2008年12月24日水曜日

世界一周(27)エジプト/メリークリスマス IN エジプト!







DATE:2008/12/24 Egypt - Dahab -


メリークリスマス!!

なんて言葉がちっとも似合わない中東の国、エジプト。
なんの因果かは知らないが、
クリスマスイブの今日この日、僕はエジプトにいる。

当初の予定ならば、
聖地エルサレムでクリスマス。という企画だったのだが、
エジプトが楽しすぎたのもあって、
いまだ彼の地には着かず、クリスマスを迎えてしまったのであった。


まぁ、それはそれとして。

イベント好きの僕としてはクリスマスを楽しまなくてはならない。

ここは紅海随一のリゾート地、ダハブ。
ここでは憧れのダイビングが待っている。

そんなわけで今日は紅海ダイブ一本目。
久々のダイブのため、スキルチェックを兼ねて試し潜り。



紅海といえば。


ダイバーにとって憧れの地であることは間違いない。

その透明度、そして個性豊かなダイブポイント。

落下度4000メートルのブルーホールから、
戦車や砲台が沈む沈潜ダイブ。
中には無数のトイレが沈むスポットなんてのも。

その豊かなダイブスポットが20メートルを越える透明度と、
さらに花畑のようにあふれるサンゴ礁に囲まれて海の中で僕らを待ち構えているのだ。


ダイバーとしては考えただけでも胸が高鳴る。
そもそも僕がアドバンスのライセンスまでタイで取ったのは、
今日ここで紅海を潜るためなのだ。
いまその成果がここで花開く。


ちなみにここダハブは安いダイブ料金でも有名な所である。

なにせ1ダイブ20ドル程度と超格安。
オーストラリアで潜ったときなんて2ダイブで200ドル近くもかかったのだ。

まぁ、それにはやはり訳があって、
エジプトの安い物価もあるのだが、
ダハブはビーチダイブが出来るスポットが多く、
ダイブショップから歩いて海に潜っていく。

そんなわけで紅海初ダイブは重い機材を背負って、
ダハブの町を歩くことから始まった。


町のみんなは慣れているのだろうが、
お土産屋さんや観光客向けのレストランが立ち並ぶダハブの町の中を、
テクテクと機材を背負ったダイバーが歩いていく姿は、
なんだかこっけい極まりない。

クリスマスになにやってんだか。

去年の横浜デートクリスマスとは雲泥の差である。
なんだかちょっと寂しくなってきた。



そんなわけで潜った紅海だが・・・。


ん~普通?


潜った時間が夕方前で、
光が弱くなっていたからか、
サンゴの色がほとんど青くしか見えず、
まぁこんなものか。といった感じ。

ただしそのサンゴの量は半端じゃないことはわかる。
これが昼間ならば・・・。

メインは明日のブルーホール。
楽しみはお預けである。



と、ダイブが終わった後は特に何もあるわけではない。

ダハブは欧米人が集まる観光地でもあるため、
イスラム教徒にも関わらず多くの店が
クリスマスメニューを用意して観光客を待ち構えている。

店員なんかも、
「メリークリスマス」なんて言っちゃって、節操がない。
宗教なんて金には負けるのだ。
キリストが生まれた日をなぜ祝う。

とは言っても、そこはエジプトのこと。
今までヨーロッパで見てきたクリスマスムードには及びもせず、
なんとなくクリスマスといった感じ。

でも中には粋にサンタクロースなんてのを店前に飾っているところもあり、
僕はその心意気が気に入ってそこで赤ワインを買った。



ぶらぶらと夜の海沿いを歩いているといつの間にか静かな場所に出た。

遠くには海岸を縁取るようにお店の明かりが線を引いている。
対岸にはサウジアラビアの光がぼんやりと輝いている。
そこで腰を下ろしてしばらくじっと海を見る。


気がつけば旅に出てからほぼ1年が経っていた。

こんなところで何してるんだろう。
一人のクリスマスはやはり寂しくもある。

一足先にクリスマスを迎えているはずの、
遠く海の向こうの好きな子を思った。

何もしてあげられないけれど。
ただその子のことを考えた。

旅をしていることが馬鹿らしくなった。




なんとなく馬鹿なことがしたくなって、
クリスマスだからといってチキンを丸ごと食べることにした。

それがお店の人に受けたらしく、
写真を撮ったり、冗談を言い合って、
ちっとも英語じゃない会話をした。

だから僕のカメラには丸ごとチキンを食べる僕や、
なぜか頭の上に靴を載せた写真が残っている。

そんな馬鹿なことをしていたら、
今ここにいることも悪くないと思えてきた。



ゆうこりんとダイブショップで知り合った悟君が呼びに来て、
みんなで部屋でクリスマスを祝うことになった。

マサミは病院でなぜか穴に注射を打たれていて、
彼女は彼女なりに散々なクリスマスを過ごしていたようだ。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて声をあげて笑った。


そんなことをしていたら、
なんだか一人のクリスマスだとかそういうことがどうでも良くなって、
ただみんなの中で今日を祝うことが今年のクリスマスなのだと思えてきた。

なぜかクールなみんなをよそに、
僕は一人でクリスマスのカウントダウンをする。

10、9、8、・・・2、1・・0!!

なんだかそのむなしい感じが逆におもしろくなる。

いいじゃないかこんなクリスマスも。

世界中でどんなクリスマスが行われたかは知らないが、
これが僕の今年のクリスマスだ。


メリークリスマス!!!

2008年12月23日火曜日

世界一周(27)エジプト/なーんもしない一日







DATE:2008/12/23 Egypt - Dahab -


アフリカ大陸を抜け、シナイ半島を横断し、
ダハブにたどり着いたのはお昼を少し回ったころだった。


ダハブに着いて今日一日やった事といえば
ビールを飲んだことと外をぶらぶら散歩したことと、
夜にみんなでご飯を作ったことぐらいだ。

なーんもしない一日にも夜空に星は輝いていた。


ほら、いつの間にかメリークリスマス。

あんな話やこんな話で夜はあっという間に更けていく。

2008年12月22日月曜日

世界一周(27)エジプト/デンデラの冒険







DATE:2008/12/22 Egypt - Luxor -


天井を眺めれば美しい円形のレリーフが目を潤し、
地下室に潜れば冒険の後に隠された女神の彫刻が目の前に現れる。

今日訪れたデンデラは、
今までにはないそういった冒険がいのある遺跡だ。


アブ・シンベル神殿、王家の谷。
そういった有名な遺跡と比べれば圧倒的に知名度が低い
デンデラのハトホル神殿に訪れようと決めたのは、
南米を旅してきたマサシさん曰く、
「全ての人が薦めてきた唯一の場所」
ということ意外に理由はない。

僕もまぁ1日ぐらいは余裕はあったので、
どうせならば人が行かないところの一つでも行っておこうか、
と考えた程度の軽い気持ちだ。
こういう時に限って、当たりが来る。
デンデラもそのひとつだ。


この遺跡は子孫繁栄を願う神殿で、
古代ではそこでお産なども行われていたようだ。
そんなわけで性的描写も多いなかなかにセクシャルな遺跡なのだが、
僕がこの遺跡を気に入っているのはそんな理由だけではない。

このデンデラの何がすごいって、
冒険心をくすぐる仕掛けに満ち溢れていること。

隠された地下階段やら屋上への階段やら、
アドベンチャー気分満載の遺跡なのだ。


まず神殿の入り口を入ると、
多くの柱が立ち並ぶ部屋がありそれを通り抜けると、
左右に小さな部屋がいくつか見える。

その中の一つに入ると上へと続く階段らしきものが見える。

石の階段にはびっしりとレリーフが刻まれていて、
そこからして冒険心をこそりとくすぐる。
その階段をぐるぐると上って行くと、
いきなり開けた場所に出て青空が天に広がる。

そこにもひとつ隠し部屋のようなものが奥にあり、
そこに入ると天井のレリーフに驚かされる。

宇宙を描いたものなのか、それとも古代の生命観を描いたものなのか。
頭上の円形のレリーフの中には神や人が描かれ、ぐるりと円を描いていた。

そこの壁を見ると男性がおしっこをしているような壁画もあったりする。
僕はそれをおしっこだと思ったが、
ここは性的な遺跡なので、もしかしたら違うのかもしれない。
それはご想像にお任せする。という奴だ。



屋上からレリーフの階段を下りて、
さらに遺跡の中を探検すると警備員が呼びかけてきて、
地下への階段を教えてくれた。

その狭い階段を屈みながら中に入る。

中の空気はもやっとして蒸し暑く、
何か違う世界に来たかのようにも感じる。

淡い光に照らされて隠されたレリーフたちが浮かび上がる。


ここの地下のレリーフは発見されなかったためか、
顔や神の姿がほぼ無傷のまま残っている。

外の主だった壁画は敵の侵略のためか、
王の姿やおろか神の彫刻、さらには性器にいたるまで、
徹底的に削り取られた跡がある。
子孫繁栄を願う神殿であるため、
前王の血筋を根絶やしにするという明確な目的があったのだろう。
なんだか大人気ないが、
勃起した男性器が削られた姿はおかしくもある。

地下遺跡にはそいういった性的表現はないが、
なにやら気になる大きな丸いものを持った人が彫られている。
後から知ったことなのだが、
実はこれは「電球」を描いていると言われていて、
この時代にはないはずの技術。つまり「オーパーツ」だと言われているのだそうだ。

隠された地価遺跡にオーパーツ。
なんて冒険心をくすぐる遺跡なんだ。



そんなこんなで約束の時間はすっかり過ぎ、
待たせていたドライバーをすっかり怒らせてデンデラ観光は終わりを告げた。


次の町、ダハブへ向かう。ついに憧れの紅海ダイブ!

夕日を背に受け走り出したバスは
ナイル川と寄り添いながらエジプトの道を北へと上る。

ナイル川に反射した夕日とやしの木が、ナイル川に絵を描いていた。

2008年12月21日日曜日

世界一周(27)エジプト/エジプトの至宝








DATE:2008/12/21 Egypt - Luxor -


この広大な遺跡の中にいると呆れてくる。

だから何だってこんなものを作ったんだい?


ルクソールのカルナック神殿は、
今までに見たこともないほど大きな、それは大きな神殿だった。

訪れたのは中心の神殿だけだったが、
それだけでも1キロ四方近くはあるだろう。
その中に各時代の王たちが捧げ沢山の神殿が寄せ集まっている。

大きな柱の群れを見て回ったり、
調子よいことを言って秘密の部屋にタダで入れてもらったり、
エロ警備員にマサミがセクハラされてたりと、
最後には広すぎてヘロヘロになりながら遺跡を回った。


王家の谷もそうだったが、
エジプトの観光地にはけっこう地元の、
つまりはエジプト人の観光客も多く、
それがこの国の豊かさを証明しているようにも思える。

僕ら日本人にとっては、
国内旅行も海外旅行も今は当たり前のことだろうが、
世界の中には自分の国を、
さらには自分の村さえも出ずに一生を過ごす人がいるのだ。
それは金銭的な問題でもあるし、
交通手段の問題かもしれないし、
単なる常識の問題でもあるかもしれない。
半世紀ほども前ならば日本だってそうだっただろう。

ともかくいま僕らはこうやって、
その気になればちょっとそこまでの旅行はできるのだ。
それができる国民的な余裕がこの国の人々にはある。


そんな色とりどりの布を巻いたエジプト人の中で
観光をするのはなかなか楽しい。
笑い驚き、時には子供に怒ったりなんかする、
エジプト人の日常を垣間見ることができるからだ。

それに人懐っこい、というか好奇心旺盛なエジプト人。
子供たちは外国人と見ると
「ウェア ユー フロム?」と「ホワット ユア ネーム?」
と話しかけてくる。
ちなみに英語が話せるというわけではなく、
単にこの二つの言葉を知っているだけで、
逆にこっちが話しかけてみると困って逃げ出してしまう子もいる。

それでもそんな状態で外国人に話しかけるという、
エジプト人気質ってやつは凄いと思うのだ。
日本だったら、なんて事は意味のないことかもしれないが、
僕らには到底できることではないと思う。
しかしこの国際化社会ってやつは、
それが大きな差を生むと思うのだ。
当たり前だ。コミュニケーションのできない奴など、
いないのと同じなんだから。

この砂漠の地で何が生まれるかはわからないが、
エジプトという国のポテンシャルはもの凄いと思う。
勤勉で夜遅くまで働き、さらに好奇心旺盛で友好的。
まぁ若干適当なところがたまに傷だが、
それでも僕はこの国に期待せずにはいられない。



ヘトヘトになってカルナック神殿から戻り、
ご飯でも食べに行こうかと地図を頼りにレストランを探したが、
それがなかなか見つからない。

困ったので地元の青年に聞いてみるとそれが大間違い。

変な暗い道をうろうろとつれてまわされ、
マリファナとセックスの話を延々と聞かされ、
結局最後にはガイド料を取ろうと手を差し出す。

疲れていたのもありけんか腰で追い払い、
どうにかたどり着いたレストランへと腰を下ろした。
先進国を旅しているわけではない。こういうこともたまにはある。


レストランでエジプト料理を食べる。

ショクシューカという料理。
ひき肉にトマトベースの味付けをして、
土鍋で煮込んで最後に卵を落としたシンプルな料理なのだが、
これがまた美味い。

エジプト料理って奴はそんなに幅があるわけではなく、
最近はケバブかコシャリなんてものしか見当たらず、
若干飽き始めていたところ。

さっきの気分はすっかり吹っ飛ばされレストランを出た時にはすっかりご機嫌。
気分なんてのはそんなものですっかり変わってしまう。

おいしいご飯においしいお酒。
あとは好きな子なんてものがいれば。

大抵のことは笑い飛ばせるのだ。

だから誰かが悩んでいるときにまず僕はこういう。
「まず、ご飯を食べよう。考えるのはそれからだ。」



ご機嫌でレストランからホテルへ戻る帰り道。
どこからか音が聞こえる。

アラブ音楽の独特の響き。
それに合わさる手拍子の音。

何事かと思い駆けつけてみると、そこはなんと結婚式。
ウェディングドレスを着た新婦とスーツ姿の新郎が車へと乗り込むところだった。

エジプトでもウェディングドレスとかスーツ着るのだねぇ。
なんてことに驚いていたのはつかの間。
凄いことに気づいた。


嫁、美人過ぎ!!!!!!


エジプト人。きれいだと思っていたが、
今まで見てきた中でもぶっちぎりで美人。
しばし見とれる。
すぐに車に乗り込みいってしまったが、しばし立ち尽くす。


あぁ、ええもん見たわぁ。


今日のカルナック神殿のなんて、
さっきの嫁に比べたら。

しばしマサミとエジプト人最強説について語り合う。
つーかうらやまし過ぎるぞ、夫!


ちなみにその後、もう一組の新婚カップルに会って、
アラブ音楽に乗って踊りまくったが、
それはまぁなかったことにしよう。
エジプト人最強説がもろくも崩れることになったのだから。


やっぱいーわ。エジプト。


しっかし。。。いいもん見たなぁ。

2008年12月20日土曜日

世界一周(27)エジプト/ツタンカーメンめ!




DATE:2008/12/20 Egypt - Luxor -


王家の谷への一本道をひとり自転車をこいでいる。

ルクソール対岸の王家の谷への一本道は、
意外にも畑や家が立ち並ぶ豊かな道だ。

ツタンカーメンやラメセス3世など多くの王が眠る、
王家の谷を今日は自転車で巡ることにした。

ほかの皆はツアーに参加するとの事で、
久しぶりに一人の観光。
宿で借りた自転車を渡し舟に載せ、
王家の谷への4キロほどの道を自転車に乗って走っている。


道を走っていると畑で働くたくさんの人を見かける。
何を作っているのかはわからないが、
刈り入れの時期らしくせっせと鎌を振るい、
緑豊かなその作物を山のように積み上げている。

エジプトに来て驚いたのはその豊かな農作物で、
人が生きている以上当たり前なのだが、
以前はそれを作れる環境があることを想像もしていなかった。

ここでも日本のジャイカなどのたくさんの機関が、
農作物の生産のため多くの支援をしているというが、
何千年も前からここに住み続けている以上、
それがなくても生きていくだけの生産力はあったということだろう。

彼らにカメラを向けていると、
その中の一人が話しかけてきて、
僕はジャパニーだと答える。

何をしているの?と聞いてみると、
身振り手振りでどうやら学校の授業だということがわかった。

農業学校なのか、それとも普通学校の授業の一環なのかはわからないが、
この砂漠で生きるすべを彼らは学んでいる。
機械もなく手でクワを振るう昔ながらのスタイルだが、
その姿はたくましくとてもすがすがしく思えた。


彼らに手を振って別れを告げてしばらく進むと、
二つの大きな石像が見えた。

その何とかという椅子に腰掛けたかっこう石像は崩れかけていて、
それほど美しいものではなかったが、
その崩れかかった姿もこれから訪れる王家の谷のエピローグのような感じがして、
道の向こうに見える遺跡たちへの期待が高まった。

すでに道の向こうには遺跡らしい姿が見えている。
王家の谷の近くには遺跡が点在しており、
各王の祭壇やら女王のための遺跡、さらに貴族の墓なんてのもある。

遠くに見える岩山にはいくつも無数の穴が開いていて、
それは一つ一つ墓になっているのだという。


さらに自転車をこいで行くと二股の分かれ道になっていて、
僕は最初の目的地、ハトシェプスト女王の葬祭殿がある右側へと曲がりさらに進んでいった。

もう目の前に見えている岩山には、
いくつかの住居が張り付くように建てられている。
そこに暮らす少年たちなのか日陰で何かをしながら遊ぶのが見えた。
さらに進むと遺跡が右側に見えて、
それよりさらに進むとまた別の遺跡が左側にも見えた。

地図によるとその少し先に女王の葬祭殿があり、
そこから一つ山を越えたところに王家の谷があるのだという。

ここまで自転車で来た理由は、
実はその山越えにあり自分の足で登ると王家の谷を一望できるポイントにたどり着くそうだ。
ツアーでは味わえないそのダイナミックさを一目見ようと、
少し上り坂になり始めた遺跡への道を自転車をこいだ。


また別の遺跡が目の前に現れ、
女王の葬祭殿への道を聞いていると、
後ろから追いかけていたヨウコさんと合流した。

ヨウコさんは同じ宿に泊まっている日本人の女性で、
現在は旦那さんと二人で世界一周旅行の最中らしい。
その旦那さんはダイバーの先生をしていて、
旅の途中、急遽エジプトのダハブで代理の先生をしなくてはならなくなったらしく、
ヨウコさんだけ今ここでルクソール観光を楽しんでいるそうだ。

昨日ロビーで知り合い、話していたら
今日は同じように自転車で回るかもとのことだったが、
どうやらその決心をしたらしく、
のろのろ進む僕にあっという間に追いついたというわけだ。


というわけで、
二人は一緒に女王の葬祭殿への道を自転車を漕ぎ出した。
なんだかエジプトに来てから日本人づいている。
それが妙に心地よいのだからエジプトとは変なところだ。



女王の葬祭殿にたどり着くと、
まずその外観に驚いた。

ギリシャ神殿のような整ったシンメトリーの姿。

今まで見てきたエジプトの遺跡とはまったく異なる姿。
その姿はむしろ作り物のようで、
岩山の中を切り出して作られた遺跡は、
ぽっかりとそこだけ浮いた不思議な存在だった。

中に入るとそれもまたオフィスビルのような、
なんともシンプルな姿をしている。
ずらりと並んだ柱は正確に一直線に伸びている。

オフィスビルのようなその姿だが、
やはりそこは遺跡であり、その壁面に描かれた壁画は、
今でも色彩を失っておらず美しく青や黄色で彩られている。
ところどころ剥げ落ちた色が歴史を示している。


そこを後にして神殿の右手から伸びる山道を、
今度は歩いて上る。

今までいろんな山を登ってきたので、
別にこの程度の山はどうってことないのだが、
さすが砂漠の中の岩山だけあって崩れやすく、
たまにずるりと足元が滑る。

それに気をつけながら登りきると、
目の前には王家の谷の姿が広がっていた。


なぜこんなところに墓を作ったのかはわからないが、
そこは山の中にぽつりとできた大きな谷になっており、
その中に小高い丘がいくつも連なっている。
恐らく観光のために人が作った道だろう、
いくつもの白い線が谷の中にうねうねと引かれている。
その白い道にはたくさんの人が歩いており
その姿はどこか血管のようで、
そこが生き物のような不思議な感覚を覚える。


山のてっぺんまで登りしばらくそれを眺めながら、
持ってきたお菓子を食べながらのんびりとした時間を楽しむ。

この下に王たちが眠っている。

ピラミッドや多くの神殿と比べて、
なんとシンプルな墓なのだろう。
もちろんツタンカーメンの墓の中を見ればわかるように、
そこには多くの金銀財宝が一緒に埋められていたのであるが、
とは言えピラミッドの規模から見ると、
それは単なる穴にしか見えないほどだ。

エジプトの歴史はなんと謎が多いことだろう。
もう少し考古学かなにかを知っていれば、
もっとたくさんのインスピレーションを得られるのだろうが、
それがないことが残念で仕方がない。
知識とは今を楽しむためのものでもあるのだ。


上からの眺めを楽しんだ後、
急な斜面をずるずると降りながら谷の下までたどりついた。

谷にはたくさんの王の墓かがあり、
その中からいくつか選んで入る仕組みのようだ。

山を越えてきたからか、
なぜか入場料みたいなものは取られなかったが、
それと引き換えに入場料にセットされている、
3つの王の墓への入場チケットももらえなかったので、
どうせなら、と入場チケットとは別に買う必要がある、
ツタンカーメンと、ラメセス6世の墓に入ってみることにした。


ここで最初に告げなくてはならないことがある。

「ツタンカーメンの墓は異常なほどにがっかりさせられる」


これはエジプトの王家の谷に訪れた人誰もが言う言葉である。
しかも入場料が100エジプトポンド、つまり1600円もする。

じゃぁなぜそれを知っていながらそこに入るのかというと、
それはやはり「どんだけがっかりするんだよ」というのは、
それはそれで興味の対象であったりもするのだ。
言うなれば見世物小屋のようなもので、
がっかりすると知っていながら見ずにはいられないものもあるのである。
というわけで高い入場料をはらってがっかりしに行くことにしたのだ。

そして、結果から言おう。


「ありえないほどがっかりだ。」


いや、まじでありえない。
これで100ポンドを取ろうとする、
エジプト人の度胸に感服する。
しかもそれは毎年値上がりし続けているのだ。
恐るべしエジプシャン。


まず入り口には細い階段があり、
それが奥まで続いている。
その細いシンプルな階段にはなかなかドキドキさせられる。
この先には何があるのだろう、だ。

階段を降りるとぽっかりとした空洞があり、
右手のほうに8畳ぐらいの中ぐらいの部屋と何やら壁画らしきものがある。

そして、それだけだ。

これだけかよ!!!!


右手のほうにはポツンとさみしげに、
ツタンカーメンのミイラが置かれているが、
なんかそれも物悲しいぐらいの簡素さだ。

異常なほどの簡素さにしばらく立ち尽くす。
せっかく100ポンドも払ったのだからと、
じっくりと壁画を見るがそれもそれほどきれいなものではなく、
すぐに見飽きてしまう。
でも、もったいないのでまた見る。飽きてるけど見る。
なんかその行動がむなしさを増長させる。

ミイラだって初めて見るならまだしも、
イギリスからフランスまでいたるところのミイラを見てきた僕にとって、
ミイラなんて別に萎びたシイタケみたいなもんだ。
それがツタンカーメンと言えど、シイタケはシイタケなのだ。

そんなわけで、
思った以上にがっかりしたツタンカーメンの墓。
ネタ的にはまぁ、これはこれでありなのだが、
なんだか釈然としないもやもやを残しながら、
次の墓、ラメセス6世の墓へと訪れた。



断言しよう。

確実にこのラメセス6世の墓がこの王家の墓で最も美しい墓だ。

もし、これから王家の墓を訪れる人がいるならば、
絶対にこのラメセス6世の墓は見てみるべきだ。
そこには王家の墓という名にふさわしい完璧な壁画が広がっている。

その細いスロープを下っていくと、
両側の壁には隙間もないほどびっしりと埋め尽くされた、
ヒエログラフと神に捧げる絵の数々。
そのどれもが彩色に溢れていて古代の美しさが蘇る。

天井を見上げれば宇宙のような色で埋め尽くされ、
そこには王の復活を描いた古代エジプトの世界観が刻まれている。

細いスロープを抜けると広い部屋に出る。
そこには昔置かれていた像の崩れた姿や、
何か儀式的なものだろう石のようなものが中心に置かれている。
もちろんその周りの壁や天井には、
いっそう美しい壁画で埋め尽くされていて、
埋め尽くされたその絵の中、たっぷりと古代の雰囲気を味わうことができる。

修復されたものではあろうが、
その古代の色使いは思い描いていたエジプトのイメージとぴったりで、
しばらくどの絵を見るでもなく、
壁を見回しながらその雰囲気を楽しんだ。


ツタンカーメンはあまり力のない王だった。
それを思い知らされる今ここにある光景。

考古学博物館で見た数々のツタンカーメンの墓の金銀財宝。
この美しい墓にはいったいどれほどの財宝が詰め込まれていたのだろう。
この美しい墓に住む王はいったいどれほどの人間だったのだろう。
ちっぽけな墓の中、そんな過去の世界に身を浸した。




もう一度、谷をよじ登りもと来た道に戻る。
目の前には先ほどの見てきた王家の谷が広がっている。
王たちの夢の跡。生の跡。それを残して僕らは来た道を引き返した。

今日これからダハブへと向かうヨウコさんと別れ、
僕はもう一つの遺跡、ラメセス3世の葬祭殿を目指すことにした。

日が暮れ始めて土の色が白から赤みがかった色に変わっている。

そのラメセ3世の葬祭殿は遠くからでもよく見えた。
自転車をこいで目の前のその大きな神殿を目指した。


目の前にしてみるとそれが本当に大きな神殿だということがわかる。
10メートル以上もありそうな壁のような大きな塀が四方を囲んでいるのだが、
その正面は一枚の大きな絵のように巨大な壁画を刻んでいる。

最初はその規模に驚かされたが、
中に入ってみるとこの神殿はそれが序章であったことに気づく。

一歩神殿の中に入るとまず静けさに驚く。
観光客もまばらなその静かな遺跡をゆっくりと歩く。
第一の門をくぐるとそこにはテニスコートぐらいの大きな広間があり、
その内側をぐるりと覆うように大きな円柱の柱がずらりと並んでいる。

まずその大きさに驚く。
が、次にはその美しさに驚く。

その大きな円柱を取り囲むように刻まれた壁画。
それはどれもが精密で彩りに溢れている。
柱一つ一つにストーリーがあり、
その回廊を歩くといくつもの物語を語り聞くことができるのだ。

天井もまた同じように壁画が刻まれていて、
大きな青い鷹が天井を覆うように飛んでいる。


壁画の中には削られたものもある。
それは顔だったり、体全体だったりするが、
恐らくは宗教的な敵、もしくは別の権力者によって行われたものだろう。
復活を信じる彼らにとって、
神殿の壁画の中の王の顔を削り取るという行為は、
永遠の死を与えるという意味なのかもしれない。
それでも壁画の中の神は傷つけられることもなく、
古代の姿のまま現在に残り続けている。
権力者が変われど神は殺せないという事なのかもしれない。



神殿をあるいていると一人のガイドと知り合いになった。
最初は勝手に案内をしてガイド料をせがむ、お決まりの人間だったが、
適当に話して遊んでいるとなぜか仲良くなり、
彼の家族の話を聞いたり、給料の話や日本の話をしていると、
タダでいいからガイドをしてやると言い出す。

怪しいがまぁそれもいいかと思い、彼にいろいろな話を聞く。

これは戦争の歴史。
切り落とした敵の首や手を数える絵、格闘技の鍛錬の絵。弓を射る王の絵。

今まで景色でしかなかったその壁画たちが、
たちまち物語になってしまう。

結局、最後までガイド料を請求することもなかった彼と笑顔で別れた。



昔。僕は歴史というものに興味がなかった。

それは教科書に書いてあるもので、
調べさえすればすぐにわかる価値のないものだと思っていた。
それを覚えるという行為に何の意味があるんだ、と。

今でも僕はそう思う。
インターネットが発達したこの時代。
価値はさらになくなっていくものだと思う。

ただこの歴史の前に立つと、それはそうもいかなくなるのだ。

楽しむために必要な歴史もあることを知る。
もちろんそれはさらに世の中が進化して、
いまこの壁画の前で情報を引き出せる世界になれば、
そう思うことも少なくなるのかもしれないけれど、
歴史の流れを知り古代に触れるという行為は、
人生を楽しむ中で一つ大切な力なのかも知れない、なんてことを思う。


歴史の先生もさ。

「お前がいつかエジプトに行く時にそれを楽しめるように」
って理由を教えてくれれば真剣に歴史を勉強したのかもしれないのに。
そういう馬鹿みたいなきっかけで人生はけっこう変わってしまうものなのだ。

ま、「一生日本を出ない」なんて言って、
英語をろくに勉強もしなかった僕には何の意味もなかったかもしれないけれど。
人生とはわからんものだ、ね。



帰り道、自転車を飛ばして夕暮れの道を走る。

荷車をロバに引かせて走る父親と二人の子供。

のんびりとしたロバを追い抜いて町へと戻った。