2009年2月5日木曜日

世界一周(34)イタリア/険しき上流階級への道














DATE:2009/02/05 Italy - Milan -


ダビンチ科学技術博物館は
レオナルド・ダ・ヴィンチの残したメモを元に復元した数々の実験模型を展示している。

全体的に見るとその他の科学技術全般に関する展示が多く、
小学生などの見学も多いようで僕が訪れたそのときも沢山の子供たちが見学に来ていた。
その彼らの為なのかラボと呼ばれる実験室が多くあり、時折その中から子供たちの歓声が聞こえてきた。


中世の天才が考えた過去の遺物。

人が空を飛ぶための装置、砲弾を遠くへ飛ばすためのカタパルト。
いくつもの模型が一直線に続く廊下にずらりと展示されている。

レオナルド・ダ・ヴィンチ。
かのモナリザを描き最後の晩餐を描いた人。
その一方でこのような科学技術に対してもまた天才の力を如何なく発揮した人物。


この天才が成し遂げたことは素晴らしい。

しかし今僕らはこの天才が思いもよらなかった発展をしている。
飛行機で空を飛び、携帯電話やインターネットで世界とつながる。

こう考えてみると凡人の努力こそ素晴らしいものはないと思えてくる。
そりゃもちろん、そういった技術の開発にはいくばくかの秀才が必要なのだろうが、
それでもレオナルド・ダ・ヴィンチのような芸術にも科学にも長けた天才はそういないだろう。

天才ではない何者かが作り上げた世界。
僕ら凡人だって世界を潤すには十分な逸材なのだ。
天才の成し遂げた数々の遺功をを見ながら、不届きにもそんなことを思った。


それでもまぁ、この天才が今の時代に生まれていたなら。と思うと興味はある。

どんな発明をしたのだろう。どんな感動を生み出したのだろう。

もしかしたら現代教育に押しつぶされて単なる凡人か変人になっていただけかもしれないが。
どんな世の中も天才という素材を料理する環境があってこそ意味がある。



さて、今日のメインイベントは・・・「オペラ」

そう、オペラだ!

ミラノに来て、スカラ座のあるミラノに来てオペラを見ないわけはない。
あのブルジョアジーな世界に、ドレスコード満載な世界に、
つーか日本にいても行ったことも興味もないオペラの世界にいざ飛び込もうという訳だ。
上流階級への道をいざ歩まん!

果敢にも挑戦した先代オペラーの話によると、
どうやら学生や庶民が観覧する席が劇場には用意されていて、
そこならばドレスコードもゆるく、また料金もそう高くはないとの事だった。


実は昨日、オペラのチケットオフィスへと訪れていた。
そこでチケットの情報を聞いていたときのことだ。

「オペラのチケットはここで帰るの?」と聞いた僕に、

「はい。でもここでは高いチケットしか買えませんよ。」
とおしゃれなスーツに身を包んだ受付の男性は即答してきたのだった。

おい、即答かよ。と思いながらも、見た目がその通りなので仕方ない。
とは言えここは一矢報えるかどうかぐらいは確かめて見なくてはならない。
「チケット代はいくらなの?」と聞いてみた。

「300ユーロから500ユーロとなります」

おぃ。その程度の価格。この俺様に買えないと思っていたのか。。
と、調子に乗ってカードで買ってしまおうとするも、
こういうところでそういう小さいことをしても逆に笑われるだけなので素直に「安いのはいくら?」と聞いた。

「安いチケットは、12ユーロからで当日スカラ座の横のチケットカウンターで販売しています」との事だった。

てな訳で今は、その場所。スカラ座横のチケットカウンターの前にいた。



少し緊張した面持ちでチケットカウンターに並ぶ。
なにせ東京にいた時だってオペラのチケットなんて買ったことがないのだ。

僕の番が来てチケットカウンターの前に立つ。そして「チケット一枚ください」と告げる。

カウンターのスーツ姿の男性はちらりと僕を一瞥し迷うことなく
「12ユーロです」と言った。

おぃ。選択肢すら言わんのかい。
聞いていた話だと安いチケットにもランクがあるはずだった。
そして12ユーロのチケットはその中でも最も安いチケットだった。

ヨーロッパの人間は身だしなみで人を判断する。

それをこの旅で最も実感した瞬間であった。

とは言え12ユーロのチケットに文句はないのできっちりと12ユーロを手渡し、
僕は会場までの時間を近くのマクドナルドでつぶすことにした。



目の前をプラダ。その横をルイ・ヴィトン。

そんな立地の中に立つマクドナルド。
その世界一ラグジュアリーなマックは内装も黒をベースにしたなんだかシックな装いだ。

とは言え置いてあるメニューはマクドナルドそのもので、
なんだか逆にその無駄な抵抗が逆に世の無常さを感じさせる所でもある。

マクドナルドの前の広場では学生の団体がコンテンポラリーダンスを披露している。
20人ほどの人間が追いかけっこをするようなそのダンスは、
どこか水の流れのようでもあり人の流れのようでもありミラノらしい光景でもあった。

そんなマクドナルドの中で、いんちきラグジュアリー体験をしているとあっと言う間に開演の時間となった。



スカラ座の階段を上っていく。
吊るされたシャンデリア。それだけで上流階級の匂いがする。

因みに安チケットの観客と良い席の観客とでは入り口さえも違い、
それだけで格差の匂いもする。

ま、そんなことは関係ない。
スカラ座でオペラ。そのネタだけを達成すれば良いのだ。
そして世界で最も美しいオペラシアターの中に12ユーロで入れるのだから入場料としても文句はない。


何段も階段を上ってようやく舞台が見渡せる場所へとたどり着く。

一目見ればここが世界で最も美しいオペラシアターであると納得する。

赤と金、そして象げ色で彩られた館内はまさに上流階級の美しさ。
その糸目をつけない美しさの中央には煌く巨大なシャンデリアが瞬いている。

舞台を中心に野球場のスタンドのようにぐるりと囲まれた観客席は
何階にも渡っていて各階ごとに観客席が設けられている。
舞台と観客席の間のスペースにも椅子が設けられ舞台を眺めることができる。
舞台を正面に見ることができる席は特別なスペースのようで、
贅沢な装飾がなされその特別感を演出している。

もちろんそこに座る人々もきちんとドレスを着こなしていて、
黒や紫のシックな彩りで着飾った人々はやはりここが特別な場所であることを思い知らせてくれた。


そんなスカラ座だったが、
まるでオペラ座の怪人そのままの世界(スカラ座だけど)にすっかり魅了された僕が案内された席は、

もちろん一番上の端っこ!!

座っていればもし運良く前の人の背が小さければ舞台の半分は見えるという、
なんとも素敵な席である。
ただこの一番後ろと言うのはどちらかと言うと運が良く立って見ることもできるが、
その前の中途半端な席の場合、座っても見えず立つこともできないなかなかつらい立場になりそうだ。

そんなラグジュアリーな空間に浸りながらざわざわした観客のざわめきを聞いていると、
シャンデリアの光がゆっくりと点滅し始めてオペラの開幕となった。


すぅっと空気に溶けていくように弦楽器の音が鳴り、
いつしかそれはオーケストラの合奏へと変わっていく。
その音の響きを聞いているとやはりここがオペラハウスで音の為に生まれた場所なのだということを感じた。

しばらく演奏が続き観客の耳が慣れたころ甲高いソプラノの声が鳴り響いた。
舞台の幕がするすると開き若い男女が壇上に立っている。
女性の声が会場を包んだ後は、男性のテノールの声が続いて鳴った。


すげぇ。

オペラなど普段見も聞きもしないが、
やはり生で聞くとそれが人間の声を極限まで鍛えた楽器であることに驚く。
人の声がこんなにまで美しくなるなんて。

イタリア語、しかもオペラということもあって意味なんてまったくわかってはいないが、
いま壇上にいる人たちがもの凄いことをしていることに鳥肌が立った。

話の内容はどうやら港のどこかで船に乗った男女がどーたらこーたらしている話。。。
つまりはまったくわかっていないのだが、その場面が延々と続いていく。

セットの作りはさすがスカラ座といったところで、
場面展開が始まると船の角度が変わったり見え方が変わったりと、
まるで手品のように良く考えられたセットの作りをしている。


なんだかんだと場面は進みようやくオペラが終わったのは2時間が経ってからだった。

いやぁ、オペラ凄い。。。がやっぱり中身がわからないとつらい。

会場は閉幕と共にざわめき始め、みながそそくさとどこかへ出かけていく。
終わった。と思っていたがなぜだかみな、荷物はそこに置いたままである。

話の内容がさっぱり見えないため、なんとなく終わったような気がしたが、それすらも確かではない。
さてこのまま帰ったほうが良いか、と迷っていると、ふと隣の若い男性と目があった。


彼の名はマルコ。

聞いてみるとミラノで音楽学校に通う学生なのだそうだ。
学校ではオペラを学び今日もオペラの勉強のために観覧に来たのだという。

もし良ければオペラの内容を説明するよ。という彼の提案をありがたくいただき解説をしてもらうことになった。

お互いのつたない英語力を補いながら聞き取った内容によると、
最初に出てきた二人はどこかの王国の王女と護衛の兵士で、
彼女の母親と3人で逃亡をしている最中なのだそう。
母親は秘薬を持っていて1つを飲めば生き返り、1つを飲めば永遠の死が訪れるそうだ。
そういえば母親がその薬を娘である王女に渡していた気がする。

ついでに王女と兵士は恋仲のようで、結局は王国に連れ戻される姫を助け出そうとして、
最後には殺されてしまうらしい。
それで母親が渡してくれた薬を使うのだが・・・。

といった話なのだそうだが、英語自体もあやふやだったので確かとは言えない。


彼によるとオペラというのは事前の予習が必要らしく、
話を知っていないとなかなか楽しむのは難しいのだそうだ。
オペラの歌詞はイタリア人でさえも聞き取ることが難しく、
良い席になると歌詞が席の前のディスクプレイに表示されるのだそうだ。
そう言えば僕らの前のバルコニー席にはディスプレイがありそこに何か文字が表示されていた。

そうなるといま僕がここでオペラを聞いているのは、あまりにも無謀であるということだ。
イタリア語も、ましてやストーリーもわからずこんなところにいるなんて。


彼はいいものを見せてあげるといい立ち上がり、着いて来てと言った。

素直に立ち上がり彼に着いて行くと広間のような場所に出る。
そこはシャンデリアで彩られた華やかな広間で観客たちがみな楽しそうに談笑をしている。
そうか、さっきの観客たちはここに集まっていたのか。
彼らの手にはちらほらとワインやシャンパンのグラスが見える。
黒やグレーのシックな装いをした彼らの姿はまさに上流階級のお手本のようなものだ。
そこに立つことも恥ずかしくはあったが、御のぼりさんを決め込んで彼らの姿を観察することにした。
ちなみにシャンパンの値段はグラスでも20ユーロほど。さすがに上流階級といったところだ。


しばらくするとチカチカとシャンデリアがゆっくりと点滅を始める。

これは開幕の合図だよ。そうマルコは言った。
そう言えば最初に開演するときもこのように劇場のシャンデリアが瞬いていた。
運良く出会った彼のおかげで多少なりともオペラ通に近づいてはいるようだった。


しかし、開幕?


そういぶかしむ。
既に2時間近くも劇をしたのにまだ後編があるのだろうか。

気になって壁にかかったオペラの演目表のようなものを見た。


【演目:TRISTAN UND ISOLDE】

Written di :RICHERD WAGNER

PRIMO ATTO 80 minuti
Intervallo 35 minuti
SECONDO ATTO 80 minuti
Intervallo 35 minuti
Trezo ATTO 80 minuti


って三部もあんのかよ!!!


いや、正直オペラを舐めていた。
まさかオペラの上演時間がこんなにも長いなんて。

休憩時間も合わせると計5時間半。どんだけ耐久レースなんだ、上流階級さん達は。

しかもマルコに言わせれば今回の演目だって、オペラ全体の一シーンでしかないらしい。
全てを見ようとするならば1日では足らないに違いない。
人間の集中力の限界2時間を平気で無視したこの設定。
休憩時間を挟んだからってさすがに5時間となると無理がある。


と、そんなわけでストーリーはなんとなく飲み込めたものの、
さすがに最後の第三部ともなると集中力は途切れ始めオペラの歌声を子守唄に時たま居眠りをすることになった。
時計の針はすっかり23時をまわるころようやくオペラの幕は閉じたのであった。

そして僕は思う。


上流階級への道は遠く険しい。と。




P.S.
Special Thanks for Marco!!

2009年2月4日水曜日

世界一周(34)イタリア/最後の晩餐











DATE:2009/02/04 Italy - Milan -


でかいなー。


なんだかそんな感想しか生まれない。

今まで幾つもの教会を見すぎたからなのだろうか。
ミラノのドゥオーモを見たときの感想はそんなものだった。

いくつもの尖塔が空を目指すドゥオーモの姿は美しくはあるが、
そのゴシック様式の姿もまた見飽きたと言ってもいいものだった。


これが教会疲れという奴か。


ヨーロッパを旅する旅人がいつかかかる贅沢な病。
確かにこう毎日毎日教会ばかり見ていたら飽きもしてくる。
もう教会はサグラダ・ファミリアぐらいにしか興味はなくなっていた。
そしてバルセロナはもうすぐそこにある。
ドゥオーモの姿を見て贅沢にもそんなことを考えていた。


ドゥオーモの周りにはたくさんの観光客があふれている。

その中に混じって観光客相手の商売なのか、
鳩のえさを強引に渡したり、人の手に勝手に紐を巻きチップを巻き上げている奴らもいる。

別にそういうのは慣れているのでからかいながら彼らと遊び、
どこから来たの?と聞いてみるとセネガルやエジプトなどアフリカ系の移民のようだった。

移民と言うと正しくないのかもしれない。

恐らく彼らはビザを持たず不法滞在をしている人々なのだと思う。
そういう人々がミラノの最大の観光地のドゥオーモの前でこういった強引な仕事をしているのをなんだかなぁ、と思った。

一部の人々は彼らの行為に対して不快感を感じるに違いない。
そしてそれはイアリアという国に対する評価になっていくのだ。

もちろん彼らは彼らで生活のためにやっていることなのだろうが、
人の国に来てまで迷惑をかけるなんて、どうにかしてる。
せっかく国を抜け出してチャンスができたというのにそんな小さな生き方をして何になるのだろう。


ふと、ギリシャで手を振ったアフガニスタン人たちを思い出した。

彼らもまたいつかここにいる不届き者たちと同じ姿になるのだろうか。
あの時に見せた無邪気な笑顔を忘れてしまうのだろうか。
そう思うと少し切なくなった。




ドゥオーモを離れて今日の目的地へと向かった。
ミラノに来たのはこのためだと言っても良かった。


最後の晩餐。


言わずと知れたレオナルド・ダ・ヴィンチの傑作がここミラノにはある。

それが描かれた小さな教会はそのつつましい姿にも関わらず、
ある意味では世界一有名な教会となっている。

ドゥオーモからは少し離れてはいたが歩ける距離だったので街歩きも兼ねて歩いて行ってみることにした。



ミラノの町もまた石造りの建物に囲まれた歴史的な街並みを残している。

そこに歩く人々もさすがはファッションの都というべきで皆がみなお洒落な服を着こなしている。
紫のダウンジャケット。真っ赤なロングのコート。色とりどりの服が街に踊る。
単に黒いジャケットを着ているように見えても胸元からのぞくシャツに工夫があったり、
なんだかお洒落さんたちばかりだ。

というわけで薄汚れたバックパッカーには少しばかり居心地の悪い街でもある。
なるべく街の雰囲気を壊さないように。なんて小さくなりながら街を歩いたのであった。



1時間ほど歩いてサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の前へとたどり着いた。
噂ではチケットは全てソールドアウトで入るにはキャンセル待ちで何時間も待つ必要がある、
ということになっていたが運が良かったのか冬だからなのかはわからないが、
窓口で空きはあるかと聞いてみるとすぐに次の回の入場券を購入することができた。

さすが人気の作品ということもあり最後の晩餐を見るためにはガイド付のツアーに入り、
15分ほどの制限時間で鑑賞しなくてはならない。
作品は最後の晩餐ひとつだけなのでそれでも十分と言えばそうなのだが、
普段気に入った作品は気が済むまでじっと見ているタイプなので少しながら不満はあるが仕方がない。


15分ほど待合室で待つとすぐにガイドが案内を開始してくれた。
ガイドと言っても全てイタリア語なので聞いていてもさっぱりわからない。
恐らくは教会の歴史やレオナルド・ダ・ヴィンチとの関わりについてでも解説しているのだろう。
表で貸し出していたオーディオ・ガイドを借りてこなかったのを少し後悔した。


ガラスの自動ドアが開く。

教会への入り口が開き、ゆっくりと中へと足を進めた。

教会の前面の壁を見る。




いつの間にか鳥肌が立っていた。

その絵の持つ力にあっという間に引き込まれていた。

目の前には「最後の晩餐」がある。その事実。
そしてその作品が持つ幾つものストーリー。
そう言った憧れや予備知識だけではないものが僕の頭の中に直接入り込んできたようだった。



あっという間に15分は過ぎて、ぼーっとした頭のまま僕は教会の外へと出た。


なんだかとてつもないものを見たような気がしていた。

何の変哲もないようなシンプルな教会の中のたった1つの絵。
それが今まで見たどんな教会の宗教画よりもくっきりと頭の中に残っていた。

たった15分。そのために僕はこの場所にいた。
そしてその15分は今日一日の、もしかしたらイタリアで過ごした日々の中の最も大切な時間になった。


宿に戻りイタリアワインを飲みながらこの日記を書いていても、
その15分が頭の中をぐるぐるとまわっている。

2009年2月3日火曜日

世界一周(35)ヴァチカン/イタリア人め!















DATE:2009/02/03 Vatican - Vatican -


どうやら思っているよりもアルデンテとは硬いものらしい。

イタリアでパスタを食べて3食目。
ようやくその事実を確かめることができた。


パスタなんて誰でも作れるじゃん。と思うものだが、
これが結構諸外国へ行ってみるとそりゃねーだろと思うふにゃふにゃのパスタが出てくることが多い。
この前なんて自炊していたアメリカ人は、20分も茹で上げたパスタに塩をかけて食べていた。

理由を聞くと「安いから」だそうだ。
まぁ、そりゃそうだけどそれはちょっと食べ物としてはどうかと思うが、
それは極端な話としてパスタひとつとっても
日本人が考えているものはレストランではなかなか食べられないものなのだ。

というわけで個人的な定説として
「パスタをきちんと茹でられるのは日本人とイタリア人だけ」と思っていたのだが、
どうやらイタリア人に言わせればその日本人さえも「茹で過ぎじゃん」と思っているのかもしれない。


個人的には少し硬すぎだとは思うのだが、
意外にもこれがソースとよく絡まりあい、なかなかどうして美味しかったりする。
ソースと絡めることも考えればこれもまたありのようだ。

そう考えてみればもしかしたらあのフランス人が作るぐにゃぐにゃのパスタも
結局のところその国の人々の好みでしかなく、あれはあれでありなのかもしれない。
とは言っても個人的にあのソースをまったく寄せ付けないほどの水分を含んだパスタが
正解だとはどうしても考えられないのだが。


ローマの食堂でパスタを食べながらそんなことを考えていた。
なかなかどうして食とは奥が深い。




朝早く訪問した大使館で無事にブラジルビザを受け取ったあと、
今日は前回行けなかったヴァチカン博物館へ行ってみることにした。

世界最高の美の集合を見せつけられた前回のヴァチカン訪問。
その博物館にも多くの美術品が集まり、そしてかの有名なシスティーナ礼拝堂がある。
すっかりパスポートの要らない世界最小の国ヴァチカンのファンになった僕は今日もかなりの期待をしてそこへと出かけた。


街中にあるジェラート屋さんでマンゴーのジェラートを買って
とことことヴァチカン市内を歩きながら博物館を目指す。
博物館はバス停からぐるりとサン・ペドロ大聖堂を回っていかなくてはならず、
結構な道のりを歩かなくてはならない。

とは言えマンゴーのジェラートがあまりにも美味しく、
乙女チックにも幸せな気分になりヴァチカン散歩もすぐに終わり博物館へとたどり着いた。




チケットを購入し館内に入るがそもそもどこに行っていいのかもわからず、
うろうろするといつの間にか中庭へと出てしまった。

その中庭を見たときにここがルーブルにも匹敵するほどの
とてつもない大きな美術館であったことに気づく。

端から端まで歩くことさえも大変な中庭を囲むのは全て美術館の建物なのだ。
さらにその中央には最大の見所のひとつである絵画館が建っている。

この時点で今日のうちに全てを見ることは無理だと悟った。
入った時間が1時ごろと遅かったこともあり、閉館の6時半までの時間は5時間しかない。
普通ならば十分な時間なのかもしれないが美術鑑賞の時間がやたらと長い僕には、
この大きな美術館をそれだけの時間で見切ることは無理なのだ。
なので今回もまたメインの作品だけを見ていく作戦を取ることにした。


まず、一番最初に見るべきはラファエロの最高傑作とも言えるシスティーナ礼拝堂。

一番奥にあるそこを目指して美術館を歩き始めるが・・・これがなかなか進まない。

さすがヴァチカンと言ったところで、
その辺に適当においてあるような彫刻もなぜかまじまじと観察せざるを得ない。
特に地図の間と呼ばれる廊下には両面に世界各国の地図が飾られており、
そのデコレーションされた地図を眺めているだけであっという間に時間が過ぎていった。


単にシスティーナ礼拝堂までの道順を順路どおりに回っているだけなのにあっという間に3時間が経っている。
彫刻展や地図の間などを通りやっとたどり着いたのはラファエロの間と呼ばれる、
彼が生涯を費やして一面に絵を施した部屋だった。

あまり絵には詳しくないが見たことのある絵ばかりが部屋を覆いつくしているというのは壮観なものだ。
薄暗い部屋は下からの明かりでライトアップされており、
浮かび上がった絵が見るものを圧倒する。

しばらく見とれていたが時計を見ると既に5時を回っている。
こうしちゃいれないと、ラファエロの間を後にして、
ダリなどの現代アートが並ぶ間を勿体無いが素通りし急ぎ足でシスティーナ礼拝堂を目指す。

フィレンツェで見たようなグロテスク模様の天井を見上げながら階段を登ると
ガヤガヤとした空気が奥にある部屋から漂ってきてここがシスティーナ礼拝堂だという事がわかった。



部屋の壁は空の青で埋め尽くされていた。

キリストの生涯を描いたそれはテニスコートぐらいの広さはありそうな礼拝堂をぐるりと囲んでいる。
天井を見上げれば天地創造を描いた傑作がまた奥まで続いている。
その中には神とアダムが指を触れ合う有名な作品も含まれる。

そしてその広い礼拝堂の前面いっぱいに描かれたのが、
ミケランジェロ作「最後の審判」だった。

一面の青の中心にキリストが立ちその傍らには聖母マリアが付き添う。
そのキリストを境に天国と地獄が分かれる。

キリストの下にはリストを抱えた天使が立ち、
あるものは天国に引き上げられあるものは地獄へと突き落とされていく。

今まで何度となく見てきたモチーフだったが、
ミケランジェロの描いた最後の審判が面白いのは人物の描き方が細部にわたっていることだ。

皮だけになった人間。
悪魔に足を捕まれ後悔なのか頭を抱え込む人物。
地獄行きを逃れるため他人を突き落とそうとする人物。

最後の審判の際に行われるありとあらゆる想像が描かれている。

壁一面に描かれたその巨大な絵画を見るために、少し後方の椅子に座り全体をしばらくながめつつ、
細かい描写を見るために何度も絵の近くまで寄ってじっくりと観察する。

礼拝堂内は写真撮影厳禁ということもあり警備員が配置されている。
その物々しい雰囲気はここがまた特別な場所であることを表していた。



礼拝堂を出たときには既に6時近くになっていた。
そのまま絵画展をひと目でもよいから見ようと行ってみるとスタッフに閉館を告げられた。
まだ閉館前なので「どうして?」と聞くと「決まりです」としか返ってこない。

腑に落ちなかったので出口のスタッフに「まだ閉館前だけど回れるところはないの?」と聞くと、
「はいはい、あっちですよ~」と子供のように出口から出され、示した方向に行ってみても当然何もない。
「どういうこと?」と詰め寄るとめんどくさそうに再度中に入れられ、
エレベーターで入り口まで連れて行かれたあと「ほら、全部しまってるだろ」と半笑いで言いどこかへいってしまった。

どうやら閉館時間は6時半だが、入館は6時までとのことのようだが、
それにしても彼らの態度は何なんだ?あまりにも失礼過ぎる。

イタリア人の優しさなんて女の子にしか当てはまらないのだろう。

それにしてもイタリア人の仕事の融通の利かなさは何なのだろう。
こんなにもルールで縛られた仕事をするなんてイタリア人のイメージからすると意外だった。

まぁ、ともかく目的のシスティーナ礼拝堂までは辿り着いたことだし、今回は絵画展はあきらめる事にしよう。
きっとまたいつかイタリアへ来ることはあるだろう。
イタリア人はともかくこんなにまで素晴らしい芸術が詰まった町はないのだから。


気を取り直してもう一度ジェラートを食べトレドの泉へと向かった。

コインを取り出す。そしてそいつをライトアップされた夜の泉へと投げ込んだ。
そう、この町にもう一度来るために。そしてそれはさよならの合図でもあった。



深夜急行のチケットを握り締めミラノ行きの列車へと乗り込んだ。
ビールをプシュと空けて広々としたコンパートメントを独り占めにしてゆっくりとくつろぐ。

なんだか疲れがどっと出た。
ここ最近の強行スケジュールがたたったのか何だか旅疲れというやつのようだ。
明日たどり着くはずのミラノ。それすらもまた億劫に思えた。

こういうのは初めてかもしれない。旅に面白さを感じなくなるなんて。
急に一人であることがつまらなくなった。
この自由がとても素敵なものに思えていたのに。


しばらくすると列車は音を増し準備を終え、ミラノへと向けてゆっくりと動き出した。

このまま朝になれば終点のミラノへと着くはずだ。
次の町へ行けばすぐこの気分も晴れるかもしれない。
でも今はミラノ行きも、そこから続くヴェネチア行きのスケジュールも億劫だ。
既に取ってしまったバルセロナ行きのフライトチケット。
それに間に合わせるためにはスケジュールを守らなくては行けないが、
そのことがまた気分を憂鬱にさせた。


列車はローマ近くの1つ目の駅で止まり、またガタゴトと進み始めた。

トントンというノックの後、
ガラリ。とコンパートメントのドアが開き車掌がチケットの点検へとやってきた。

僕はポケットにしまいこんだ少しくしゃくしゃになったチケットを車掌へと渡し、
そのまま暗闇ばかりの外を見ながらそれが返ってくるのを待った。


「これは、チケットじゃありませんね。」

そう言った車掌の言葉の意味をはじめはうまく飲み込めなかった。
チケットじゃない?そんなこと言われても僕が持っているのはそれしかないぜ?
一応気休めにポケットの中を探ってみるもやはりチケットは車掌に渡した一枚しかない。

それしかないよ。それチケットじゃないの?と聞いてみると、
これは座席指定券ですと車掌は言った。そして、「価格が3ユーロと書いてあるでしょ?」と付け足した。

車掌からその券を受け取ると確かに価格の部分は3ユーロと書いてあった。
実はそのことには乗る前から気づいていたのだが、そういうものだと思って気にもしなかった。
自動販売機で買ったチケットの値段は50ユーロだった。

なぜだかわからないが僕はチケットを持っていないらしかった。
確かに自動販売機で50ユーロの列車のチケットを買ったはずなのに、だ。

困った顔で車掌を見ると彼は表情も変えずただポータブル券売機の電卓をたたき、

「チケットがない場合は購入してもらいます。チケット代と違反代合わせて97ユーロになります」

と言った。



え?


予想だにしない車掌の言葉に思わずうろたえる。

97ユーロだって?チケットは買ったのに?しかもなんで倍近くの金額を?

ともかくチケットは買った。その指定券を見ればわかるだろう。そう言っても頑として通じない。
挙句の果てにはめんどくさそうに「それでは警察を呼びます」と事務的に言い、どこかへと行ってしまった。



警察?97ユーロ?


ぼんやりとしてた頭が一気に働きだす。トラブルはいつだって脳の活性剤になる。

手に持っているのは座席指定券のみ。レシートの類はない。

そう頭をフル回転しているうちにまたもドアがガラリと開き、さっきの車掌と今度は二人の警官が姿を現した。


そこからはともかく言い訳を並べるしかない。

ともかくチケットは買ったのだ。無銭乗車をしているわけではない。
そのことをどんなに主張しても一向に聞く気はない。
クレジットカードの購入履歴をそっちが問い合わせればすぐにわかる。それを言っても意味はない。
彼らの主張はこれだけだ。

「金を払え。さもなけば荷物を持って次の駅で降りろ」


イタリア人。なんて融通の効かない奴らなんだ!

「お前の立場はわかっている。自動販売機から1枚取り忘れただけだ。でも関係ない、金は払え。」

そう言って高圧的な態度でわめきたてる。


なんじゃそりゃ。わかってるなら見逃せよ。。


全ての選択肢を検証する。
降りてもう一度チケットを購入する。
ここでお金を払いこのまま乗り続ける。

どちらにせよその2つしかなかった。
そして最初の選択肢を取った場合この列車は諦めるしかなく、
それはまた真夜中の屋根も何もない真冬のローカル駅へと放り出されることを意味していた。





つーか、おかしいだろ。

お金を払い終えた僕は、
空になったビールの空き缶を小突きながらイタリア人への悪態を飽きることなくつき続けている。


くそ。イタリア人め!!!

悪態をつく事にも飽きた僕はコンパートメントに身を沈めふて寝を決め込むことにした。
そのころにはすっかり旅の憂鬱なんてものは吹き飛んでいた。


旅にはこういうスパイスも必要ということ・・・なんて思えるか。



イタリア人め!!!!!!

2009年2月2日月曜日

世界一周(34)イタリア/なにはともかくTボーン











DATE:2009/02/02 Italy - Firenze -


ドゥオーモから町を眺めるとその美しい町並みがいっそう華やいで見える。

今日もまた小雨の降る雨模様だったが、
しっとりと濡れた町には赤い屋根瓦が並び
積み木のように不規則に並べられた家々が町の美しさを作り出していた。

確かにこの町は美しい。

例の映画を思い出し、
こんなところで再会するなんてロマンティック過ぎるだろうと思ったが、
舞台装置としてはこれ以上のものはないほどだった。


眼下に広がる教会や建物たちは今回訪れることができないものばかりだったが、
強行スケジュールのため仕方のないこと。
それよりも今この場所でこの景色を見れたことの幸せを思った。


尖塔を登るには階段を何段も登らなくてはならないが、
上から見下ろすフィレンツェの景色だけではなくもう一つのおまけが付いてる。

それはドゥオーモ内の天井に描かれた巨大な天井画を間近で見られるというものだ。

昨日、ドゥオーモを訪れた際に気になってはいたが、
尖塔に登るとこれが見れると走らず天井がをぐるりと囲む通路に出たときには思わず絶句してしまった。

巨大なドーム上の円形天井にぐるりと描かれた天国と地獄の天井画は、
頂上部分から天国、天使、そして最後の審判、地獄と階層ごとに描かれていて、
その一つ一つの絵が巨大なドーム全体に事細かに描かれている。
きっと数えてみれば何百人もの天子や人間、そして悪魔が描かれているだろう。

もちろんその中には聖人や偉人なども描かれているのだが、
それよりも面白いのは地獄の絵だ。

仏教でもお馴染みの火の池地獄や八つ裂き地獄などをはじめとして、
いくつもの想像できるう限りの地獄が描かれている。

中には人間を食べる怪物のような絵もあって、
そういえばこの怪物は何かの映画で使われていたことを思い出した。


良く見てみると天井にはところどころに穴が開いている。
それが調度、裁きのために使われる名簿のところに開いているのだが、
想像するにきっとあれは聖堂内の声を響かせるための何かの仕組みではないかと思った。

キリスト教を始めとしてイスラムももちろん、
宗教施設というものは驚くほどの音響効果を持っている。

それはもちろん司祭たちの声を響かせるためでもあり、賛美歌を美しく奏でるためでもある。

何の変哲もないようなこのだだっ広いドゥオーモの教会にも、
その大きさをカバーするだけの多くの仕組みがあるのだろう。
知識を持ってモノゴトを見れば人とは違う気づきがある。
それが今は少しくやしく、世界を面白くすることでもあると思う。



しばらくその絵を眺めて細かい描写まで観察していたが、
ふと今日の予定を思い出して急いで斜塔の階段を降りていった。

そう今日はそうそうにフィレンツェ観光を切り上げて、
ピサの斜塔へと向かわなくてはならない。
しかもその後、ビザを受け取るためにローマへと向かうなんともむちゃくちゃなスケジュールだ。

実はすでにヴェネツィアからスペインのバルセロナへの7日発のチケットを取っており、
それに合わせてのスケジュールになっている。
少々強引なスケジュールだがそれもまた物価の高いヨーロッパの旅らしく、
頭をこねくり回して作り出すスケジューリングもまた一つの楽しみでもあった。



そんなわけで一日に1つも2つもメインイベントがある毎日だが、
フィレンツェを離れピサを目指す前にもう一つやるべきことが残っていた。




Tボーンステーキ。

フィレンツェに来てこれを食べずに帰るわけには行かない。
名古屋に行って味噌煮込みうどんを食べて帰らないようなものだ。

物価の安いイタリアとは言え20ユーロ近くもする。
バックパッカーには痛い出費ではあったが、
景色や建物と違ってご飯やお酒は食べなくては意味がないのだ。

と言うわけで昨日から目を付けていた11時、まだオープンしたてのお店に行き
「これをくれぃ」とTボーンステーキを指差した。


肉。肉。肉。ぎゅーにく。


もう頭の中は牛肉祭りだ。

なにせ中東圏から来たゆえ牛肉と言うやつには心底飢えているのだ。
運良く鶏肉大好き人間だから良いものの、
それ以外の肉はラムだけという中東の旅はなかなかに厳しいものがある。

そして日本人が思う「おいしい牛肉」は海外では以外にも食べることが難しい。

宗教で食牛を禁じられていない国に行ったとしても、
なんだかパサパサの味気ないステーキばかりで油の乗ったジューシーな肉はほぼお目にかかる事がないのだ。
こと、フランスに置いてもその辺は同じで、それは味覚の違いもあるのでどうしようもない。

欧米人はそれが好きなのか、それともそれしかないからなのかは良くわからないが、
油の乗った肉よりももそのパサパサの肉を良く好む。
そういえば昔、ロサンゼルスに行ったときオリジナル・パントリーなる店で
朝から巨大ビーフステーキに挑戦してその噛み切れもしない鋼のような硬さにひーこらしたのを思い出した。

が、ここイタリアの牛肉は日本人にも評判が良い。
特にフィレンツェのTボーンステーキは誰もが認める太鼓判。
そんなわけでここ何ヶ月かまともな牛肉を食べていない僕は、頭の中がもうモーモー牛でいっぱいなのだ。


数十分後。


ジュワッ!と音を立てて目の前に皿が置かれる。

こんがりと焼き目の付いた見るからにおいしそうな500グラムのステーキが目の前に現れた瞬間だ。

やばい。。見るだけでよだれが。。。

自分がいかに牛肉に飢えていたかがわかる。
こいつだ、こいつを食べたかったのだ。この匂いまで美味そうなこいつを。

ナイフをさくりと肉に突き立てる。
程よく赤みを残したミディアムレアの切り口が顔をのぞかせる。
力も入れていないのにさっくりと切れた牛肉はその柔らかさを物語っている。

振りかけられた胡椒の香りが。。

まず、一口。




・・・うめーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!



飢えだとか、久々の牛肉だとかそういうのをすっ飛ばして、
なんの前置きなしでもこの肉はかなり美味い!

噛むとふわりと溶ける柔らかい肉。
そしてこの油のうまみ。

求めていたものよりもさらに1ランク上の美味さにかなり驚く。


ふんわりと漂う胡椒の香りにひたりながら、
あっという間に500グラムのステーキは骨だけを残してこの世を去っていった。


このステーキはこの旅の中で食べた美食ベスト5には必ず入るだろう。
僕がもし食わず嫌いに出るときは松坂牛ではなく、ぜひこの肉をオーダーしよう。

久しぶりに食べた感動の一品に満足しピサ行きの列車へと乗り込んだのであった。




今日の日記はここで終わりにしても良いぐらいだが、
せっかくなのでピサの斜塔について少しぐらいは触れておこう。


ピサの斜塔は想像よりもかなり斜めだ。
きっと貴方が思うよりも10度ぐらいは斜め。


僕がその塔を見たときには思わず斜め過ぎて笑ってしまったぐらいだ。
その斜めさへの突っ込みを誰かと共有できなかったのが非常に残念だ。


さすが世界遺産の斜め。

あぁ、ほんとに斜めだった。


以上。ピサの斜塔レポートでした。




しっかし、肉うまかったなー。

2009年2月1日日曜日

世界一周(34)イタリア/ぐろてすく












DATE:2009/02/01 Italy - Firenze -


芸術の都フィレンツェと言えども、雨が降っていては気分も萎える。

観光といえば町歩きが主な僕からすればなおさらだ。
吹き付ける冷たい風がいっそう気分を暗くさせた。


こんな時は美術館めぐりに限る。
傘を差しゆっくりと朝ごはんを食べてからフィレンツェ名物ウフィツィ美術館に行くことにした。


フィレンツェの町は町中が美術館と呼ばれている。
その町を歩けばその理由もわかってくる。

ローマほどの派手さはないがきれいに整備された町並みにはいくつもの細い路地が走り、
その角を曲がるたびに絵のような町並みが目の前に広がる。
曲がりくねった道は迷路のように旅人を迷わせるが、
それすらもまたフィレンツェの町を楽しむ一つのコツのような気がして楽しくなってくる。

雨降りの凍えた町にはいくつもの色とりどりの傘が揺れ、
黄みがかった石造りの町並みにアクセントを与えている。
濡れた石畳に映る赤や黄色が美しく雨のフィレンツェもまた悪くない、と思った。


宿から直接フィロッツィ美術館を目指そうと思ったが、
その建物は嫌でも目に入ってしまい明日行こうと思っていたのだが、
予定を少し変えて下見と称してちらりとのぞいてみることにした。



フィレンツェのドゥオーモ。

この町の最も良く知られた観光名所でその大きさから
ほぼ町中のどこからでも見かけるほどの存在感を持つ。

日本では「冷静と情熱のなんとか」の例のやつ。と言えばピンとくる人も多いだろう。

真っ白な大理石で建てられたこの建物はひたすら白く大きい。

建物全体としてはそれほど美しいという印象はなかったのだが、
そのディティールをじっくりと見ると見れば見るほど、
この巨大な建物が美しい彫刻で彩られていることに気づく。

入り口の門にはびっしりと花や草をかたどった彫刻が刻まれ、螺旋を描く柱がそれを囲む。
その上にはキリストが描かれた絵がかけられその下には聖母マリアや聖人達の姿が見える。

正面から後ろ側に回り込むとタイルや黒い大理石を使ったまた別の彩があり、
多彩な表情でこの建物全体が覆われていることに驚いた。

ドゥオーモの前には小さな聖堂があり、
金で彩られたきらびやかな門には観光客がひっきりなしにフラッシュを浴びせている。

ゴシック様式のドゥオーモの横には尖塔が立ち、ジェットという輩が設計した塔がある。
また100メートル以上もあるというクーポラの中にも登ることができる。

そこに昇るのは明日にまわして今日は中に入ろうとしたが、
残念ながらお昼休みの時間らしくちょうどお腹も空いたので僕も昼食を取ることにした。



フィレンツェと言えばTボーンステーキが有名である。

うまいものは全部食べる。と旅の前から決めている僕はもちろんそれが目当て。
なのだが、入ったレストランには残念ながらそれはなく仕方なしに豚肉のステーキと赤ワインを頼んだ。

が、これが美味い。

さすがフランスと並ぶ美食の国、イタリア。
そういえばスーパーなどを見る限りイタリアの物価はヨーロッパの中では安く、
そしてなぜか豚肉はじめ肉類の値段が以上に安い。
イメージにはなかったが意外にも良質な肉が手に入る肉食の国なのかもしれない。

そしてお決まりのワインもまた美味い。

たぶんボトル5ユーロもしないハウスワインなのだろうが、
これがまた値段に見合わないぐらいに美味い。
どうやら今日からまた1日1ボトルの肝臓によろしくないワイン生活へと突入することが決まったようだった。



グラス二杯分の赤ワインをゆるりと飲んで、ほろ酔い気分のままドゥオーモへと向かう。
聖なる教会にそんな状態で行って良いものかはわからないが、
そういえばキリスト教は儀式にワインを使うじゃないか。と言い訳をして中へと入り込んだ。


ドゥオーモの中は意外にもシンプルで表から見た印象とはがらりと変わって見える。

装飾性もあまりなくどちらかと言うと実用一辺倒の大集会場という感がある。
そう言えばドイツのケルンでも同じようなことを感じたなと思い出しながら
教会の中をぐるりとまわりその場を後にした。

そのハリボテのようなドゥオーモの作りがとてもキリスト教らしく逆に納得もした。
唯一気になったのはドゥオーモの丸い天井に描かれた絵で、
近くでもっと良く見てみたかったが囲いがあり遠くからしか見ることが出来なかったのが残念だった。



そう言えば今日は美術館めぐりのはずだった。
ドゥオーモから離れそこに向かう途中もやはりその町並みは美しくいくつもの寄り道をしてしまい
結局美術館にたどり着いたのは4時近くになっていた。

閉館までは3時間ほどしかなかったが急ぎ足で回ることにした。

ここの美術館で最も有名なのは何と言ってもやはり
ボッティチェリの書いた「ビーナスの誕生」だろう。

昔お世話になった某ペイントソフトの起動画像にそれが使われていて、
個人的にはなんとなくなじみがある作品だった。


しかしこの美術館で僕が最も気に入ったのは・・・「天井」である。

古い貴族の屋敷を改装してできたこの美術館の天井には、
イタリアらしいコントラストの高い絵がびっしりと埋め尽くすように描かれている。

その絵も教会の天井画のような大きなものではなく、
小さな動物や怪物や神話の登場人物などが細かく散りばめられた他に類を見ないものである。

絵は長さ100メートルはあるコの字型の回廊全てにわたって描かれていて、
一つとして同じ絵はない。

ところどころ作家が変わっているのか作風が異なる部分があるが、
全て一貫してこまごまとした絵が描かれているのが面白い。


この絵の技法を「グロテスク模様」と呼ぶ。


なんてことは最初から知っていたわけではないが、
さすがイタリア。日本人観光客も多く団体さんのガイドがそこにいるだけでこと細やかに説明してくれる。

なんでも当時この絵に似た細かな模様があるローマ遺跡が洞窟内で発見されたのがきっかけで
この細かい模様を用いた絵画技法が当時大流行したらしい。

イタリア語で洞窟のことを「ぐろてすく」と呼び、
それが転じて「グロテスク模様」となったそうなのだが、
模様自体が独自の発展をしていき想像上の怪物や奇形の人などが描かれるようになったことから、
グロテスクという言葉自体が一人歩きし、今日の「グロテスクな」と言った意味で使われるようになったそうだ。

なんともためになる無料ガイド講座だったが、
もちろん話なんて聞いていないふりで明後日の方向を向いて聞いていたのは、
まだ僕が日本人の奥ゆかしさを持っていると言う証拠でもある。


そんな天井を見上げて1時間ばかり過ごしてしまったが、
さすがイタリアの美術館。目にする絵のほとんどが聞いたことのある作家だらけだ。

ミケランジェロにボッティチェリ、ラファエロにレオナルド・ダ・ヴィンチまで。

ルーブル美術館のときのような心に刺さる作品はなかったが、
それでもやはりその作品のレベルの高さに満足した。



フィレンツェの夜の町。

雨上がりの石畳に白熱灯の明かりが反射し人々の足元できらきらと揺れている。
のんびりと散歩しながら帰り、途中白ワインを買って帰る。

宿にたどり着くと今日は無料のパスタがあるというので、
買ってきた白ワインと共にさっそくそれをいただく。

が。。不味ぅ!

まさかイタリア人がアルデンテもできないなんて信じられなかったが、
出てきたパスタはぶよぶよで、それでもイタリア人か!と何の罪もない人々の国籍を奪いたくなる。
買ってきたイタリアワインもハズレ。

イタリアの食の道は意外と厳しいらしい。

あの中田が泊まったというユースホステルの居心地は快適で、
ワインはハズレだったが飲めないほどでもないので、のんびりと夜を過ごした。


イタリア、フィレンツェ。ある日の一日。