2008年6月18日水曜日

世界一周 in (9)中国/石林







DATE:2008/06/18 China - Kunming -


世界遺産、石林。

まさに石の林の名の通り、
草原のような丘陵地帯に突き刺さったように石が乱立している。

もうね、すげー!としか言いようのない景色。

これでもかってぐらいにゴロゴロしている石には、
やっぱり色んな名前が付けられていて、
ライオンだとか象だとか好き勝手に呼ばれている。


この石林へはツアーに参加することになった。

と言うよりも「ツアーに参加してた」w


自分では石林までのバスのチケットをお願いしたつもりだったのだが、
乗り込んだバスはなぜかツアーバスw

なんだか良くわからないが、いろんな所に連れ回される。

良くわからないが有名らしいお寺を巡れたのは良かったが、
なんと宝石店に3つもまわらせられる。
金、銀、翡翠。オンパレードの内容だ。

中国人5人とツアーに参加していたのだが、
意外と中国人はまんざらではないらしく宝石を買いまくる。
どどどっと店に押し寄せては、帰りには腕には金の腕輪という感じ。
なんとなく「THE 中国人」という感じもしてしまうのはなぜだろう。

8時に出発するバスも9時に出発。
いろいろ回っていたため石林に着いたのは午後一時。
なかなか着かないバスに最初はイライラしていたのだが、
なんだか中国っぽいので最後はただ次どこ行くのー、ってな感じでエンジョイ・エンジョイ。
結局行ったのは宝石店だけだったけどw


ほとんどの中国人は英語を話せないのだが、
偶然にもこのツアーに参加していた上海人の女性が話せたため、
ガイドが説明する石林の内容もなんとなくわかった。

ちなみにこの女性達のグループは「上海電子台」のスタッフ達。
上海電子台はテレビ局。昔、上海に仕事に行ったときに、
仕事先にオフィスがその近くにありタクシーに行き先を、
「上海電子台!」とお願いしていたもんだ。なつかしい。

まぁ、そんな彼女達はやっぱりリッチな人たちなんだろう。
140元(約2000円)もする入場料を苦もなく払ってしまう。

2000円の入場料!
日本だってこんなところないぞー!ってなくらい。
普通の食事が20元ぐらいだから、
イメージで言うと1万円ぐらいの入場料なわけだ、中国人にとっては。

そんな入場料をぺろっと払う彼女達、しぶる僕。

リッチカントリー日本の名は廃れていくw


そんなわけで色々あったけれど、石林を満喫!
中国の自然遺産は選り取り見取り。
一ヶ月。うーん、やっぱり「たった一ヶ月」だなぁ・・・。

どこに行けるか、誰と出会えるか。
すっかり中国に馴染み始めている。

2008年6月17日火曜日

世界一周 in (9)中国/歓迎光臨!







DATE:2008/06/17 China - Kunming -


「歓迎光臨(いらっしゃいませ!)」


いらっしゃいませ!?
当たり前のこの言葉、久しく聞いていなかった。
「お客様」という立場に急に立たされる。

サービスという概念がこの国には生きているようである。
この「いらっしゃいませ」という言葉に、
東南アジアとは一線を画す文化の発展度合いの違いを感じてしまった。
そして何やら感動めいた感情さえ芽生える。

日本から中国に入ると、欠点ばかりが見えるのかもしれないが、
東南アジアから中国を比べてみると圧倒的に良い点のほうが多い。
結局は相対的なものなのだなぁと気づく。


今日は昆明の街をめぐる。



昆明は大きい。

紛れもない都市である。

立ち並ぶ百貨店街は渋谷の様であり、
ずらりと並んだ銀行の支店は大手町の様でもある。
さらに京都駅を彷彿させるような、近代的な駅が中心に構える。
全ての商圏を合わせれば恐らく仙台ほどの大きさはあろう。



中国で進んでいるのは上海など一部のみ。


そんなイメージがあったのだが、
雲南省という地方も地方の省庁所在地でさえ、この発展具合。

中国という国の評価が一変に変わり、
それがまた怖くも感じる。


意外なほどの発展具合が、
日本という立場があぐらを掻いていられるほどのものではないと気づかせる。


それほどまで意外なほどの発展した都市だった。

まだまだ高層ビルなどはなく、あっても30階建てほど。
またその建築物の質なども怪しいことはある。

それでも見せかけだけでは都市に見える。


そして立ち並ぶマンション郡。
東南アジアではほぼ見たことがない光景である。
これもまた、中国の人口を如実にあらわしている姿なのかもしれない。

マンション郡は社会主義らしく同じ型がずらりとならぶ。
そしてその姿は町の発展に取り残されたように古くくすんだ建物が多い。
全ての人々が豊かさを手に入れるのにはまだまだ時間が必要なようだ。

とは言え経済は発展しているようで、
町中いたるところで人材募集の張り紙を見かける。
そういえば、東南アジアの国と違い働いているのかよくわからない人間が少ない。
またバイクタクシーなど職にあぶれた人間がついているような、
仕事をしている人間も少ない。きっとそんな暇はないのだろう。
それほどまでに経済の急成長を感じる。


中国といえば自転車のイメージがあるかもしれない。
それは以前、上海に行ったときに覆されたが、
この昆明でも同じように町中をあふれる様に自動車が走っている。
自転車の量はむしろ上海などよりも少ない。

そしてバイクの量が圧倒的に東南アジアと比べて減るのである。
走っていたとしても今までよく見かけていたスクータータイプではなく、
250ccなどいわゆるバイクと呼ばれる型のものが多い。
ここにもまた豊かさを感じる。

危うかった交通マナーもオリンピック効果なのか、
町中に交通監視員が立ち、せわしく働いている。
それによって改善をしているのだろうが、
逆にまだそういった交通監視員のような基本的なことを教える人が必要と言う裏返しでもある。
まだまだマナーの向上には時間が必要な様である。


マナーと言えば、この国の人間は誰も彼もが道端に唾を吐く。
うら若き乙女がオヤジよろしく「か~っ、ぺッ!」と、
勢いよく道端に唾を吐く姿はなんだか残念この上ない。
そう言えばホテル内にも「唾吐き禁止!」の注意書きがあったり。
場所などお構いなしの習慣のようである。

そこかしこに「I am a 中国」と言うような、
今まで見てきたことのない独自の文化が垣間見える。



ただしこの独自、と言うよりも唯我独尊の文化には困ることもある。


例えば、
中国は英語がほぼ通じない。

「英語なんて使える国は少ないぜ」
と挑んだこの旅だったが、今まではほぼ全ての国で
「英語さえできればなんとかなる」
状態であった。

それもそのはず、これまでの国はある程度
「観光」という産業が外貨獲得の大きな位置をしめており、
それに関わる現地人は自ずと英語を話すようになるのである。


この国はまったく異なる。
そもそも教育自体に英語を取り入れていない学校も多いので、話せないのは当然だ。
さらに観光産業自体がほぼ自国民向けのため、
外国人に対する配慮はほぼされていない。
それだけこの国の国民が豊かであると共に、
圧倒的な人口という武器が、国内経営だけで産業が成り立つ仕組みを作っているのだと思う。


というわけで中国とは、

「中国人の、中国人による、中国人のための国」

なのだ。外国人に対する配慮などはまったくない。


しかし気づいてみれば日本だって似たようなもんだ。
漢字、ひらがな、かたかな。
ほとんどの看板がこれで成り立っている。
タイに居たころタイ語の看板が読めなくて文句を言っていたが、
日本だって似たようなものなのだ。
そして日本も外国人の受け入れには消極的だ。
だからこそ、国民にのみわかる表記ですむのである。

マレーシアを思い出す。
多民族国家であるこの国の看板はなんと3ヶ国語で書かれていることが多かった。
マレー語、英語、中国語。
こんな多民族の国で広告産業に関わるのは大変だなぁと思ったものである。


人のふり見て我がふり治せ。

日本と言う国が、国際的であるようで排他的であることにようやく気づく。
先進国。とは言ってるものの、
そういった国際化では一歩も二歩も遅れているのが日本なのかもしれない。




中国はやはり面白い。一日歩き回った感想だ。


そしてご飯はやはりおいしいのだ。
意外なほどに中国LOVERになっている。なんだかちょっと恐ろしいw

2008年6月16日月曜日

世界一周 in (9)中国/さあ中国を始めよう!







DATE:2008/06/16 China - Kunming -


中国へたどり着く。

夜中11時。
昆明のバスターミナルへたどり着く。


ついに来たぞ中国に!



ビザ取得で悩まされ結局未取得のまま入国した中国。
そのためどこかで入国の延長をしなければならない難関が待ち受けている。

そしてこの中国という国は、巨大なのである。
中国を全てめぐるのには1年ほどの月日が必要なのではないか。いやそれでも足りないか。

それを今回は1ヶ月ちょっとで掻い摘む旅となる。
いろいろ行きたいところはあるが仕方がない。
予定では昆明から入り、北上しその後北京へと東へ移動する。
ウルムチやラサなどチベット系の西側は残念ながら今回はあきらめる。
いまだに後ろ髪を引かれながらだが・・・。

見所としては世界遺産めぐりとなるが、最大の目標は九寨溝。
しかしながら中国大地震の影響もあり、無事たどり着けるかは不明。
基本的に陸路を進む予定なので、その辺りがネックとなりそうな旅である。


たどり着いた中国。
手始めにベトナムのラオ・カイという国境の町で、中国側の河口という町への国境を徒歩で移動。
初めての徒歩国境越え。やはりちょっとワクワクする。

列車に乗りたどり着いたラオ・カイ駅ではまたいつものごとくベトナム式ビジネスが待っている。
ちょっと知り合いを探しうろうろする。
うるさい客引きがひっきりなしについて来る。
そして最後には

「お金払わないなら、お前ここから出てけよ。」

なのだ。
さらばベトナム。僕は中国へ行くのだ。


適当なバイクタクシーを捕まえて国境まで移動する。
徒歩での国境越えとは言え手続きはいつもと同じ、書類にちょこちょこっと記入するだけだ。

国境付近には大荷物を抱えたおばちゃんや、
手押し車の集団でいっぱい。
この国境が中国とベトナムの物流の拠点になっていることがわかる。
カラカサ、アオザイのオバチャンたちが、
どしどしと中国になだれ込んでいく姿は面白く勢いを感じる。


たった数十メートルの国境の緩衝地帯。
その境界を越えるとそこは漢字文化と変化する。

全ての看板が漢字・漢字・漢字。
これまでの国よりもなんとなく意味がわかり伝わりやすいが、
驚くべきことに英語の表記がほぼ見当たらない。
完全な中国語圏内に入ったのである。


脱東南アジア。
それを如実に感じさせる変化。

東南アジアをめぐる度に感じてきた、「中国」の影響。
この国への興味は高まるばかりだった。
ようやくたどり着いた。気持ちが高まる。


とは言え、この中国という国にほぼ無防備で入ってきてしまった。
行き先を「昆明」と決めてきたものの、
バスや電車など行き方も、さらには泊まるところも、
なんの情報もない状態での中国入国。
久々の失態。うーん計画不足。


そんなわけで、
仕事仲間から餞別でいただいた「中国元」が、
いきなり僕の中国ライフを救うこととなる。
(※みんなありがとう!)

なんと国境の町、河口には両替所がなかったのである。
まさかの国境トラブル。一文無し。


なんとかたどり着いた長距離バスターミナル。
昆明へのバスは120元(約2000円)。

しかし我、無一文・・・。


そこでふと思い出す。輝くばかりの餞別を。
中身は250元。


神がいた。



というわけでどうにかバスに乗り込み、
しっかりご飯も食べ、なんとか昆明に到着したのである。
ありがとう仕事仲間たち!


この昆明までのバスの道がひどい、ひどい!
この旅始まって以来であろう悪路をがんがん突き進む。
穴ぼこ、砂利道なんのその。
明らかに獣道的なその道を大型バスが突き進む。


しかしこの道がなんとも美しい。
山々を縫うように抜けていくのだが、
その山々に張り付くようにちりばめられた田畑が、
美しく棚田を形成していてそれが延々と続いている。

棚田だけで言えば、今まで何度も見てきていたので
あまり驚きはないのだが、
その規模の大きさは今までと比べて郡を抜いている。
中国の国土の大きさを見せつけられると共に、
急勾配の山々を全て農地に変えてしまう技術力にも驚かされる。

10時間以上の道のりだったが、
なんだかんだその風景を見ているだけで飽きもせずに昆明に着いてしまった。

昆明には着いた。しかし着いたものの宿の情報など何もない。
期待通り客引きがいたが、中国語なので何を言ってるのかわからないw

そしてここにも神がいた。


同じバスに乗っていた姉妹2人組みが、
見かねたのか一緒に宿探しを手伝ってくれたのである。

自分たちも泊まるところを探すついでではあったが、
この女神たちにのこのこ付いていくだけで宿の問題はあっという間に解決。
んー助かった。


中国人のイメージ。
いろいろあるのだが、意外にもここ雲南省の人間はやさしい。
ベトナムで毒毒していた心に、なんだか沁みるものがある。

雲南省は少数民族が数多く住む辺境の省。
ここもまた「中国」という国の名をした多国籍国家として、
中国全体に抱いているイメージとは違う、
ひとくくりにはできない世界があるのかもしれない。


東南アジア7カ国を抜け、ついにたどり着いた中国。
仕事で覚えた、片言中国語で僕は挑む。

中国編、ただいまから始まります!!!

2008年6月15日日曜日

世界一周 in (8)ベトナム/あばよ!ベトナム!







DATE:2008/06/15 Vietnam - Hanoi -


船の中で目を覚ます。
そういや昨日は船中泊だったっけ。

今日も朝ごはんを食べた後はのんびりお日様を浴びるだけ。

ベトナム最後の一日はこんな感じだ。

なんだか疲れたベトナムもなんだか許せる気もしてくるw

船の上はやたらと平和な雰囲気。
海に飛び込む奴もいて。太陽を体いっぱいに集める奴もいて。


港に戻るために進みだした船。
名残惜しさは残るも、平和な気分に満たされる。




しかしここからはやはりベトナム式である。

到着した港でなぜか1時間も待たされる。
レストランに到着するも到着してから30分しても何も出てこない。
さらに席も決まっていなかったらしく、てんやわんや。

食事の後、帰りのバスがレストランに到着。
そこからが大変である。

何せ明らかに旅行者の数よりもバスの席数が少ない。
旅行者はあっちのバスに乗れ、こっちのバスに乗れと、右往左往。
サブシートも満席、助手席も満席。
さらには旅行者の荷物のことは計算にないらしく、
運転手の横に山積みになったバックパックたち。

詰め込みに詰め込んだバスは走り出す。

当然こういう時は最悪のクジ引く役回りなので、
一番狭い席をあてがわれる。

そして隣のもう少し最悪な席に座ったガイドが僕に言う。


「ちょっと僕眠いんだけど、席変わってくれない?」


アホなのだ。

最悪の旅行会社を引き当ててしまった可能性もあるが、
ベトナムでの経験を考える限り、そうも思えない。

急激に経済の自由化を取り入れたからか、
全体的に「仕事」と言うものが何で、
「お金」と言うものがなんだかを理解している人が少ない。

日本ならありえない。

その言葉を当てはめるにはひど過ぎる。
こんな国は世界中にどこにもないだろう。



さらに。
追い討ちをかけるように、
ホテルに戻ってからも列車のチケットについても、またもめる。

「たった20ドルじゃないか」

そういったオーナーの言葉にこの国が透けて見える。
1ドルだろうが20ドルだろうが100ドルだろうが、
仕事は仕事。ビジネスはビジネスなのである。
いつだってお金は対価として支払われるのだ。


喧嘩別れしてホテルを去り、
駅へ向かう。

寝台車へ乗り込み、最後の夜を思う。

寝台車で同室になった親子と遊ぶ。
やはりこの国の人間は悪い人ではない。
ちょっと何かが足りないだけなのだ。




ベトナムという国。


ホントはいろんな思いを書こうと思うのだが、
1週間以上たった今も書ききれない。

書いているのだがまとまらない。
最悪だった。という言葉ではない何かがここにあるのだ。


また、この国を最後に東南アジアを去ることになる。

この特別な思いもまた書き出そうとするが、終わりを見ることがない。


ここは一つ、筆を置いて少ししたら更新することとしよう。


未来は進んでいるし、僕もまた進んでいるのだから。



バイバイ、ベトナム!


バイバイ、東南アジア!!


そして「ありがとう」


でもやっぱり「またね」なんだろうな。

2008年6月14日土曜日

世界一周 in (8)ベトナム/ハロン湾







DATE:2008/06/14 Vietnam - Ha Long -


ハロン湾。

個人的にはベトナムで最大の目的地。


海の桂林と呼ばれるその場所には、
波の浸食で彫刻された山々が海の上に立ち並ぶ。


ハノイからのツアーはボートで一夜を過ごす、
一泊二日の旅である。

バスは朝、ハノイを出発し4時間ほどでハロン湾へ到着。

朝のピックアップが遅れたり、途中タイヤのトラブルがあったり、
船のチケット予約に30分以上もかかったりと、
またもやベトナムらしさが随所に現れる。


しかしそんなイライラを吹き飛ばしてくれるくらい、
ハロン湾の景色はすばらしく異形だった。

日本の昭島が近いと思うのだが、
圧倒的にスケールが異なりまさに岩の乱立。
船が進むたびに出るわ出るわ。


一つの島にある洞窟の鍾乳洞もその規模は桁違い。
ほんの一部しか歩き回れないにも関わらず、1時間近くもかかるのだ。
赤青黄色の証明に彩られた鍾乳洞は美しく、艶かしい。

またガイドの説明も面白かった。
説明一つでただの岩がライオンになり龍になる。
なかには、こじつけ?なのもあるけれど、
ベトナム人の想像力は中々のものらしい。


鍾乳洞のあとはカヤックで岩の間を通り抜けたり、
船から海に飛び込んで水遊び。
のほほーんとした時間を楽しむ。

途中、イギリス人の女の子がカヤックから落っこちてたりしたけれど、
そんなの気にしない。気にしないw

夕暮れに色を変える岩々を眺める。
船中でのディナーを楽しみ、
デッキの上で語り明かして夜更かしをする。


最高の景色の中で一日を過ごす。

ハロン湾最高!