。

南米ではもちろん、ヨーロッパでさえも
これほどに美しい教会は見たことがなかった。

壁一面を赤みがかった黄色いステンドグラスが囲み、
夕日を吸い込んだ窓から声を失うほどの美しい光を放っている。

その光とコンクリートの曲線が生み出す影が、
教会にコントラストを与え光をさらに強調している。

大聖堂の両脇から。
そして十字架の掲げられた教壇の後ろからも。

その黄みがかった光は世界を照らし神を演出していた。


これこそがキリスト教。

追求された舞台装置は僕らをいつも感動に陥れる。



しばらくその光を浴びながら聖堂の中を歩き、
そしてまたしばらく長椅子に腰を下ろして教会の中をじっと眺めた。


名も知らぬ町でこの教会に出会えたことは幸運以外のなにものでもないだろう。

きっと世の中にはガイドブックには載っていない埋もれた宝物がたくさんあるのだろう。
僕は幸運にもそのひとつと今日出会えた。



たとえ一生世界を旅したとしても、世界は知らないことばかりだろう。

そんな世界の大きさに絶望する。

そしてそれは世界のほんの一握りで
人は幸せに生きていくこともできるという事でもあるのだ。


僕たちは昔、一粒のキャンディーで微笑むことができた。

それを忘れてはいけない。

2009年4月6日月曜日

世界一周(40)チリ/かわいい町の教会は











DATE:2009/04/06 Chile - Castro -


チロエ島の教会は木で出来ている。

この辺りの気候と素材を上手く生かした独特の教会で、
チロエ様式と呼ばれる現地の伝統建築と
西洋の建築スタイルをミックスしたユニークなスタイルをしている。


カストロの中心に立つ聖堂はゴシック様式とミックスした面白い建築で、
チロエ島に立つ他のいくつかの教会と含めて世界遺産に登録されている。


このカストロの聖堂の何が面白いって、
なんと聖堂の外装がトタンで出来ているのだ。

なんとも安っぽい教会のように聞こえるが、
そのクリーム色の色合いがなぜか上手くマッチしていて
チロエ島のかわいらしさを取り込んだいい感じの建築物になっている。

聖堂の内部は意外にも明るく、
自然の木の色が美しく取り込まれている。

ヨーロッパ含め多くの教会が石で作られているため、
この教会の木の色は温かくやさしさを感じさせてくれる。

学校の体育館を思い出させるその木の教会は光とやさしさに満ちていた。


外はあいにくの雨降りなため、のんびりと教会の椅子に座って過ごす。

しばらくしておなかも減ったので近くのレストランで、
カレー味の絶品スープを食べていると空は輝きを取り戻し、
満腹で外に出たときにはすっかり青空になっていた。

この辺りの天気はどうもそうらしい。
朝、曇り空。そして昼は晴れだ。
バルパライソの空をなんとなく思い出した。


雨の後、にキラキラと染められた町を歩く。

相変わらずついニヤニヤしてしまうほどにかわいい町だ。

木造りの小さな家にパステルカラーのペイント。
小さな庭にはバラや季節の花が咲き乱れている。

いくつかの家はこの辺り独特の、
木の板を立に重ねて壁にした家に住んでいて、
屋根瓦のような壁がとても面白い。


そう言えばここに暮らす人々もサンティアゴのチリ人とは別の顔をしている。

ころころした丸い顔に大きな瞳。
こう言ってはなんだがチリ人と比べて圧倒的にかわいい。

たまに恋をしたくなるほどの美少女もいて、
チリらしく高校の制服を着ているとそこは天国のようにも思えた。
うっかり危ない世界へと入り込みそうなほどだw


しばらく歩くと水辺の家々が立つエリアにでて、
水上に柱を立てて建てられたその独特の家々の
黄色やオレンジのペイントが水に映りこむ様を楽しんだ。

水辺の家々は崩れかけのように見えるが、
その中でもしっかりと人々が生きているようで、
煙突の上からはもくもくと煙が上がっている。

この辺りではまだ暖炉も現役で、
たくさんの薪を積んだトラックも良く見かける。

そんなのどかな生活が良く似合うチロエの島だ。



湖のほうを見れば先ほどの雨のせいか、
湖に浮かぶ船に向かって虹が伸びていた。
しばらく虹は消えず湖畔の幻想的な雰囲気を楽しんだ。

湖の辺はやはりそこが海の一部であることを示すように、
引き潮によってずいぶんと水かさが減っている。
現れた海岸を縁取るように海鳥たちの白いラインが引かれていた。



今日の夕方に発つバスに間に合うかが不安で少し迷ったが、
チロエの郊外の景色も見てみたくなり、
路線バスに乗ってカストロから5キロほど離れた
ネルコンにある教会へと訪れてみることにした。

丘の上をアップダウンし、
川を越えカーブを何回か曲がるとあっという間にネルコンの町へとたどり着く。

「ここだろ?」と言って降ろされたところは、
まさに教会の目の前にバスの運転手に礼を言いそこに向かった。

カストロの町自体もそうだったが、
チロエ島に訪れる観光客は少ないらしく、
ネルコンの教会には人っ子一人いなかった。

日も傾き始めていて教会は静かな時間を過ごしている。

中に入ることは出来なかったが、
カストロの教会とは違ったつくりの教会を周りから眺め、
花で溢れる墓地をめぐってその場所を後にした。


教会から離れ、バスで来た道をのんびりと歩いて帰る。

湖のような入り江を囲むように道は続いている。
少しアップダウンがある田舎道をのんびりと景色を眺めながら歩いた。



途中でバスを拾い町に戻ると、
バスの出発時間ギリギリで間に合うことには間に合ったが、
なんだかめんどくさくなってしまい、
今日一日延泊することに決めチェックアウトを済ませた宿に戻り、
「バス行っちゃったからもう一日!」と照れくさそうに言った。

ヨーロッパ、中東辺りがピークだった高速バックパッカーの腕前は、
どうやら南米に入りタイムリミットが遠くなったことで、
ちょっとばかり鈍ってきてしまっているようだ。

この広大な南米大陸をめぐるのにはそれが調度良いのかもしれない。

宿代の節約にはなるが、
大自然豊かな南米大陸を夜行バスで駆け抜けるなんてもったいない。

南米は移動もまた大きな楽しみなのだ。
この場所で時間を惜しんでそれを楽しまずに進むなんて。

それに明日早起きすれば今日の遅れも取り戻せるさ。



そんな言い訳の数々を用意して
今日もまたワイン片手に夜のひと時を過ごすのであった。