2008年5月19日月曜日

世界一周 in (6)ラオス/真実とはなんぞや







DATE:2008/05/19 Laos - Vientiane -


ビエンチャンでしなくてはならないこと。
またもや中国ビザと戦うこと!


そして撃沈。
お達しは全世界へ渡っているらしく、バンコクと同じ状況でした。あしからず。
中国国内での更新に望みをかける。


あきらめて宿でぐだぐだしていると、
バスが一緒だったドイツ人が声をかけてきて、

「外で酒飲みながらおどってるんだけど来ない?」

と言われる。どういうことやねん。と思うも、面白そうなので行ってみる。


単なる古本屋の店先。
そこでは地元の人たちがなぜか、お酒を片手にギターを鳴らし、民族楽器を鳴らしている。

10人ほどの集団に混じり、音楽に合わせて踊りだす。
通りを通る、人たちが興味深げに視線を投げかけてくる。
踊る阿呆に見る阿呆。同じあほなら。。ね?

1時間ほどで宴は終わりを向かえ、各自解散。
踊っていたメンバーと一緒に夕食を食べ、
宿に戻る途中、お経の読経が聞こえたため急遽参加。

ろうそくを持って境内を歩くなど、いろいろ体験。ローカルライフ。


宿で飲もうとロビーに戻ると何人かが既に飲んでいて、
僕らもそれと混ざることに。


話は弾み、中国のチベット問題へと流れは進む。
メンバーには香港人も一人混ざっていて、
それぞれの立場からそれぞれの視点での意見を述べる。

意外な事に面白かったのは、
香港人の彼が中国側を支援する意見を持っていたことだ。
そしてその情報は誰が持っているものよりも新鮮で詳細だった。

香港人というとなんとなく、
中国とは別の国で広い視点を持っているイメージだったが、
彼の情報はどちらかと言うと中国の公式意見に傾いているようだった。

しかしながら、その情報は面白く、
今のチベット問題を別の視点から見るためには十分に刺激的だった。

彼曰く、
チベットのダライラマは基本的には搾取する権力者であり、
中国から追いやられた今はアメリカの援助を受けて動いているとのこと。


もちろん彼の情報だけでは暴動が起きる理由が説明できないが、
アメリカの支援を受けているとの情報はその理由の可能性を探ることもできる。

チベットがなぜ、重要な国かと言うと詳しくはわからないが、
一度読んだ本によると「石油」が絡んでいる可能性が考えられる。

チベット自体は産油国ではないのだが、
イラクなどと言った産油国と中国の間にある国なのである。
現在、中国からそれらの国に直接パイプを伸ばすと言う話が上ってきているらしく、
それがチベットを分離させない中国の一つの理由になっているとも考えられる。

また、アメリカから見ると、
チベットの位置は軍事的に重要な場所にあり、
もしそこにアメリカ基地があればアジア全体の監視が容易になることは間違いない。
そこに目をつけたアメリカがダライラマと共同している可能性は考えられなくない。

あくまでも予測でしかないので、
こういった可能性がチベット問題の背景にあるとしか言えないが、
チベットの問題が民族としての問題以外の問題を孕んでいることを考える良い機会になった。

そして国が変われば、そこに流れる情報の内容も質もまったく異なることを実感する機会でもあった。



今そこにある出来事の裏側に。

いったいどれだけの真実が隠されているんだろう。

一つの出来事に痛みを感じる人間と、喜びを感じる人間。

真実は一つではないのだな。

2008年5月18日日曜日

世界一周 in (6)ラオス/あいのる







DATE:2008/05/18 Laos - Luang Phabang -


どーよ?

と言ってみたくなるこの写真。
世の中とは不思議なもので、こういうことはたまにあるようです。

世界へ出て6カ国目。ラオスの町ルアンパバーンで、


ついに「あいのり」と出会う!!!!


えぇ!でしょw


世界一周に出ることを決めてから、
えらく友達に進められたこの「あいのり」にまさかここで会うとはw

実はこの車は2日前にも見かけていたのですね、えへ。
本日、撮影しているところも目撃したので満を持してネタ披露。
伝説をまたひとつ築き上げる。




今日はビエンチャンというラオスの首都へ向けて出発の予定だったが、
泊まっているゲストハウスの前でお祭りのようなものをやっていたので、
急遽予定を変更してもう一泊することに。

手作りのお神輿のようなモノを昨日から作り上げていて、
なんと昨日の夜は寝ずにドンチャンやっていた。

お祭り自体は小さなもので、
恐らくその一帯の家族だけが参加する小規模なもの。

それでもお神輿を用意したり、
音楽隊のようなミュージシャンを呼んだりと中々に盛大な様子。

午後になるとお坊さんが読経を行い、
お神輿はお寺へと担ぎ出されて、町を移動していく。
10分ほどのパレードだったけれど50人近くの人が参加していて、なかなか面白かった。

その後、お神輿はお寺へと奉納されて
さらにまた寺の中で読経が繰り返される。

結局、最後まで何のお祭りかわからんかったが、
地域の信仰度がにじみ出ているようで興味深かった。



その後は、
特に予定もなかったので噂の薬草サウナへ。

そこは赤十字が運営しているオンリーサウナのガチンコ勝負。
なにせシャワールームさえないという噂。

とりあえず行けばどうにかなるさと、
タオル片手にサウナへ突入。

100円ほどの入場料を払うとタオルのような布を渡される。
そして、入り口付近の部屋を示される。ここで着替えろということか。
入り口付近のため、ご婦人方もうろうろしている。
ということはもらったタオルは、腰に巻いて使うのだろう。

とりあえず着替えを済ませ、タオルを腰に巻き、ロッカーに荷物を入れる。


更衣室を出て、サウナ室の前の休憩所へ向かうと・・・
男女混合!!

タオルを巻いたおばちゃんおじちゃんが入り乱れたその光景に少したじろぐ。
若い女の子もいてちょっとにやける。・・・ちょっとだけね。ほんと。


まぁ、考えても仕方ないので地元ルールだと、
サウナ室へと足を踏み入れる。ちなみに混合なのは休憩室までで、
サウナ室は男女別。最後の一線は越えていないようだ。

木で出来たサウナ室のドアを開ける。
すると一気に中の熱気が外に吹き出る。
一面白いその部屋の中は、まったく視野を得ることが出来ない。
それでも一歩進むと、案の定なにかに躓く・・・いたひ。。

手探りで2畳ほどのサウナ室の中をまさぐり、
どうにかイスらしきものを見つけて座る。幸い部屋には誰もおらず、自由に動ける。

2畳ほどの部屋に、薬草のような香りが立ち込めている。
最初は真っ白に思えた空間も、慣れればなんとなくものの位置がわかってくる。
どうやら部屋の壁沿いにイスが配置されているだけのシンプルな部屋らしい。

熱さはというと、そうでもない。
日本のサウナに慣れた体ならば余裕かもしれない。
ただし乾燥系ではなく、水蒸気が立ち込める熱気系のサウナのため、
体中がすぐに水浸しになる。

5分ほどして外に出ると、体は汗や水蒸気でびしょびしょ。
休憩室で休むも、もともと暑いこの地域では中々ほてりは収まらない。

休憩室では熱いお茶が出されていたりして、それが唯一の水分補給。
熱い体に熱いお茶。なかなか拷問だがしかたなく、おいしくいただく。

4回ほどトライして、サウナ室を去る。
幸いなことに噂とは異なり水のシャワーを浴びることが出来たので、
汗だくの体で宿に戻る状態は逃れる。

ただし火照りはまったくさめず、歩けど歩けどぽっかぽか。
薬草の匂いがしみ込んだ体で宿に戻る。



ビエンチャンへ向かうバスを夜に予約していたので、
夜食を買いに行こうと町に向かう。そしてそこで出会うのだ。

ナイトマーケットの方向に向かう僕。
なにやらテレビカメラのようなものが見える。
そこで思い出す、2日前のピンク色の車を。

ミーハー気分に火が付き、ちょっと早歩きになる。
彼らが目の前に近づいてくる。
4人ほどのテレビクルーが撮影をしているのがはっきりわかる。
そして、それが写しているのは4人ほどの男女の集団。



こいつらだ!!!



と思い、とりあえずカメラで撮影シーンの撮影。
そしてスタッフに駄目といわれるw
いいじゃん別に。

ちょっとだけカメラに写る場所でうろうろしてみる。
まぁ、これもお約束。

撮影を終わった彼らの様子は意外と仲良さげ。
他人どおしで旅を長く続けていたらギクシャクしそうなのに、けっこう意外。

この人たちが本当にもともと他人かはまぁ、わからんが中々楽しんでいるようだった。


時間もなかったので、そこでストーキングは中止。
けっこうバックパッカーにもこの噂は広がっているらしく、
ストーキングしている人も少なからずいたw
外国人はぜんぜん興味を持ってなかったけどね。


そんなわけで、ラオスの国で「あいのる」ことに成功!
次は中田を目指してがんばります☆


P.S.
この後に、HPを見たら僕が見た人とはまったく違う人たちだった。
しかも旅をしている国はガーナ。。。アフリカ!?!?

これが単なる空騒ぎではなく、何ヵ月後分の撮影だということを祈ろう。
みなさん「あいのり ラオス・プランバナン編」に乞うご期待!

そんな僕は「あいのり」って1回ぐらいしか見たことないような・・・。
まぁ、そんなものだよね。

2008年5月17日土曜日

世界一周 in (6)ラオス/おりがみ手裏剣☆大流行







DATE:2008/05/17 Laos - Luang Phabang -


店先でマンゴーシェイクを飲んでいたところ、
物売りの子供たちと出会う。

その子供たちに折り紙の「手裏剣」を折ってあげる。
すると突然の折り紙ブームが到来する。
いつの間にか、ぞろぞろと物を売っていた子供たちが群がりだす。
一人の子に、折り方を教えてあげる。
言葉は伝わらないので、身振り手振りでレクチャー。
やっとのことで作り上げた彼は満足げに微笑む。

10人ぐらい集まり収集がつかなくなったので、
逃げるようにして店を出る。

実は2日前も、小学生相手に折り紙を折ってあげていた。
そこでも大ブームが発生し約1時間ほど折り紙を折り続ける羽目になる。

もしかしたら1年後、
子供たちの間ではおりがみ手裏剣が大流行しているのかもしれない。



もう一度、友達になったモンクに会いに行った。
彼の夢をかなえられるものではないが、
日本の本と日本の音楽を彼へのプレゼントととした。

寺に入ると、彼は自分の部屋に案内してくれ、
そこでプレゼントを渡し、またおしゃべりを楽しむ。

モンクの部屋というと、なんだか厳めしい感じもするが
何のことはないただの部屋でそれに少し驚く。

壁には観光地や広告の雑誌の切抜きが貼られており、
そこにベッドと小さな机が並ぶ。
普通の高校生のような部屋。そこにオレンジ色の彼が座る。
やはり彼らは僕らが思っているほど特別ではないみたいだ。

彼と彼の夢の話をする。

言いたいことは沢山あったが、
僕のつたない英語では伝えたことの一部しか伝えられない。
ただ僕は彼に希望を持っていて欲しかったし、
幸せでいて欲しかった。

沢山の言葉を話した。
もっとも大事なのは幸せであること。
そして自分の幸せは誰かの幸せで成り立っていること。
「Dreams come true」なんてチープな言葉では言い足りなかったし、
そもそも言葉なんかでは伝わらなかったかもしれない。

それでも僕らは話し合い、そして別れた。

少なくとも僕らが出会ったことはゼロではなかったのだと思う。
何ができたのかはわからないが、彼は笑顔で僕を見送ってくれた。



夜。
日本人の友達とルアンパバーン最高級のフレンチを食べる。
ラオスは50年ほど前、フランスに統治されていた国である。
そのため、建物や文化の端々にフランスの影響が感じられる。

そのラオスのフレンチを食べる。
たまには贅沢なものを食べるのも一つの勉強。

世界には上流階級なるものがあり、それは一般の生活とは異なる。
国を知るためには市民と同じように生活するのは大事だが、
それだけでは知ることができない一面もあるということだ。

なんて言っておいて、
ただ美味しいものが食べたいというのは、まぁその通り。
おとこ二人はなんだか味気ないが。


ラオスのフレンチは意外なほど美味しく、
フランス統治ということの裏づけには十分だった。

ワインのボトルを飲み干し、
赤ワインソースの川魚をほお張る。


いろんな事があった一日。
いつも最後の思いではお酒で締められるw

2008年5月16日金曜日

世界一周 in (6)ラオス/青く







DATE:2008/05/16 Laos - Luang Phabang -


今日は久々ツアーに参加しての観光。
行き先はパクウー洞窟とクアンシーの滝。


しかしその前に、ルアンパバーンのメインイベント、
朝の托鉢の風景を拝むことに。

朝、5:30。
そんな早朝から朝の托鉢は始まる。

その時間にスタートするということは、
いったいみんないつから起きてるの?
という感じだが、朝もはやからモンクも住民も観光客も、
みんなみんな目をこすりながら道にずらりと並ぶ。

道に立っていると沢山の売り子さんが、
托鉢グッズを売っていて、それを買ってお坊さんに喜捨することもできる。
しかしそれが良い事かはちょっとわからない。
各寺院にも托鉢は信者のみが行って欲しいという覚書や、
托鉢を行う場合も前日から自分で準備したものにして欲しいなどの言葉があり、
行き過ぎた観光地化の風景の一部のようにも思える。

そんなわけで、
道沿いには地元の方だけではなく欧米人も日本人も座って托鉢を待っている。
なんだかへんてこな風景なのである。

そんな中でも、オレンジ色の集団が道に現れた時にはやはり感動は大きい。
総勢20名ほどもあるかというモンクの集団が道を歩いていく姿は、
異様でもあるがそのオレンジの色と相まって美しくもある。

恐らく寺院ごとに托鉢を行っているようで、
いくつものグループが道を通り過ぎていく。
中には50人近くもいそうなグループもありお寺の大きさを物語っている。

そんな中、昨日お寺で会った少年モンクも托鉢をしており、
目が合ったので挨拶をする。
彼ははにかみ、笑顔を僕に送る。

約30分ほどの儀式なのだが、
やはり異国に来ているという感慨が大きく、
若干エンターテイメント化されているという気もするが十分に楽しめた。


そういえばこの町は朝が早い。
托鉢があるからかなのかはわからないが、
午前7時ともなるとお店は開き出すし、バイクが行きかう。
そんな姿も面白い。


帰り際、市場によって冷やかしを楽しむ。
野菜、果物から始まり鶏肉、豚肉、魚など。
そしてコウモリ、イグアナ、フクロウ、昆虫・・・。
人間とはいろんな食べ物を食べて生きる生き物なんですねぇ。。


帰宅後、午前8時からツアーは開始。
まずはパクウー洞窟ということでボートに乗り込み洞窟を目指す。

パクウー洞窟はメコン川を1時間ほど上った場所にある川に面した洞窟で、
洞窟内には寺院が作られていて4000体とも呼ばれる仏像が置かれているらしい。

またまたメコン川の風景を楽しみ、
途中で民族がゾウを操っている姿を見たり牛の水浴びを見たりと、
またもやゆるりムードを満喫。
ボートは洞窟に着く。


白く塗られた階段を上り、洞窟内を見学。
一部、懐中電灯が必要なところもあったが忘れたので、
暗闇の中、人に付いていきながら鑑賞。

まぁ、面白いところではあったが、特に感慨はなかったかも。
どちらかというと売り子をしている子供たちの破れた服装が印象深かった。


ゆるりと川を下り、クアンシーの滝を目指す。
この滝は泳げるということしか事前情報としてわかっていなかった場所。
まぁ、とりあえず水着だけ持ってけばいいかと、
ボートから降り次のバスに乗り込む。

バスは1時間ぐらいして滝へ到着。
途中で自転車で滝を目指しているカップルを見た。くれいじー。

3時間ほどの自由時間。後は勝手に遊べとのことらしい。
途中なぜかある熊の保護センターを抜けて、滝に向かう。
目の前に水の音が広がり、流れる水面が見えてくる。



「やべ。ここヤバイ。」

最初の感想。
思ってもいなかったほどに美しい光景が目の前に広がっていたのである。

中国の九彩洸などを思わせる、棚田のような小さな滝が上へ上へと続いている。
そしてその水の棚田の水面は空を映し青く輝いているのである。
思わぬ光景にいつのまにか頬が緩んでいる。

少し歩くとスイミングゾーンと書かれた看板があり、
何人もの人間が泳いだり滝の上から飛び込んだりと思い思いに楽しんでいる。
青くきらめく水面の中を泳ぐ。なんて贅沢な遊び。

とりあえず滝の先まで行って見ようとことになり、
上へ上へと川辺を登っていくがいつまでたってもその美しい光景は絶えることがない。

登山道は大きな滝の途中まで登れるようになっており、
そこから下の景色を見下ろせる。

そしてそこには当然のように青く輝いた水面が連なっている姿が見える。

思いもかけぬ、拾い物といった感じ。
世界遺産に登録されてもおかしくないような美しさが目の前には広がっている。



満足感いっぱい。
あとは泳ぐだけ!と急いで登山道を引き返し水着になり、水面へと飛び込む。

冷たい・・・。
が、ここで泳ぐのは楽しい。
石灰質の水のため、少しぬるぬるした水底だが、
その深さは意外と深く軽く3メートル近くはあるようなところもある。

みんな思い思いに飛び込み、泳ぎ、ゆったりと水につかる。

最高の景色の中、水遊び。贅沢~♪

みんな帰り予定時間のぎりぎりまで遊びまくり、
急いで着替えてバスに乗り込む。

なんだかとても満足な思いに浸る。



帰りのバスは途中、少数民族の村による。

そこは見慣れたお土産屋さんの並ぶ世界w
売り子の子供たちも馴れた様で、
「ワン フォー 2ドル♪ ツー フォー 3♪」
なんて歌にしてものを売りつけに回る。

そんななか、僕ら観光客は彼らの写真を取りまくる。

なんだか異常な風景。
双方のコミュニケーションは皆無に等しく、ただお互いが通り過ぎる。


しかし、子供たちは飽きてしまったのか
帰り際になるとみんな遊びだしている。

僕らも彼らと遊ぶことに夢中になる。
子供たちの一人がでんぐり返しをする。
それに僕らが笑う。そうすると、子供たち全員ででんぐりがえし大会が始まる。

いつの間にか彼らの中で、僕らに草を取ってきて渡すという遊びがはやりだす。
僕の手の中はなんだかよくわからない草や木の実でいっぱいになる。
草の香りが僕のまわりいっぱいに立ち込める。それが何だか心地良い。

バイバイを言って彼らの元を去る。
僕らがバスに乗り込んだ後、彼らのうち誰かが思い出したように言う。
「マネー♪」
最後には商売を思い出す。それがまた面白くもある。



いつの間にか心は満たされて、宿に着く。
そして今日もビールを飲み一日が終わる。

2008年5月15日木曜日

世界一周 in (6)ラオス/モンクの夢は







DATE:2008/05/15 Laos - Luang Phabang -


モンクの夢は意外なことにエンジニアになることだったりする。

今日、訪れた寺院で話をしてくれた15歳の少年の夢は、
まとったオレンジ色の袈裟とは裏腹に未来を見据えたものだった。



今日は朝の托鉢を見ることに失敗。
起きたのは早かった。しかし歩き出した方向は、托鉢とはまったく無縁の方角。
行けども行けどもオレンジ色のモンクは現れることがなかった。
・・・無念。

そんなわけで、10時ごろからルアンパバーンの町を散策することに。

2km四方ほどの町はそんなに大きいわけではないのだが、
朝の托鉢で有名なことからわかるように、沢山の寺院で溢れている。
山の上のプークー宮から、昔の宮廷だった王宮博物館、
ユニークな装飾が施されているxxx寺と、
朝の托鉢風景含めて町全体が世界遺産と登録されているのである。

ラオスの寺院は美しい。
フエサイのころから感じていたが、タイとはまったく異なった装飾なのである。
タイの北部であるチェンライなどとは共通点があるように思えるが、
バンコクなどにある寺院とは別物と言えるかもしれない。

基調の色は赤、白、金。
特に赤をベースにした柱や壁に金で彩った草のような模様が目立つ。
中には壁全体を金のみで装飾した絢爛豪華な建物も目立つ。
扉や窓の装飾も美しく、木に掘り込まれた仏様の彫像に一面金が塗りこめられている。
ステンドグラスのような色とりどりのガラスを埋め込んだ装飾も多く、煌びやかな印象がある。



そんな、寺院をめぐる中で一人のモンクと出会った。
約2時間も話していただろうか。その時間の中で多くのことを共有した。

知りたかった仏教の世界のあれこれから始まり、
大部分は彼の夢や生い立ちなどの聞き役に回っていた。

農家の家に一人っ子として生まれ、12歳の時に出家した彼。
今は寺院の学校で勉強をしているそうだ。

出家の理由も勉強がしたかったからとのこと。
その学校も今年卒業し、次の選択をしなくてはならない。
日本とは大学のシステムが違うらしく卒業後は大学へ行きたいと彼は願う。
そして、その時にはモンクを辞めて一般人へと戻っていくのだそう。

しかしながら、その夢は未だ現実味を帯びておらず
お金の面での苦労があり、今現在では見込みは少ないのだそうだ。
それを話す彼の表情は、悲しみにあふれていた。


彼と話した時間はたったの2時間程度だったが
沢山のことを思い、感じさせてくれた。


学ぶことに対しての彼の真剣さは素晴らしいものであったし、
それが当たり前になっている日本ではきっと見ることができない、
一つの必死さとも言っていい感情のようだった。
彼の英語力は素晴らしいものだったのだが、
それからもわかるように真剣に教育を求めている姿は心を打つ。

また、一般人とは異なると思っていた彼らがもっと近しい存在だったことにも驚く。
普通の少年と同じように夢を見て、今日を生きている。
モンクとしての立場や生き方も、今生きるための選択肢のようである。

そしてその彼の夢がエンジニアだというのにも、
ある種、決められた未来から抜け出そうとする結果にも見えた。


ここからは想像なのだが、
農家で一人っ子である彼は恐らく通常は家を継ぐ身であるのだろう。
また、勉強がしたいから出てきたという理由もまた、
寺院が一部貧しい家庭の駆け込み寺となっている現実を映しているのだと思う。
それが今の彼の姿を作っているように思う。

ラオスやタイでも学校へ行かず、
物乞いや物売りをしている子供たちを多く見かけた。
また、農家などでは親と一緒に働くこともあるのだろうと思う。

その中から抜け出すために彼はモンクになったのではないか。
また、親がその現実から切り離すためにそうさせたのかもしれない。

しかし、高等教育となるとやはりある程度の資金が必要になるのだろうが、
それがまた、日本で言ういわゆる良い未来を作ることに繋がっているのだろう。
日本と異なり高等教育が一般的ではないラオスでは、
「良い大学→良い会社→幸せ」の法則がまだまだ当てはまるように見える。

また彼と話していると日本や諸外国のプロダクトに対する憧れも強く、
ラオスも同じように製品を作る国にしたいと願っており、
それがエンジニアという選択肢に結びついてるのだと思う。

想像でしかないが、彼の目はそんな思いが積もっているような姿に見えた。


日本にいるとあまり教育や社会インフラなど、
「あたりまえ」になっているものに対しての想いなどは持つことは少ないが、
彼らのような話を聞いていると、「あたりまえ」のものほど重要なことが多いことに気づく。
それが享受できることに感謝をする。

そして「あたりまえ」であるからこそ、おざなりになっていることにも気づく。
金が希少であるから価値があるのと同じで、
「あたりまえ」になっていることには価値を感じることは少ない。

たぶん沢山の「あたりまえ」が僕らの前には溢れていて、
それに気づくことなく生きているんだろうな。
誰かの思いやりや愛情も。

それに気づくことができたなら、僕らはいつも幸せでいられるのかもしれない。



15歳の少年に気づかされた幾つものこと。

オレンジ色の袈裟の中には、なんと沢山の思いが詰まっていることだろう。
彼らもまた人なのだ。